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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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ネビルの帰還

 

 わしは、青く澄み切った空を見上げた。


「……ノルト様」


 マグネの震える言葉の意味は、分かる。

 リルザ王国の旗が翻る門をくぐる一団。解放されて緩衝地区を抜けて帰国する衛士の中に、ネビルの姿を見たのだ。

 そして、ここからでも感じる威圧感。


 何があったのか。あの威圧感は膨大なルクスの証だ。

 そして。

 目を戻すと、ネビルに三人の警務官が足を進めるのが見えた。


 入国前の簡単な聞き取りだ。

 しかし、それが不適とみなされれば、行く先は収容所しかない。

 ここからは何を話しているのは聞こえないが、ネビルが言葉を交わすとすぐに警務官は離れた。


 心配はないようだ。

 わしは足を進めた。

 ネビルたちもわしに気が付いたようだ。


 一団を引き連れ駆け寄ってくる。

 辛いこともあっただろう。わしに抱き付いてこようが、よくぞ、無事に帰ったと褒めてやらねばならんな。

 だが、ネビルはわしの前で足を止め、片膝を付いた。同時に引き連れられた一団も片膝を付き、礼を示す。


「ノルト軍務司長。このネビル軍務司以下六十名、一人として欠けることなく、無事に帰還いたしました。命令違反をし、御心配をお掛けしましたことにつきましては、如何な処分も受ける覚悟でございます」


 な、何だ。どうしたのだ。

 この威厳と軍務司としての礼、それに部下たちの規律。


「い、いや。処分には及ばん。戦場での働き、見事であった。捕虜となり、苦労もしただろう。近くの宿を抑えたから、今日は軍務を離れて親子として、仲間としてそこでゆっくりとしよう」


 わしはその威圧感に押されたように、背を向ける。


「ネビル。大丈夫か、大変だったろう。すぐそこだから、一緒に向かおう」


 マグネの声が聞こえた。

 ここに来る前は、あれほどマグネ自身を逃がしたことに怒っていたはずだが、その欠片も見せることがない。

 いや、マグネもあの威圧感に呑まれたのだ。


 わしが先に立って通りを歩くと、

「父上」

すぐにネビルの声が追いかけてきた。


「どうした」

「バルキア様は、あの後どうなったのでしょうか。他の軍の捕虜仲間の間では、情報が錯綜しておりました」


 これは、軍務司として聞いているのではない。軍による情報統制をなしに、親子の世間話として聞いているのだ。

 その為の、父上か。思慮深くなったものだ。


「あのお方は、急を告げると側近すらも置いて脱兎のごとく一騎で逃げ出したさ。わしらは、ちょうどここで防御陣を敷き討ち死に覚悟で足止めを考えたさ」

「そういうことですか」


 納得をしたようにネビルが頷く。


「どういうことだ」

「解放される前に、注意を受けました。リルザ王国への入国時にはエリス王国で虜囚としてどういう処遇を受け、エリス王国をどう思うか問われると。その時には、過酷な扱いを受けて恨みしかないといと答えるように言われました」

「なるほど、エリス王国は解放捕虜の選別を知っているのか」


 応えたのはマグネだ。

 選別、その通りだ。先に帰還した公貴は、自分たちが国への忠誠を離さなかった為に、追い出されるように帰国したと報告をしたのだ。

 それは、後から帰還する者の忠誠を危ぶむものでしかなかった。


「ここでは、人目に付きますし、もう宿です。ネビル、宿でゆっくりと話を聞かせてほしい」


 マグネの抑えた声に、わしも頷いた。

 街の至る所で、我が物で顔に歩くエリス種の傭兵がおり、監視でもするかのようにこちらに目を向けている。

 わしは先に宿に入ると、奥に手を上げて並ぶテーブルの一つに足を進めた。


 一階は食堂になっており、部屋が並ぶのは二階から上だ。

 わしの右にネビルが腰を下ろし、左にはマグネ。空いた二つの席は若い衛士が荷物を置いて奥に足を向ける。

 あの二人の衛士は、給仕に向かったようだ。ネビルの従士のようなことをしているだろう。


「それで、エリス王国では何があったのだ」


 わしの問いに、少し考え込むように目を閉じ、

「自分は、エリスの隆也王の審問を受けました。軍務司ではなく、個人のネビル・ノルトしてです」

ネビルが口を開いた。


「審問か、何を聞かれた」

「自分は、あの時に隆也王に斬りかかりました。全身全霊を込めた一撃です。そこに隆也王は何かを感じたのかもしれません。聞かれたのは、自分が駆け抜けた戦場での急な反転をした理由と捕虜としての処遇についてです」


 エリスの王に斬りかかり、個人的な審問されただと。

 王、直々の審問なのか。わしは、自分の王ですら見たこともないぞ。

 いや、続けて話す内容に、言葉を失う。


 二人の衛士が運んできたカップにも手が伸ばせない。

 日に三度の食事に、週で五日間の労働。一日は衛士のために学院の先師が読み書き算術を教え、一日は完全休養日。

 それは、本当に捕虜なのか。


 大きく息をついて続いたネビルの言葉に、わしは初めてカップに手を伸ばす。

 その二日間、ネビルは捕虜収容所を離れてエリスの軍務の幹部候補生二人と寝食を共にし、後にはラルク王国の女性政務官交えて語り明かしただと。


「で、では、ネビルのその凄まじいルクス量は」


 マグネも話に驚きを隠せないままに尋ねる。


「自分たち四人の共通点は、かなり稀有なことらしいのですが、自信を失くして自分自身を過小評価することで、ルクスの制限が掛かっていたとのことでした。語り合うことで、それが克服されて、制限がなくなったと聞きました」


 捕虜だぞ。それも、帰国させれば、敵対する相手だぞ。

 そのルクスを解放するのか。


「ネビル、一つ聞くぞ。その者たちが、敵としてぶつかってきたらどうする」


 もしかすれば、ネビルは恩を売られて寝返ったのではないだろうな。


「自分たちが戦場で相まみえる時は、互いに手を抜くことなく、全力で戦うと彼らと約束をしました。もし、自分が手を抜けば、彼らは自分を見限ってしまいますよ」

「それでは、その者たちと命のやり取りをするのか」


 マグネの声も重い。


「恩を感じているからこそです」


 応えたのは給仕をする衛士の一人だ。


「自分たちの成長をした姿を見てもらわねばなりません。そこで、討たれたとしても、自分たちも悔いは残りません」


 恩を感じるか、捕虜にそんなことを言わせるほどの国なのか


「それより、ルビル様はご健勝ですか」


 ネビルが顔を上げた。


「どうしてだ。ここの宿を貸し切ってくれたのもルビル様だ」

「ここでは、リルザの正規軍よりもエルス種の傭兵の方が多いようです。この国には商業連合からの傭兵団が大量に入ってきているのではないですか。そうなれば、軍の指揮権が混乱し、ルビル様の立場も危うい」

「商業ギルドからの傭兵団か」

「はい。共に過ごしたエリス王国の兵から聞きました。そのために、ルクスの汚れ切った者は休戦協定の発効と同時に帰国させたとも」


 その声を聴きながら、わしはカップを置いた。


「エリスの国内で扶養をする意味もなく、彼らの責任はリルザ王国で取れとの意味です」


 ネビルも真直ぐな目を向けてくる。


「帰国をした公貴は保身のために虚偽の報告をし、食い詰めた民は国内で罪を犯して治安を乱すでしょう。また、帰国する捕虜で新たに軍を編成をすれば、主導権争いが生じてこの国には連携の取れない二つの軍が存在することになります」


 そう、その通りだ。それが今のこの国の現状だ


「そのための一手が、捕虜の返還になると」


 マグネも考え込んだ。


「リルザ王国は傭兵団が展開すれば休戦協定を破ると、エリス王国は考えています」

「まぁ、間違いないだろうな。それで、エリスを見てきたおまえには、次の戦をどう見る」


 わしの問いに、ネビルは困ったような笑みを見せた。


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