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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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主従

 

 朝陽を浴びながら天を割る警鐘雲。


「あれは、敗戦責任と言われておる」


 父上の声に、

「いえ。王の無責任さを戒めるものでしょう」

首を振る。


「ネビル。それはバルクス様に軍務を一任したことか」


 マグネの声に頷いた。


「国の戦です。国家の全てを賭けての戦いに、義の印綬でない者に一任し、あまつさえも戦場を一顧だにされない。その責を示してるのです」

「ネビルは変わったな。状況確認に先の読み、賢者の様だ」


 とんでもないことだ。

 自分の知恵や知識など、薄く儚いものでしかない。


「エリスで語り合ったリブラム、エルグ種のミルグ、二人の知恵と思考の深さには驚嘆しかありませんでした。ローグという方の知識は自分の及ぶところではありませんでした。ただ、負けないものはありましたよ」

「剣技だろ。ネビルの剣技は随一だからな」


 マグネの言葉に今度は首を振った。


「隆也王に全力で振るった七連撃は、全て手にされたメイスで弾かれたのです。本来ならばその身を防げるはずのルクスではなく、片手のメイスでです。自分の剣技など、まだまだと思い知らされました」


 その隆也王に、手にしたのはメイスではなく剣だと教えられた。その剣が抜けなかったのは、自分の価値を剣が認めたからだと。殺すには惜しい人物だと判断されたと教えられた。

 敵の王からのその言葉に、どれほどの深い感動があっただろうか

 そして、これは自分から父上やマグネに伝えることではなかった。それをすれば、頂いた言葉の価値を損なう気がする。


「負けないものは、覚悟ですよ。覚悟が決まれば、肚も座って物の見方も変わります」

「確かに、そうだな。しかし、わしが腹が座ったのは十年ほど前だ」


 父の言葉に、昨日越えてきた門に目を移した。

 エリス王国で捕虜にならなければ、自分は未だに覚悟など定まってはいないだろう。

 いや、死を恐れぬことを覚悟だと思い込んでいたはずだ。


 覚悟とは、私利私欲を捨てて本質を見極め、全てを受け入れる。どんな困難な結果になっても笑って受け止める決意だ。

 正直、エリス王国を去ることに寂しさを感じた。

 リルザ王国の状況に失意を感じた。

 だが、どうであろうとも為すべきことを為すのが軍人。自分にはそれしかできないのだから。


「昨日から思っていたが、ネビルは自身のことを自分というのだな。いや、ネビルだけでなく、衛士たちも自分と言っているな」


 マグネが曳きだされた馬車の扉を開ける。


「そうか、いつの間に癖になっていたな」


 父に続いて馬車に乗った。


「エリス王国では、兵士は自身のことを自分と呼んでいる。公では小官とかにはなるが」

「そうか、衛士をエリス王国では兵士と呼ぶのだったな」

「はい、父上」

「エリスは軍制も違うのか」

「はい。自分たちの階級は軍務の大司長、司長、司、衛士の四階級ですが、エリスは十八の階級に分かれています。それによって命令系統は統一され、緻密な陣形と移動が可能になっています。また、軍には軍の法律があります」

「軍の法律、法など必要なのか」


 マグネも馬車に乗り込み、扉を閉める。

 他の衛士たちは箱馬車に乗っているようだ。


 それを見ながら、

「はい。敵国でも一般の民は保護対象であり、その財産も収奪してはなりません。殺すことなどは重罪になります」

続けた。


「だが、そんなことを捕虜に伝えるのか。その軍紀の緩みこそ、こちらが突くべきエリスの弱みではないか」

「いえ、これは自分だからと教えて貰いました。自分も父上だからこそお話をしたのです」


 自分に伝えたことなど、エリスにとっては許容範囲だ。

 エリスに恩義を感じる身としては、それでも口を閉ざしておきたい。しかし、敵から知りえたことを伝えぬのも義が通らない。

 その為に、軍務ではない父と友人との話として口にしたのだ。

 父たちもそれを感じ取ってくれたようだ。


「それが、昨日のリルザ王国は負けると言ったことの一因でもあるのだな」


 マグネが大きく息を付く。


「はい。エリス王国に占領された地は、懐柔されて反乱など起こりますまい。逆にリルザ王国では、帰還した衛士による治安の悪化、金にしか執着のない傭兵団による治安の悪化。このままでは、内部からも崩壊する」

「確かに、軍と傭兵団の対立は深刻だ。戦場の混乱に同士討ちすら起きかねない」


 父の声も重い。


「マグネは、どう考えていますか」

「ネビル、その言い方はやめてくれ。普通に話してくれ」


 マグネは大きく手を振り、続ける。


「このままならば、軍は輸送と周辺の防衛に回されるな。傭兵団は攻めるはいいが、守勢に回ると粘らないと聞く。こちらが防衛の防御陣を敷いても、潰走する傭兵団に混乱させられれば共倒れだ」

「しかし、商業ギルドからの援助の条件が、傭兵団の派兵と指揮権ならばルビル様も拒否出来ない」

「その通りだな」


 父が息を付いた。

 しかし、それだけではないはずだ。

 マグネの真価はここからのはずだ。彼には、リブラムやマグネと同等の知恵がある。


 リブラムたちと話をしていて気が付いたのだ。自分にルクスの抑制が掛かっていたのとは異なり、マグネは自らの才に抑制を掛けている。

 平民のマグネにとって、軍務の才は妬みからの誹謗を呼ぶだろう。出世の道は断たれ、閑職に追いやられるしかない。

 それを知っているからこそ、彼は自ら制限を掛けて一歩引いているのだ。

 もし、その抑制を外して思考の深みに入るならば。リブラムのように、才を開花させられるはずだ。


「それをひっくり返したい。勝てぬにしても納得する形で幕を引きたいな」


 マグネの目を見た。


「何を言っている。それは無理だ」

「数は千。思うがままに動く軍を用意する。如何なることがあってもその責は自分が取る。功あらば、全てをマグネに帰す」

「だが……」

「傭兵は緩衝地を抜けて街道を真直ぐに攻め込むはず。エリス王国はすでに準備をしているだろうから、防御と同時に反攻を始める。拠点は占領地の二か所の城塞都市」


 その言葉に、マグネが目を閉じた。

 思考が沈んでいるのだ。リブラムたちにも見られた姿だ。


「先行の傭兵の数は三万、周辺浸透の後詰め三万。本隊四万が控え。エリスは一軍が二万、二軍が二万、三軍が二万、予備軍が二万に本隊が二万」


 続けた言葉に、

「それでは、今から出るこのバラスルの街が戦場になるのか」

父が応える。


 それは違う、エリスはこの街を狙わような単純な手は打たない。エリスには、あのリブラムのような者が何人もいるのだ。

 どのくらいの時が流れたか。


 窓の景色が広大な穀倉地帯に変わった時、

「サンベルクスの山の麓に陣取ましょう。その先、キラルの集落が要衝になる」

マグネの顔が上がった。


 この目は――覚悟を決めた目だ。


「その前に、二人に伝えたいことがあります」


 そう言うと身を乗り出す。


「ノルト様、申し訳ありませんがこのマグネ、ネビル様にお仕えたい。今は同じ階級ゆえに上下はないかもしれませんが、それでもお願いをしたい」

「待て、マグネが仕えるのは国だ。自分ではない」


 自分の言葉を遮るように、

「そうだな。素晴らしい軍略を立てても、動くのは衛士で、人どとわし言ったな」

父がマグネの肩に手を置いた。


「はい。人を動かす器がネビル様にはあります。今のこのルクスが、その証でしょう」


 ネビル様、何を言っている。


「分かった。マグネ、同じ軍務司士かもしれぬがネビルの指揮下に入れ。わしもネビルの補佐役になろう」

「どういうことです」

「言葉通りだ。これより、わしの軍じゃ全てをおまえに委ねる。戦が終われば、この責はわしが負う。負うて軍務司長を辞し、おまえがノルトを名乗れ」


 父は反論を許さぬように、大きな声で笑いだした。

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