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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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フレアの想い、アムルの想い

 

「基本はこれで構いません。詳細も大使館を通じてこれから詰めていくことに、異議はありません」


 フレアが頷き、アムルが静かに言う。


「では、基本の不可侵条約を先行で調印しましょう」


 言いながら立ち上がるアレクに、おれは目を移した。

 真獣を駆って、今朝になって王宮に帰ったとの復命を受けたばかりだ。

 そのやつれ切った顔から、過酷だった日常が窺い知れる。


 最前線で捕虜の返還と軍紀の徹底、占領地の懐柔に兵站と陣の構築。その全てをアレクは一人でこなしていたのだ。

 本来ならばアレクと部下の政務官、詰めていた三万の兵にも長期の休暇を与えたいが、今のこの国にその余裕もない。

 印綬の継承者も選抜した政務官たちも国の為に身を粉にして尽くしている。


 同時に、その姿を見ているはずの他の政務官から、序列や権威の声が出るのが理解できない。

 国に尽くす政務官と傍観する政務官の熱量の差を何とかしなければならない。

 臣民のあるべき姿。アムルから聞いた聖獣の言葉が思い返された。


 政務官の再編に動くならば、休戦中の今しかないな。おれは手元の紙にペンを走らせると、それをダリアに渡す。

 ダリアはそれに目を落とし、困惑した目を向けてきた。

 それを無視して、おれは立ち上がると調印する条約の置かれた机に向かう。


 広げられた条約に調印した瞬間に、それは発効される。条約破りに国家間のペナルティはないが、創聖皇をも裏切る行為になり、警鐘雲が二本も走ることになる。

 それだけの重さが、国家間の条約にはあるのだ。

 フレア女王と並んで署名をすると、握手を交わした。

 しっかりと力の入った覚悟と固い意志の表れた握手だ。


「それでは、今宵の送別の儀は二つに分けることにしている。我らと近習の者のみで行う席と、政務官たち同士の気兼ねのない席だ。今回はドレスコードもないから、ゆっくりしてくれ」

「分かったわ。隆也の配慮に感謝します」


 フレア女王が優美な礼を見せる。

 何、どういうことだ。

 いつもの気さくなフレアらしくない。


「隆也王、送別の儀まで時間があるのでしたら少しお話をしませんか。誰も付けずに二人で」


 ほう、アムルを付けずに話か。よほどの内容なのだな。


「構わない。この奥の執務室で、世間話でもしようか」

「分かりました。これからでも大丈夫ですか」


 この急ぎ方では、アムルに相談もしていないな。

 現に、アムルも困惑している。アムルのこの姿を見るのは初めてだ。


「勿論だ。カザム、ここには誰も近づけるな」

「かしこまりました」


 重い声が響く。

 全員が慌てたように出ていく中、おれは奥の執務室のドアを開けた。


「何か、考えがるところでもあるのか」

「あるわ。国体のことよ」


 フレアが入ると、扉を閉めた。


「国体は、すでに方針を固めているのではないのか」

「基本はね。公貴の廃止と統治の一元化。人身売買の禁止に妖気の変換。これは動かない」


 フレアに椅子を進め、おれも腰を下ろす。


「それだけでも、国は乱れるぞ」

「承知の上よ。ここで膿を出さなければ、ラルクは沈む」

「そうか、準備も出来たみたいだしな」


 おれの言葉に、フレアが顔を上げた。


「気が、付いていたの」

「印綬の継承者がぞろぞろやって来たんだ。国内で公貴が動き出す時間も十分に出来ただろう」

「参ったわね。そうよ、ここに来たのは公貴に反乱の準備をさせる為もあるの。彼らを討つ大義が必要だから」

「同時に、国軍も準備が終わったのだろ」

「隆也はアムルと同じね。隠し事も出来ない。国に残したガイアスが国軍の編成を済ませた」


 公貴の一掃。エリスは国が沈み切っていたからこそ、まだ容易に進められた。

 しかし、ラルク王国は発展している。公貴も力を持ち、その抵抗も激しいだろう。

 だが。それでも、あのアムルならば対応するはずだ。


「それで、思う所は何だ」

「混乱が広がれば、民の中にも妖気の暴走が始まるかもしれない。そうならば、多くの民が死ぬ。それに、商業ギルドに対しても敵対をして、国の経済が危うくなる」

「なるほどな、アムルは何と言っている」

「何も、吾が望むならば、それを完遂すると。アムルは吾のためには死をも厭わない」


 アムルらしいか。


「大丈夫だ。アムルは汚名を被ることになるが、死を迎えることはない。その言葉通りフレアは望めばいい、それを実行する叡智が隣にいるのだ」


 正直、羨ましすぎるよ。


「アムルが汚名を被るとはどういうこと」


 フレアの言葉に、おれは大きく息を付いた。

 まだ、フレアは本当のエルグの可能性に気が付いていないのだ。

 伝えたくはないが、アムルも同じ答えに行きついているからな。


「フレア。エルグの民は選ばれた民だと分かっているか」

「可能性のある種だとは聞いたけど、選ばれた民なの」

「そうだ。エルグという括りだが、その中には全ての人種が含まれている。そして、そこに種の境はない。例えばエルムとエルス、種が異なれば交配は出来ない。しかし、エルグという種ならば、エルグの中の他の種と交配が出来る。これはある意味、理想だ」

「理想、どういうこと」

「エルグという括りならば、他の種との共存が出来るのだから理想だ。それが、選ばれた種ということだ」

「でも、妖気が暴走すれば、他人を見境なく殺す」

「そうだ。その為の内乱をアムルは考えている。選ばれたエルグの民の中での選別だ。創聖皇は世界の臣民を残す者と除外する者の選別しようとしている。その前にアムルはラルク王国の臣民を選別して護るつもりだ」

「民を死なせて、護るの」

「それが、必要だからだ。選ばれた民ゆえに、先に強固な礎を築く。その為の一歩だ。民を殺した汚名をアムルが背負う」

「でも、それでは」

「民を選別する覚悟を決めろ。ここで民の半分を失うか。躊躇してほぼ全ての民を失うか」

「ほぼ全ての民を失う」


 重い声でフレアが繰り返す。


「戦になれば、混乱は国中を包み、妖気を暴走させるぞ。戦場で仲間を殺し、領地で隣人を殺す。国を血に沈めるのか」

「血に沈む」


 フレアは考えもしなかったのだろう。ただ、言葉を繰り返すだけだ。


「覚悟が決まれば、伝えてくれ。その時に、商業ギルドとの手の切り方を伝えるさ。もっとも、アムルも同じ考えだとは思うが」


 おれは立ち上がった。


 フレアに一人にした方がいいだろう。そう思い背を向けた時、

「その選別は、必ず起きることなの」

フレアの声がその背を打った。


 心の奥から絞り出すような、重い声だ。


「必ず、起きる。それも近いうちにな。それが分かっているからこそ、アムルは口にしなかったのだろ」

「それで、吾の民を多く残せるのは、その方法しかないの」

「フレア、違うぞ。虐げられても真直ぐに生きようとする民、実直であろうとする民、人を思いやれる民を救える。同時に、人を虐げ、不正をし、自分のことしか考えない民に退場をしてもらう。それが選別だ」

「ならば、吾の答えは一つしかない。それは吾が直接の指揮を執る。アムルに責は負わせない」


 振り返るおれを、フレアの赤く燃える瞳が射貫いてくるようだ。

 これは、アムルよりも怖い女王だったか。


「さすがだな。あのアムルが心服するだけのことはある」


 おれは再び席に戻った。


「約束だ。商業ギルドからの手の切り方だったな。国も民も商業ギルドからの借り入れがあるだろう。それを返せ、相手に弱みを握らせるな」

「返すと言っても、大金だ」

「分割でもいいだろう。民の借金も肩代わりし、返してやれ」

「隆也も返しているの」

「エリスは通貨を変えた。その時に、両替として既存の金は全て国で回収して、それを一括での返済に充てた」

「でも、自国の通貨を造っても、それが通用するのか疑問よ。この国がおかしいくらい」


 なんだよ。フレアは通貨についても見識を持っているのか。


「そうだな。通貨は信用だ。だから、この国の通貨は銀と交換できるようにして信用の裏付けにしている」

「銀と交換」

「通貨の知識もアムルに与えられたならば、それ以上の対策もアムルはしているはずだ。あの者も伊達に望むことを完遂するとは言っていないさ」


 不可侵条約を結んで、良かった。

 ラルク王国は、これから強大になる。選別された民が国家をより強固にし、千年王国を築く。

 ぶつかることがないようにして正解だ。


「分かった」


 フレアの返事を聞きながら、おれは立ち上がった。


「ゆっくりとアムルと話せ、アムルはおれと違って説明が下手なのではなく、フレアを心配させないように説明しないだけだ」


 ったく、二人は互いを思い過ぎているだけじゃないか。羨ましいな。


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