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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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準備

 

 私は水晶に輝く広間を見渡した。

 あれから、千年もの時が流れたのだ。

 十四人で始めた商売は、わずか十年ほどで商業ギルドを設立し、五つの商会を揃えた。この五つは、互いに競合をするように見せて世界を網羅すためだ。


 そしてその五年後には、さらに私たちとは関係のない商会も四つ作らせた。それらは、不具合や不正が発覚した時のスケープゴートとして潰せるようにだ。

 立ち上げた商業ギルドでは、公王様はギルド全体を統括するグランドマスターになられ、私たちは商会を統べるマスターになった。

 同時に、人種開放の真世界聖王国では、私たちは十三真聖と呼ばれた。


 その全てをグランドマスターが創案し、実行されたのだ。

 集められた資金を元手にルクスの研究も進められ、世界にはルクスは学問ではないと浸透させて研究の阻害までさせた。

 千年もの間だ。

 そして、ようやく刻が来たのだ。


「それで、私たちの率いる軍は」


 グランドマスターに目を移した。


「まずは輸送守備隊を再編成する。そして、ラミエルの量産だ」

「あれは、野良よ」


 デトルが呟く。

 こちらの指示を聞かないということを言っているのだ。


「試作品のように究極まで妖気を送り込むことはしない。自我が保てる境界で止めるさ」

「それで、言うことはきくの」

「かろうじてな。今、準備中だ」


 それで、エルグの民を集めているのね。


「ですが、ラルク王国からは供給が止まる」


 ビルトアの言葉に、カルフが笑った。


「そのために、エスラ王国に浸透を深めた。供給はエスラから行う」

「しかし、普通のエルグの民では、妖気を吸収できないだろ」

「強制的に第一門を開けさせるのさ」


 ルイの問いに、カルフが続ける。


「こちらの水晶を使って、強引にエルグの第一門を開けさせる。その成功率は二割を超えた」

「では、八割近くが廃棄か」

「いや、残りからは妖気が抽出できる。送り込むための妖気がな」


 そういうことか。

 カルフはルクス研究の統括責任者だ。このために、エスラ王国浸透の指揮を執っていた。

 そして、話の様子からラミエルの量産が進んでいることが伺える。


「それは、何体つくるの」


 デトルが嬉しそうに聞く。


「作られるだけだ。すでに、世界中からエルグの奴隷をかき集めている」

「では、それで世界を荒らしてしまのね」


 私にも理解できる。

 不戦の結界が消えて世界が荒れる。それに乗じて、更なる混乱を引き起こせば創聖皇も動くはずだ。

 その時こそ、人の開放の時。

 中つ国に攻め込み、創聖皇を引きずり下ろす。


「だけど、あの隆也王は、ラミエルを一刀で両断した」


 デトルの顔が上がる。

 その顔は、楽しそうだ。

 暗に、隆也王の始末を任せろと言うのだ。


「慌てることはない。ぶつかる時は総力戦だ。そして、それは今ではない」

「早いに越したことはないはずだが」


 ベントの重い声に、

「創聖皇が用意をした王ならば、先に始末するの考えものだ。創聖皇が計画を変え、世界の改変が再びあるやもしれない」

応えたのはルイ。


「では、こちらに引きずり込んでからか。その為にもリルザ王国は捨てるのだな」

「送り込む傭兵はどうするの。見殺しですか」

「ベルミよ。余は捨てるとは言ったが、その前にエリスの強さを見せてもらうとも言ったぞ」

「そうか。それで、エルグのアセットが移動したのですね」


 その言葉に、マルスが手を打った。

 同時に、私も分かった。

 エリスの軍を相手に、こちらの戦術と戦略を試すのだ。対応出来なければ、そのまま圧し潰す。対応されれば、その様子をアセットが観察して報告する。

 リルザ王国を捨て石に、彼らの戦術と戦略を観察して研究するのだ。さすがは、グランドマスターだ。


「それで、指揮をするのは」

「各傭兵団に任せる。作戦の概略はすでに決めている」


 カルフが呟くように言う。

 カルフの声に力がないのも分かる。指揮をするのが傭兵団であることに一抹の不安があるのだろう。

 戦場は予期せぬことの連続だ。その都度、適切な処置を取らなければ、戦線は一気に崩壊してしまう。

 そうなってしまえば、観察どころではなくなのだから危惧するのも当然だ。


「グランドマスター。遠隔書式を使うなり、裏からでも私たちで指揮を執れませんか」

「イザベラ。不安は分かるが、ここは引け。お前たちの戦場は別にある」


 グランドマスターは、傭兵団の指揮による脆弱さも理解の上か。

 ならば、エリス王国がこちらの戦術、戦略に対応出来なくても押し込む気はないのだ。戦術、戦略の観察と同時に占領地の懐柔と統治を観察する。

 グランドマスターはこの戦いに勝利などは望んでいない。言葉通り、リルザ王国を磨り潰しての観察。


 改変前の世界で、私たちは戦を知っている。その私たちが指揮を執れば、どうしても勝つべく手を打ってしまう。しかし、ここではそれは必要ないのね。

 やはり、私たちの考えなどでは、図り切れないお方だ。


「それでは、エリスから亡命した公貴たちは如何いたしましょうか。捨て置きますか」


 私は、息を付いて顔を上げた。


「おまえと同じ考えだ、イザベル」

「分かりました。アセットかリルザ王国に浸透しているのでしたら、始末させましょう」


 無能な敵はいいが、無能な味方は必要ない。

 横から口など出されれば、観察どころではなくなる。


「さて、それでは大陸での浸透はどうなっている」


 グランドマスターの問いに、ルイが立ち上がった。


「四国の軍務は掌握しております。不戦の結界の消失と同時に、隣国を落とします。エルス種に関しては、両国を抑えていますので戦力の消耗なしに他人種への投入が出来ます」

「だが、王が廃位されることがあればどうするのです」


 ベルミが手を上げる。

 そう、ベルミは内務のことしかしてきてはいないのよね。


「浸透は、王宮官吏から公貴に及ぶわ。王が変わろうと関係ないわ」


 私の言葉に、ベルミの手が下ろされた。

 エリス王国も王が立てばそうなるはずだった。

 それが、三十年近くも王が立たないために、私たちはリルザ王国を煽ったのだ。こんなことならば、印綬の継承者の一人でも先に殺しておけばよかった。


 いや、それでも一緒かもしれない。

 創聖皇はあの王を立たせるために、何度も時間を戻してやり直したと聞いた。

 創聖皇が望む答えが出るまでやり直すのならば、果たして……。


「そのために、余たちも時間を掛けたのだ」


 私の心を読んだように、グランドマスターの声が流れてくる。

 他の者は、その言葉に意味が分からずに戸惑っている。


「どうされるのでしょうか。時間を戻されれば、無意味になります」

「エリス王国を深く引きずり込んで、叩く。そうすれば、三帝が動くはずだ。動けば、そこから中つ国への侵攻の道が開ける」

「ですが、そこから先は」

「この水晶を使うさ。世界改変のおり、駆け巡ったルクスは世界中の水晶鉱脈が聖符となった。そしてその中心であるここにルクスが集約されたことが、千年の研究で分かったそうだ」

「は、はい」


 突然の話に、カルフが立ち上がる。


「偶然か、必然か。世界中の水晶鉱脈が聖符の形を成しておりました。世界改変のルクスはここの巨大な水晶に集約され、その水晶に護られる形で我らは改変から取り残されたのです」


 何、その話は初めて聞くことだ。

 私たちは、大きく息を付いてカルフの言葉に耳を傾けるしかなかった。


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