国の指針
港に戻ると女王たちの船の前には、三両の馬車が引き出されていた。
エルグの治める国は未開で野蛮な国と評判され、暗黒大陸とも呼ばれている。しかし、船夫の動きに無駄はなく、粗野な粗さは見えない。
隆也の言っていた意味が分かった。
船夫が仕事に誇りを持てる国、自ら考えて動ける国なのだ。ラルク王国は信用できる。
彼らを見るわたしに、
「サラ様、セラくんの話を聞かせては頂けませんか」
横から賢者の声が掛けられた。
「それはいいけれど、わたしに様をつける必要はありません。賢者も印綬と同格なのですから」
「いえ、あくまで同格というだけです」
困ったように言う。
同格となっているが、印綬を継承していないことに一歩下がっているのだろうか。
「同格は、同じということでしょう。わたしたちはそのように接しているのですから、賢者も同じようにして下さい」
「承知しました。それではサラ殿、こちらの馬車にお乗り願えますか」
「分かりました」
その言葉に、わたしは足を進めた。
広い車内にはゆったりとした座席が置かれ、隅々にまで精緻な彫刻が施されていた。
未開で野蛮な国の馬車ではない、エリス王国以上の馬車のように見える。
「それで、ラミエルがセラくんだったと聞きましたが、相対した時はどのような者だったのでしょうか」
賢者の問いに、フレア女王も身を乗り出した。そのセラという者に、よほど縁があったのだろう。
「漆黒のローブを身に纏い、深くフードを被っていました。中つ国で見たラミエルと同じ格好です」
「同じですか」
賢者が考え込むように、目を閉じた。
「そして、剣技の上達は目を見張るものがありました。わたしたち二人の撃ち込みを流してそれぞれに剣を向かわせるほどに、精妙な動きを見せていた」
「セラの父は、衛士長だったな。剣技の才能があってもおかしくはない」
フレア女王が考えながら頷く。
「いえ、あれは才能の開花というには、尋常ではない早さだった」
「そうですね、ぼくもそれに似たことを知っています」
賢者が目を開いた。
「他人の経験です。ぼくはルクスの河に入った時に数知れぬ人々のルクスが身体に入り、その経験が自分のものになりました。セラもルクスと妖気を入れられた時に、経験を得たのかもしれません」
あっさりと言うが、理解が追い付かない。ルクスの河に入った。
ルクスの河。その意味するものを考えた時、不意に賢者の横にルクスの光が集約した。
この光は何度も見たことがある。
「何よ、私を置いて。疾風のサラがいるのなら、私も呼ぶべきでしょう」
現れたのは、エルフだ。
「ミルザさん、印綬の継承者です。国同士の話でその言い方は失礼になりますよ」
賢者が国同士を強調するように言う。
いくらエルフといえ、国家間の話に首を突っ込むわけにはいかない。
その一言で、ミルザの口が閉じられた。
「いいわよ、エルフには慣れていますから。わたしはサラ。ミルザには初めましてよね」
「う、うん。初めましてだ。レイムはいないの」
「レイムは、隆也王の言伝でカルマス帝の所に行っているわ」
「カルマス帝に会いに行っているの。なんで、会えるの」
驚いたようにミルザが目の前まで身体を乗り出してきた。
「会うのは、そんなに大変なの」
「それは、大変よ。第一、会ってはくれないでしょう」
「隆也王がカルマス帝とは懇意だから、レイムはよくお使いには行っているわ」
「懇意って」
呆れたようにミルザが天を仰ぎ、フレア女王たちも困惑している。
王は三帝との距離が近くなり、他の王も同じように三帝とやり取りしていると思っていた。しかし、それは違うようだ。
「一ついい。王権移譲の時に創聖皇に言われた国の指針は何なの」
フレア女王の言葉に、
「陛下、国の行く末の指針です。聞くのでしたら、こちらから先にお伝えするべきです」
賢者が謝罪するように頭を下げた。
国の指針。確かにそうだが、これは隠すように言われた。しかし、同時にラルク王国の王旗にわたしもこの国と同じものを感じている。
「せっかくですが、その内容は三帝からしばらくは秘匿するように言われております」
「三帝から秘匿するように、ですか」
賢者の目が鋭くなった。
「よほどの内容なのでしょう。では、こういうのはどうでしょうか。しばらくの間の秘匿。ならば、秘匿する必要が無くなれば、真っ先に教えて下さいませんか」
国の指針だ。秘匿するほどの内容ならば、真っ先に知りたいというのは理解できる。
内容によっては、その国の行く末にも大きく関係するのだ。そして、エリス王国の指針は、その価値が確かにある。
「フレア女王、ここはぼくたちの指針を先にお伝えしましょう。エリス王国への指針、我が国にも大いに関係するやも知れません」
「それもそうね。吾たちに下されたのは、義を持って立ち、信を持って動き、礼を持って対峙し、智を持って運用し、仁を持って収めよ。内を整え、外を正し、聖法、聖統をあまねく広げよ。よ」
あっさりと言うフレア女王の言葉に、今度はわたしが言葉を失った。
内を整え、外を正し、聖法、聖統をあまねく広げよ。これは、ラルク王国の国内で終わる指針ではない。やはり、世界は動いていくのだろうか。
深く息を付き、顔を上げた。
「内容はまだお伝え出来ませんが、わたしたちが王権移譲を受けたのはこの前です」
思い出すだけでも、心臓が痛くなりそうだ。
だいたい、隆也が大人しく転移門を潜る時に気が付くべきだった。
でも、まさか創聖皇のお言葉を伝えるカルマス帝の言葉を遮るとは、思ってもみなかった。
「あの噂は、本当だったの。創聖皇に文句を言ったバカがいたという噂は」
ミルザが驚いたように上ずった声を上げる。
しばらくの間をおいて、
「バカとは失礼ですよ」
慌てたように賢者が口を開いた。
いいわよ、別に。隆也は、わたしの王は本当にバカなんだから。
「だったら、聖獣が付き従ったという噂は」
「本当よ。中つ国から王宮に遊びに来ているわ」
聖獣というのは、中つ国とこちらを自由に転移できるようだった。たまに王宮に来ては、隆也と会っている。
「でも、聖獣は人に背を預けないと聞くぞ。それに、聖獣が従う者には真獣は従わないとも」
ミルザの言葉に、わたしが驚いた。
「そうなの。それでは、王は真獣に騎乗できないの」
「出来ない。背を預けぬ聖獣に真獣を持てないようにされた」
ミルザが考え込みながら続ける。
「これは、創聖皇に反する卑小なる人への鞭かもね。真獣を持つことも許さないという」
創聖皇の鞭。罰のことなのか。
「ミルザさん、それは違います」
賢者が顔を上げた。
「創聖皇は、罰など与えません。それに、ミルザさんは聖獣のことはあまり知らないようです」
「中つ国にいるルクスが溢れ、人語を解する獣だろ」
「いえ、地の妖をあまねく清める浄化の角を持ち、創聖皇より帝に選ばれたサリウス帝、ラキアス帝を迎えの行ったのが、聖獣と言われています」
帝、帝を迎えに行く聖獣が、なぜ隆也に。
「な、なんだ。隆也王というのは、帝の器か」
「それは、ぼくにはまだ分かりません」
賢者が目を向けてくる。
「ただ、分かることは一つ」
わたしもその闇を思わす瞳を見た。
「破滅か、栄光か」
わたしの言葉に、賢者は大きく頷いた。
「そこに、停滞を伴う中途半端な治世はあり得ません。しかし、どちらにしても隆也王は規格外のお方のようです」
そう、隆也は確かに規格外ね。
「国の指針は、隆也王は創聖皇から直接お言葉を頂きました」
「直接、創聖皇が話されたのですか」
常に冷静だった賢者の声に、初めて動揺が走った。
「なるほど、それは秘匿しなければならない内容だったかもしれませんね」
その重い声を聴きながら、この賢者は確かに怖い人だと分かった。
全てを見渡し、確かな先手を打ってくる。
そして、それ故に信を置ける相手だとも分った。
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