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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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天棄の民

 

 吹き抜ける風に髪を抑え、イザベルは河の縁に腰を落とした。

 春の新緑は水面を輝かせ、掠めるように舞う鳥の鮮やかな羽が目にも眩しい。

 生命に溢れる景色だが、これも肌身離さず持つ水晶がなければ鳥の姿は消え、新緑も色あせる。


 大きく息を付き、振り返った。

 木々を伐採した狭い地に、簡易な建物が十四棟、作業小屋が三棟建つだけの集落とも呼べない居住区が草に埋もれるように見える。

 かつての喧騒と土埃は見る影もないが、それでも、ここがイスラバ公王国の王都だ。


「どうした、イザベル」

 掛けられた声に、顔を向けた。

 土に汚れた服で袋を持った青年。微かな声で隣に腰を下ろすのは、公王様だ。


 礼を示す私に、

「やめておけ。もう、王ではないのだ」

大きく手を振る。


「ですが」

「ですがではないさ。国を持たぬ身で王も何もない。それに、十四人しかいないのだ、身分はなくなった」


 確かに公王国は消えた。国土も民もいなくなった。だが、それでもデュアスという名を呼ぶことは憚られる。同列ということも憚られる。


「私にとっては、公王様は公王様です」


 私の言葉に、公王様は深く息を付いた。


「あれから、五年だ。不思議なことにデトルを含めて皆が歳を取らない。相も変わらず、この水晶がなければ人も動物も見えなくなる」


 深い溜息のように、続ける。


「皆は、どこに消えたのでしょうか」


 母も娘も、故郷すらも草に覆われて残骸すらも見当たらなかった。

 町が、都市があったのが幻だったかのように消えている。


「分からない。何がどうなっているのかは分からない」


 公王様が口を開いたとき、川の向こうから人の声が聞こえてきた。


「公王様、騎士の一団が向かってきております」


 駆け寄ってくるのはデトルだ。

 私も腰を上げ、そちらに目を向けた

 川沿いを進んでくるのは、旗を掲げた騎士団だ。


「あれは」

「見たこともない一団で、見たこともない旗だ」


 先頭に立つのは、白いマントを身に着けた壮年の男。

 マルスたち他の者も駆け寄ってくる。

 それでもこちらは十四人。向こうは百人以上だ。


「余は、ウラノス王国のサリウス。話があってここに来た」


 男は集団を抜けて一人で歩み寄ってきた。 

 呼応するように、公王様も足を進める。


「イスラバ公王国、公王のデュアス・ライン・イスラバ」

「デュアス殿か。王宮の籍に名を連ねていない一団がいると聞いて、訪ねてきた」

「王宮の籍。何のことだ」

「この地は、創聖皇より与えられしウラノス王国の国土になる。十七歳以上の住民は全て王宮籍に入る。そこに、名を刻まれていないのは、王国の民ではないのでな」

「どういうことだ」

「それすら知らぬか。では、おまえ達はどこか来たのだ」

「元々ここはイスラバ公王国の王都だ。我らは南のベツク山の向こうザルス領を制圧して帰る途中に闇に包まれ、それが晴れた時には道も都も人も消えていた」


 公王様の言葉に、サリウスは息を付いて傍らの岩に腰を下ろした。


「もしかして、それは五十年前か」

「そうだ。どうしてそれが分かる」

「簡単だ。五十年前に世界は作り替えられた」


 作り替えられた。やはり、世界は一新されたのか。

 創聖皇はこの世界に干渉したのか。


「人の、種族の争いに多くの血が流れ、哀しみと苦しみが妖気となって妖獣を生む。創聖皇はそれを嘆かれ、世界を作り直した」


 サリウスの話に公王様は腰を下ろし、私も座り直した。

 六種十国の理。

 種族を分けて国を二つづつ用意する。王は創聖皇の選んだ五人の中からでしか立てない。

 そして、ルクスという力。

 その内容に言葉を失う。


「では、私たちはそれに取り残されたのか。なぜ」

「その胸の水晶が原因かもな。水晶はルクスを吸収、蓄積する。世界を作り替える時、膨大なルクスが地を覆ったはずだがそれを強大な水晶が吸収したならば、ありえないことではない」


 水晶。

 確かに、水晶鉱脈の中に、それも水晶の柱に囲まれた中に私たちはいた。では、その水晶が世界改変から私たちを除外してしまったの。


「民はどうなったのだ」


 公王様の言葉に顔を上げる。

 そうだ。私の母と娘は。


「世界改変に合わせて、人は消えた。新たに用意されたのは、二万人の成人男女だ。それぞれの国に二千人づつ用意された」

「それ以外は、消えたままか」

「だが、その消えた者の魂はルクスに運ばれ、新たな生を受ける」


 生まれ変わりということなのね。

 母も娘も生まれ変わられるのだ。

 でも、待って。


「ルクスのない私たちはどうなるのですか」


 思わず出た言葉に、サリウスの顔が曇った。


「おまえたちにルクスはない。ゆえにルクスに魂が運ばれることもなく、消えていくしかない。それに、王宮に籍のないお前たちに与えられる土地もない」


 消えていく。

 生まれ変わりなど考えたこともなかったが、そのまま消えるしかないと言われるのは納得いかない。

 この土地も使えない。そんなことも納得できない。


 しかし、それを口には出せなかった。

 公王様が、目で制してきたのだ。


 そのまま目を戻し、

「全員の年が取らないのは、どういうことなのだろうか」

静かな声で尋ねる。


 公王様は何かを考えているのだ。このままでは終わらせない、逆転の一点を考えているのだ。


「おまえ達は創聖皇の管理から外れたということだ。年齢は固定され、寿命はない」

「その代わりに、死ねば魂は消えて生きていく場所をも失くしたのか」

「そういうことだ。いわば、天忘の民だ」


 天忘か。しかし、それならば天に見捨てられた天棄の民とも言うべきだ。


「状況は理解した」


 公王様が大きく息を付いた。


「こちらも、生きていかなくてはならない。ついては、一つ頼みたい」

「何だ」

「流浪の民は甘んじて受けよう。代わりに商業権がほしい。この世界の民はこれから増えてくるはずだ。そこには、様々な物資が必要になる。その手配と運送を任せてもらいたい」

「ほう、それを一手に引き受けるというのか」

「そうだ。それはこの国だけではない。必要ならば、他の国からも取り寄せてこよう」


 どういうことなの。私たちは商人になるというの。

 公王様の考えが理解できない。


「なるほどな。それを糧に生活を成り立たせるのか。確かにこの国も民は増え続けている。資材や食料の不足も多い。それでは、一度試してみよう」


 サリウスは立ち上がると従者の一人を呼ぶ。


「私の名でお前たちの旅札を作ろう。それを持てば、国中の往来が可能になるし、他国にも入られる。取引の詳細はこの者が打ち合わせをする」

「承知した」


 公王様が頷き、従者を伴って小屋に向かう。

 それを見送りながら、私は息をついた。


「さすがだな、デュアス様は」


 サリウス達一行の姿が見えなくなると、口を開いたのはビルトアだ。


「どういうこと」


 ベルミが尋ねる。


「わしは公王国の仕入れを担当していたから、商業の強さを知っている。デュアス様は商業を握ることで富を集め、裏から勢力を広げるつもりだ。国は種族ごとに分かれたというが、ここには四種の種族が揃っている。世界の商業を手中に入れる」

「それは」

「そうさ。創聖皇の世界を潰し、人を解放するためさ」


 解放。

 確かにそうだ。

 気に入らないから世界を変える。それは人の可能性への否定だ。


 私たちの世界は、私たちのものだ。

 目の前が開かれるのを感じた。このまま、終わらせるわけにはいかない。

 私たちで世界を取り返すのだ。


読んで頂きありがとうございます。

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