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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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十三真聖

 


「それではイザベル様。転移聖符の準備は出来ております」


 従者の言葉に、私は足を進めた。

 少し下がった位置でついてくる初老の従者だが、名前は知らない。私の従者になって、たった三十年ほどだ。名を覚えたところで、すぐに死んでしまう。


「こちらでございます」


 従者が扉を開けると床に緻密な聖符の描かれた部屋が現れる。

 この緻密な聖符も従者が描いたものだ。

 十年以上の修練を重ねて描けるようになった者しか、従者にはなれないのだ。


 そして、これを描けるということは、常時監視の対象になって最後には商業ギルドに殺されしかないということだ。

 もっとも、これが外の世界に漏れたとしても、この聖符に乗った者は時空の狭間に落ちていくしかない。


 それでも、

「私が転移すれば、この聖符は処分なさい」

私は片膝をつく従者に声を落とした。


「承知しております」


 その返事を聞きながら、私はその聖符に足を乗せる。

 途端に周囲は青い光に歪み、周囲を稲妻のような放電が舞った。

 それらは瞬く間に消え、周囲は明るい光に満たされる。


 高いアーチ天井に柱のない広い空間、浮き上がった光が広間の隅々まで照らし出し、壁の水晶を反射させていた。

 格子に組まれたフロアと中央に置かれたテーブルは、浮き上がった光球を映し込むほどに磨かれている。

 ここに来るのはどれほど振りだろうか、地下にあるとは思えないほどに広く明るい部屋だ。


「早かったな、イザベル。休戦協定は纏まったのか」


 テーブルの一番奥に座る青年が、声を掛けてきた。


 私は礼を示し、

「リルザの王の意志は確認しました。問題ありません」

静かに答える。


「そうか、大儀だったな」

「とんでもございません、グランドマスター」

「イザベル、合議は進んでいる。早く席につけ」


 声を掛けてきたのは、禿頭巨躯のベントだ。


「十三真聖の全員が集まるのは、百年振りよね」


 ベルミの言葉に頷き、私は用意された席に腰を落とした。


「それで、どこまで進んだのです」

「我ら十三真聖は、マスターの役から降りて、全員が表舞台からは離れるそうだよ」


 応えたのは、マルスだ。

 マスターから降りる。


「グランドマスター、どういうことなのでしょうか」


 私は前に座る青年に目を移した。

 いや、青年と言っていいのか。見た目は二十代のままだが、あれから千年はたっているのだから。


「言葉通りだ。世界は動く、最後の準備をしなくてはいけない。雑務は任せてしまえばいい」

「ですが、エリス王国は危険です。あの王は危険です」

「構わないさ。創聖皇が用意された王というのならば、潰してやろう。そのための準備だ」

「では、私たちは何をすればいいのでしょうか」

「世界をひっくり返すための準備だ。皆はそれぞれ特別な軍勢を任せるから、編成をするように」

「軍、傭兵ではないの」


 デトルがつまらなさそうに聞く。


「いや、他のマスターには傭兵をつけるが、十三真聖にはつけません」

「ですが、どちらにしてもそれではリルザ王国は持ちません」


 私の言葉に、グランドマスターが笑みを見せる。


「リルザは捨てた。リルザを通して、エリスの強さを観察する。異世界から来た王は戦を知っているようだ」

「リルザを摺り潰すの」


 今度のデトルの声は楽しそうだ。


「そう、あの国に、もう価値はない。それより心配な国がある」


 グランドマスターの言葉に、

「ラルク王国ですね」

「ラルク王国」

マルスと同時にルイの重い声が響いた。


「そう、ラルク王国は予想外だった。いや、エルグの民が予想外だった」

「大陸から隔離して、暗黒大陸に閉じ込めた理由は、それですな」

「確かにね。妖に心を侵食されて理性を失くす野蛮人ゆえ、暗黒大陸に隔離をされた民だと思っていたわ」


 そうだ。ベルミの言う通り、私もそう思っていた。

 しかし、あのセラという少年を見て、初めて気が付いたのだ。妖をルクスに変換する。 

 想像すらしたことはなかったが、覚醒したそのルクス総量は他の人種を凌駕するものだ。


 妖が魂に侵食したエルグの民には、エルナを始め全ての人種を揃えている。

 創聖皇は新たな可能性としてエルグの民を排除せず、彼らを他の人種から隔離したことに気が付いたのだ。

 そして。


「あの、賢者が厄介だな」


 賢者。名をアムルといい、印綬の継承者以外で初めて天籍が用意され、ラルク王国に招かれたエルミ種の者。

 エルグの可能性に気が付き、妖をルクスに変換させた者。

 そして、第三門を開き、ルクスの河から生還した者。


「こちらに、引き込めないの」


 マルスに目を移した。

 そのマルスは、静かに首を振る。


「あの賢者は規格外ですよ。ルクスを見ることが出來、知識も造形も深い。こちらの正体も薄々気が付いているようでしたよ」

「その賢者は、エリス王国と懇意か」


 溜息のように言うのは、ビルトアだ。

 白髪をなぜつけ、天井を見上げた。


「手を打たねば、なりませんよね」


 私の言葉に、

「懐柔できないなら、踏みつぶしかなかろう」

ベントが即答する。


「でも、誘拐の件で、重商連合はラルク王国から手を引くしかなくなったわ。こちらの内乱工作も潰され、派遣したマスターは、えらい恥をかかされたそうよ」

「それに、エリス王国の中央集権国家に倣おうとしてみるみたいですよね」


 マルスも肩をすくめた。


「隣国、エスラ王国への浸透を進めている」


 静かに答えたのは、カルフだ。


「ほう、手回しがいいな」

「グランドマスターからの指示さ。ボルドス商業連盟として王宮に浸透し。エルグの民を集めている」


 グランドマスターからの直接の指示。

 さすがに、グランドマスターの思考と行動は早い。


「すでに、軍務はこちらで掌握したさ」

「不戦の結界はここでも消えるのか」

「ラルクの王旗も武が外に向くものだ。エリス王国と同じように、国家間の戦が始まる」


 グランドマスターが皆を見渡し、続けた。


「これは、世界で起こるはずだ。ただ、その規模は分からない。同一種の国にのみ起こることか、それとも世界を巻き込んでのことか」


 その口調から、グランドマスターの意図することは理解できた。

 世界を巻き込む戦だと見ているのだ。

 そして、その為に私たち十三真聖をマスターから外した。

 これよりは、私たちは軍を編成してその混乱に乗じる。


「私たちの悲願が叶うのですね」


 私の言葉に、全員が頷いた。

 遂にこの時が来る。

 そう、あの時もこの場所で、この十三人とグランドマスターはいた。


 あの時、私たちが悲嘆にくれるしかなかった時。

 私は大きく息を付くと、ゆっくりと全員の顔を見渡した。



読んで頂きありがとうございます。

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