予備会談
「隆也王、ここが学院になるのか」
フレアが驚いたように周囲を見る。
「そう、総合学院になる」
「総合学院というのは、どういうものだ」
「初等から、上級までここにまとめている学院だよ。だが、主には上級学院だ」
「そうか、吾の国にも新しい上級学院が出来ている。アムルたちが作った最高の学院だ。吾の政務官はそこの一期生になる」
アムルの名を強調しながら、フレアが振り返った。
「いえ、陛下のお力です」
良かった。隆也王は慣習、儀礼を気にされていない方だ。
フレアには外交儀礼としての話し方、振る舞いを教えてはいるが、それが身に付いてはいないし、それを強制もしなかった。
同じように儀礼を無視してくれるならば、フレアも話しやすいだろう。
「まずは、会わせたい人々がいる」
隆也王が振り返った。
会わせたい人々。何人もいるということのようだ。
そのまま広場の奥の居館に入った。
大きな扉が行く手を遮り、その前にはマデリとダリアが立っている。
ダリアがそのまま扉を押し、マデリも慌ててそれを真似るように扉を押した。左右に開かれる大きな扉からは、長い廊下と突き当りの広間が見えた。
そこにいるのは、老若男女様々な人々だ。その頬には一様に痣がある。
エルグの民。どうして彼らがここにそんなにもいるのだろうか。
「エリス王国に奴隷として連れてこられていた、エルグの民だ」
続く隆也王の言葉に、息を呑むしかなかった。
「エルグの、エルグの者たちか」
フレアの呟きが聞こえる。
「我が国は、奴隷制度の廃止を宣言しました。奴隷の売買を禁止し、全ての奴隷の解放を命じました。ここで保護をしているのは、その一部、五百人ほどです」
柔らかな声で説明するのはサラだ。
「五百人も」
しかし、そんなことが出来るのか。商業ギルドや公貴は反発するだろうし、内乱が起こるのではないのか。
「商業ギルドが、よく奴隷を解放しましたね」
マデリが息を付いた。
「王の勅命です。それに先立ち、全ての衛士を兵士と呼称を変えて王国軍に編入し、私兵と傭兵を禁止、武具の所持も禁止しました」
その言葉に、僕も言葉を失う。
確かに、それでは反乱の起こしようもない。従わねば攻められ、自ら反乱を起こせば天逆になる。表立った反発も出来ない。
「しかし、それは強権を発動しすぎませんか。公貴と官吏の不満もたまっているでしょう」
隆也王に目を向けた。
「だろうな。しかし、これから話すことは、それが主旨ではない」
「それでは、会談場所にご案内をいたします」
内容を聞く前に、ダリアが先に立って扉の中へと進んでいく。
廊下をしばらく進むと階段が見えた。
「こちらです」
声を残して、ダリアが階段を上る。
困惑する頭で僕も足を進めた。さて、それでは会談の主旨と何だろうか。解放したエルグの民を盾に、何を求められるのか。
フレアの気性からしても、無理難題を押し付けられても頷いてしまうだろう。僕も、それを止める術はない。
解放された奴隷は何にも代え難いのだ。
階段を最上階まで上がり、さらに奥へ向かう。
奥の扉が開かれ、元は公領主の執務室だっただろう部屋が現れる。
大きな机に向かい合うように、四つの椅子と少し離れてそれぞれ一つの椅子が置かれていた。
北と南は外され、この席に上座下座はない。対等の席だ。
「王宮での会談の前に、予備会談としてこの席は用意した。早速話をしたい」
隆也王の言葉に、僕にも緊張が走る。予備会談に王宮での本会談。会談の内容は議事録に記され、合意すれば互いの王の署名の入った条約が結ばれる。
この条約の意味は重い。
王と王との約束に、創聖皇も承認をした証だ。
万が一にも条約を破れば、国の信を違えた罪と創聖皇を欺いた罪が重なることになる。消すことの出来ない警鐘雲が二本、空を割ってしまう。
その為に、予備会談で互いの条件を出して精査し、覚悟しなければならない。
隆也が奥に腰を下ろし、その前にフレアが進む。
「解放した奴隷の件だ」
さぁ、何を言ってくる。一人当たりの金額か、少しは蓄えてはいるがさほどの余裕はない。
「順次、送り帰してやりたいが、幼くして売られた子供は、ラルク王国、エスラ王国どちらの国か分からない。十七までは戸籍もないだろうから、そちらで引き取ってほしい。そして、それにはエスラ王国の大人たちも一緒に頼みたい」
「エスラの者たちも、ですか」
どうして、故郷に直接帰してあげないのだ。
「エスラ王国の王に会った。理想と夢を語るが実がない。具体的な施策がない。あの王は、飾りだ。エスラ王国は国家事業として人身売買を行っている節がある」
隆也王が暗い目を見せた
「国家ぐるみということですか。ですが、それを僕たちに預けてもいいのですか」
「エスラの船夫は活気がなく愚鈍だ。外務司たちのルクスは汚れが酷い。あの国には解放した者を任せられない。ラルク王国に一任したい」
その言葉で、僕たちへの信頼が分かった。それだけで十分だ。
「承知しました。女王陛下、よろしいですか」
「もちろんよ。早速、今回の便で連れて帰ることは出来るの」
フレアが僕に顔を向ける。
「今回乗せられるのは、百人ほどです」
即座に答えたのは、マデリだ。
彼女も連れて帰られる人数を考えていたようだ。
「では、迎えの船の準備を頼む。それまではこちらで預かり、心のケアと学問を教えていこう」
「そこまでしてくれるのか」
「この国で、苦労をしたのだ。報いるのは当然ことだ」
「それは感謝しかない」
「ですが、例外もいます」
フレアの声にサラの声が重なる。
「一部の者は、ルクスの汚れが酷く人を殺めた者もおります。彼らは別に隔離しています。罪状を明らかにしなくてはなりません」
「それは、勿論だ。アムル、その者たちの罪を暴けるか」
フレアはぼくに意識に潜れと言っているようだ。
隠しておきたいことだが、他国で罪を犯し、迷惑をかけているのならばそれも仕方がない。
「承知しました。確認をしましょう」
「エルフのようなことを言う。賢者はそのようなことも出来るのか」
それを察したように、隆也王が目を向けてきた。
「真似事です」
「真似なら大したものだ。分かった、この地に隔離用の施設を作ろう。ダリア、解放した奴隷の明細を」
「分かりました」
ダリアが立ち上がり、マデリが紙を広げる。
ここは政務官の仕事だ。
「解放したのは二万三千五百二十一人。その中で隔離しているのは四千二百十五人です」
その数に言葉も出ない。
それはフレアたちも同じだ。奴隷はエルグの民だけではないだろうが、それでもこのエリス王国にはその数がいる。他の国を合わせるとどれほどの奴隷がいるのか。
「それらを全て帰還させるには、何往復掛かるか分かりませんね」
「エリス王国からも船を出します。王宮使節用も含めそちらまで行ける外洋大型船は、八艘です」
「そこまでしてくれるのですか」
困惑したように、マデリが顔を振り向ける。
今は、この好意を受け取るしかない。交渉を進めるように、マデリの目を見て頷いた。
「こ、こちらは十艘です。荷物を最小限にして、詰めれば一艘に百人は乗れます。十四往復ですね」
「それでは、順次ここに開放した人たちを移動させよう。おれたちの船もこの港に集める」
話を聞きながら、僕は隆也王から目を離さなかった。
微かにしか出てこないルクスだが、そこに動揺は見られない。
嘘偽りなく、真摯に話していることを表していた。
「僕たちは、そのお礼に何が出来るでしょうか」
問いかけた言葉に、隆也王が顔を向ける。
少し困ったような、照れるような笑みを見せた。
「実は頼みたいことがある。我が国と貿易をして貰いたい。食料を買い取りたい」
その言葉に、フレアがあからさまにほっとした顔をする。
しかし、ことは直接の貿易だ。これは、商業ギルドを介さないことを示していた。
商業ギルドに露見すれば、ラルク王国も制裁される。
「お待ちください。その前にお聞きしたいことがあります。これは、他の国にも依頼をされたことですか」
「いや、貴国だけだ。エスラ王国が三日前に来たが、この話はしていない。内容が内容だけに、どこにも漏らすことは出来ない」
隆也王も真直ぐな目を向けてきた。
なるほど、しっかりと考えている。他の国にも話していたならば、それが商業ギルドに知られるのは時間の問題だった。
ここだけの話ならば、何とかなるか。
「分かりました。万一露見した時の名目は、解放された者の食料としましょう。フレア陛下、よろしいでしょうか」
「もちろんよ。皆を引き取ってあげて」
フレアの言葉に、奥に座るダリアが立ち上がった。
「それでは、ここからは政務官同士で取りまとめましょう。マデリさんには、外務司の方とこちらの馬車に乗って頂きます」
「それでは、条約の草稿は任せる。フレア女王とは、即位式の後で正式な会談としよう。おれは王宮に戻らなければならないから、ここで失礼をする」
隆也王も立ち上がった。
確かに、王宮に急がなければいけないだろう。三日前にエスラ王国が着いているのならば、到着している国も多いはずだ。
「では、サラ。フレア女王たちの案内は任せた。内容を詰めてくれ」
言葉を残し、その背を向けた。
読んで頂きありがとうございます。
面白ければ、☆☆☆☆☆。つまらなければ☆。付けて下さるようお願い致します。
これからの励みにもしますので、ブックマーク、感想なども下さればと願います。