臣民のあり方
厩の前でおれは足を止めた。
そこにいたのはアムルだ。
聖獣も話し込むように顔を寄せている。
賢者と聖獣か、面白い取り合わせだ。だが、一体何を話し込んでいるのだろう。
足を勧めるおれに気が付いたアムルが、顔を向けて礼を示す。
「いいよ。ルクスの先師に礼を示される必要はない」
「とんでもありません。サラ様からお伺いしました。孝也王の瞑想という言葉と意味、まさしく心の門へと至る道でございます」
瞑想か。
「それは、おれのいた世界で知識として知っているだけだ。実際に出来るわけじゃない」
「いえ、先ほどもお伝えしたように、その知識は道です。歩めばたどり着ける一本の道です」
たどり着けるか。そうなればいいがな。
おれはそのまま足を進めると、聖獣の前に立った。
――仔馬を連れてきたのだな――
頭の中に声が響く。
「駿馬の仔馬だそうだ」
――そうだな。先ほど、馬夫が連れてきた――
聖獣が身体を寄せると、その奥に漆黒の仔馬が見える。
――それでは、この仔馬のルクスを今晩にも変換、増大させ貴獣へと昇華させよう――
「この場ではしないのか」
――この仔馬が耐えられるかは分からない。ルクスの増強は、体の変化も伴う。心と馬体の両方が耐えられる強さがなければ、ここで目にするのは肉が爆ぜる陰惨な光景でしかない。明日には結果出るから、改めてここに来い――
陰惨な光景。この仔馬が死ぬのを見せたくないということか。
確かに、肉を爆ぜながら崩れ落ちる仔馬を見るのは、嫌なものだ。
「分かった。この仔馬にルクスを受け入れられる器がないようならば、無理をさせる必要はないぞ」
――当然だ――
聖獣は頭に声を響かせながら、厩の奥に身体を引いた。
さっさと行けというのだろう。
おれが踵を返すと、アムルのその後に続く。
「あの仔馬ならば、耐えられますよ」
アムルが呟くように口にした。
「やはり、賢者も聖獣の声が聴けるのだな」
「はい。さすがに中つ国の聖獣ですね。美しさだけでなく、造詣も深いようです」
「そうか。それで、何を話していたのだ」
「国のあり方を問うていました」
アムルは、小さく笑うと続ける。
「その前に、臣民のあり方を説かれました」
「臣民のあり方か。面白な、どうあるべきなのだ」
「王も国も理想に向かうならば、臣民も理想に向かわなければならない。向かわぬ者は、臣民ではないと」
「深いな」
おれの言葉に、再びアムルが笑う。
「この言葉の深さが即座に分かるのは、さすがは隆也王というべきですね」
「悪いけれど、わたしにも分かるように説明してくれない」
サラが肩をぶつけてきた。
話の内容についていけないということより、それを分からずにいるということを恥じたのだ。
その態度に、アムルが優しい目を向ける。
「何故、創聖皇が不戦の結界を消すのか。何故、国同士の殺し合いをさせるのか」
アムルの言葉におれも頷く。
そう。創聖皇がしようとしているのは、世界の秩序の回復だ。
国が理想に向かい、臣民が理想に向かう。国が臣民の安寧を理想とするならば、臣民の理想とは何だ。
簡単だ。
人を愛し、敬い、尊重する。善を行い、悪を遠ざける。
知識と同じで、知ってはいても実践をし続けるのが難しいことだ。
そして、創聖皇は決断した。
これ以上、人の魂を汚させないことを。分け与えた心を枯らさぬことを。その為に、人を二種類に分ける。
残す者と排除する者。
その分別手段の一つが、戦だ。
本気で分別をするならば、圧倒的に残す者が少なくなる。それは、二国間の戦では収まらない。世界を巻き込む戦になる。
いや、それ以上に。その先の言葉は呑むしかむしかなかった。
「隆也王は、創聖皇に用意された王と聞いております。言い換えれば、創聖皇の剣とでも言いましょうか」
「冗談じゃない。それほどの命をおれが抱えるには、重すぎる」
「それを支えるためのルクスではないでしょうか」
はっきり言いやがる。
ここまで直接口にするのは、同じ答えに行きついたのか。そして、それを明確にしておきたいとの意思か。
「それは、ここの不戦の結界が最初に消失をした理由だな」
「はい。隆也王は当初からお気づきだったのでしょう。この疲弊した国では、世界を巻き込む戦いでは砕けてします。その為に、最初に不戦の結界を消失させました」
「だから、どういうことなの。二人で話を進めないでくれない」
サラが再び肩をぶつけてきた。
「いくら創聖皇の剣でも、今の状態では折れてしまいます。剣を鍛えるための生贄がリルザ王国です。隆也王は異世界の戦いの知識を持っておられますが、リルザ王国は権力争いの内乱程度の知識しかありません。必然、エリス王国はリルザ王国を呑み込むでしょう」
「リルザ王国を吸収することで、エリス王国を強固にするの」
アムルの言葉に、サラが応える。
「そうです。ですから、エリス王国は間違いなく勝ち切ります。問題はその勝ち方です」
「戦略、戦術、精々隠匿するさ」
「そうでしょうね。その為に教育をした捕虜の帰還ですから」
傭兵と正規兵との分断も見抜いてやがるのか。
「アムル。おまえは天才だよ」
「過ぎたるお言葉です」
「今日が送別会だったな。やっと国に帰ってくれると思うとほっとする」
「長々と、お世話になりました」
「そうだな。では、王宮に戻り次第に調印を行うか」
「そのお言葉を頂けると、感謝しかございません。フレア女王も喜ばれます。早速準備に掛かりましょう」
アムルはもう一度、深く礼を示して足を止める。
おれは手を上げると、そのまま足を進めた。
「ちょっと、隆也。一体何の調印なのよ」
そのおれに、もう一度サラが肩をぶつけてきた。
「アムルがさっきからずっと話していたじゃないか。この国が、創聖皇の剣になると。わざわざ、あそこまで深く話してきたのは、その先を見据えていますとの意味だよ」
「見据えてた意味って何よ」
「不戦の結界が消えるのならば、不戦の協定を結びたいという意味だ。他国にはまだ表明できないが、同盟を結ぶってことだ」
「何、同盟って」
そうだ。この世界には同盟という概念はないのだ。
不戦の結界で、他国の侵略もないのだから、同盟自体があるはずもない。
「そうだな、同盟っていうのは互いの国への他国からの侵略に、協力して対応をしましょうという約束だ」
「では、エリスが他国に襲われたら、ラルク王国が協力してくれるっていうこと」
「そうだ。同じようにラルク王国が攻められたら、おれたちも協力をする約束だ」
「それは、すごい約束ね」
その分、負担も多くなるのだけどな。
「でも、その協定の文言を決めるのは難しくない」
「草案は、ダリアに伝えてある。基本文書に互いに署名をして、細部は連絡所を通じて詰めればいいだろう」
「隆也、そんなことまで考えていたのね」
サラが大きく息を付いた。
何だよ。
「わたしが王にならなくてよかったと、つくづく思うわ」
その声は、安心をしたような、呆れたような響きがあった。
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