読みの深さ
隆也王の執務室には料理が並び、林檎酒の樽とカップが並んでいるだけで、そこには給仕もいなかった。
マデリたちはテーブルの片隅でダリアたちエリスの政務官たちと話し込んでいる。
王であろうと印綬の継承者であろうと、ここでは自分で欲しいものを取るだけだ。無秩序でカオスだが、それが心地いい。
「アムル。控室でフレアと何を話していたのだ」
不意のジュラの言葉に、僕は息を付いた。
「分かっているでしょう」
「やはり、内乱に乗じた掃討計画が露呈したのかえ」
「隆也王が、フレア陛下の問いに答えたそうです」
「そうか。隆也は気が付いておったか」
「怖いものだな」
ブランカがカップを置く。
本当に、怖い王だ。
「それで、フレアは何を言われた」
「任すと一言だけです。責はフレア陛下が負うとの覚悟を持った一言でした」
「隆也の言葉に、納得したのかえ」
「いや、納得せざる得なかったのだろう。アムルには出来なかったことだな」
ブランカの言葉に頷くしかなかった。
僕には、どんなに正当な理由であろうともフレア陛下を納得させる自信はなかった。
もう一度大きく息を付き、僕は前に座る隆也王に目を移す。
レイムとミルザが隆也王の髪を引っ張り、フレア陛下がその肩を叩いていた。
知らない者が見れば、とても王と女王の姿には思わないだろう。
「僕も少し教えを乞いましょう」
カップを手に席を立つと、テーブルを大きく回る。
「アムルか。どうしたのだ、神妙な顔をして」
レイムがカップを抱えたまま、顔を向けた。
「隆也王に、少しお話をしたくて参りました」
「隆也でいいよ。そうしなければ、おれは賢者と呼ばなくてはならなくなる」
「失礼しました、隆也殿」
「何だよ、アムル殿」
殿も不要ということらしいが、他国の王を捕まえて呼び捨ては出来ない。
「アムルは、吾のことをフレアと呼ぶぞ」
フレア陛下は覗き込むように顔を出した。
「重ねて失礼しました。隆也」
「いいさ、アムル。それで何の話だ」
「フレアへの助言の件です」
「そのことか。アムルは世界の行く末、国の行く末を見定めているのだろ」
「僕なりの考えにしかすぎません。創聖皇の深慮は僕などでは測りかねますから」
「王旗とこの状況。見ている行く末に間違いはないだろう。そこから先は、分からんがな」
「では、見ている行く末は臣民の選別ですね」
僕は静かに言いながら、隆也王の隣に腰を下ろす。
「おれたちエルムは選別の境界が曖昧だが、エルグ種は違う。明確なラインがあり、それ故に混乱は大きな傷となる」
そう。第一門という明確なラインがあり、たどり着けない者の妖気の暴走により、たどり着いた者の犠牲が危惧された。
「その対策はしているのだろう」
やはり、僕の考えを全て読み切っておられるようだ。
「その通りです。第一門にたどり着いたのは、臣民の三割ほどです。彼らには王都と女王の直領地に異動させ、他の臣民はそれぞれに移させました」
「三割か。厳しいな」
「はい。六百万ほどの人口になります」
「だが、その六百万は護られるな。相手の自壊を待てばいいのだから」
「はい。反乱の下準備も整いました。後は誘い出して、立て籠れば相手は勝手に自滅します」
以前に、僕が行った戦だ。
妖気を暴走させて敵味方の分別を失くさせれば、勝手に敵同士で殺し合う。
「誘い出す軍の選抜も終えているのだろう」
「隆也には敵いません。すでにルクスの汚れた軍を編成しました」
そう、ルクスの汚れた軍がぶつかれば、妖気の暴走は炎のように広がる。
そこに残るは、累々たる屍だけだ。
「民の七割を失くすのだな」
フレアの声が重い。
「あ、あの、賢者様。どういうことでしょうか」
いつの間に来たのか、マデリたち政務官たちが集まっている。
「そうか、アムルはその罪を背負う気で、政務官たちにも伝えてはいないのだな」
「はい。知っているのは、印綬の継承者のみでした」
僕の言葉に、フレアの目が燃えている。
言わなかったことに、怒っているのだ。
「前にも言ったはずだ。王と印綬の継承者は運命共同体。廃位されるときは一緒だろ。それに、廃位されれば王宮は閉鎖されて政務官に残されるのは苦労だけだ」
「ですが、知れば心を痛めねばなりません」
「国のために、民のために心を痛めるのは政務官の仕事でもあるのではないのか」
そうかもしれない。
そうかもしれいないが、民の七割を死なせることになるだ。痛みだけでは済まないのかもしれない。
「まぁ、よかろう。おれもその立場になれば政務官に伝えられないかもしれない」
僕の心を読んだかのように、隆也王が続ける。
「フレアに伝えなかったのも、同じ理由だな」
言葉も出せず、頷いた。
「だが、フレアは弱い王ではないぞ。自ら決断し、覚悟出来る王だ」
「それ故です」
喉が渇いたが、カップを口に運ぶことは出来なかった。
酒を口にして、話すことではない。
「フレアは熟考しますが、必ずその決断に至ります。ですが、そこには七割もの民を殺すという苦しみが伴います。それをさせたくはありませんでした」
僕の言葉に、隆也王が困ったような笑みを見せた。
「それだけではなろう。民殺しの汚名をアムルが被り、フレアがことの収拾に当たることで国を鎮める。違うか」
「本当に、隆也は恐ろしい王です。国を民を鎮めるには、それが最も良い手段であると考えております」
隆也もカップを置くと、その目をフレアに向ける。
「おれも、アムルの意見には賛成だ。フレアも任せるというのならば、全てを任せてもいいのだろ」
「吾は、吾は全ての罪を背負う覚悟だ」
「罪は背負うが、収拾も考えねばならない。アムルが反乱討伐の総指揮を執り、反乱鎮圧後に民の損失の責を負わせる。フレアが臣民の慰撫に回ればことは丸く収まろう」
その言葉に、
「アムルにどんな責を負わせるの」
フレアが噛みつくように言う。
「アムルは国の行く末、民の行く末を考えている。そのアムルに報いもせずに責のみを負わせるのか」
「そうだ。王は常に民に目を向けるものだ。一刻も早くことを収拾して民を安心させることだ」
「でも、吾にはどんな責を負わせればいいのか分からない」
「簡単だ。国の内外にアムルの罪を知らしめ、王宮から叩き出して謹慎させればいい」
その隆也王の言葉に、僕は初めて気が付いた。
そうだ。隆也王はその先も読んでいるのだ。僕には、そこまでは読み切れなかった。
何か言おうとするフレアを手で制する。
「それは、次の一手ですね」
僕の言葉に、隆也王も笑った。
「本当に、アムルは天才だな。嫌になるよ」
それは、こちらの言葉ですよ。
そこまで、先の手を考えているのか。それも、他国のことで。
僕の罪が知らされ、王宮を出ての謹慎となれば必ず動く者が出てくる。
それが、次の敵だ。
そして、その謹慎の間に内政に没頭も出来る。
国を立て直し、不戦の結界が消えた後を見据えて軍務も行える。
「後で、フレアにはしっかりと説明しておけよ」
そう言うと隆也王はカップを取った。
「それよりもだ」
周囲を見ながら続ける。
「ここでの敬語は禁止のはずだ。アムルには罰があるはずだが」
同時に、レイムが僕のカップに林檎酒を注いだ。
その様子に、フレアも感じたようだ。
心配する必要もない安心を。
「そうだな。アムルはずっと敬語だったから、十杯は飲まなければならないわね」
サラが樽を抱えてくるとマデリたちにも林檎酒を注ぐ。
他国の印綬の継承者から酌をされるのだ。緊張に身体を強張らせながら、マデリたちもそれを受けるしかない。
同時に、彼らにも心配をするなという暗黙のメッセージを伝えたのだ。
本当に、この国は怖い国だ。
怖くて、優しくて、安心できる国だ。
「分かりました。明日、僕たちはラルク王国に帰ります。エリス王国の恩義には感謝しかありません。今宵の送別の儀、大いに吞みましょう」
僕はカップ高々と掲げた。
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