全権特使
「メルダさん、僕宛の連絡はありますか」
僕は疾駆する馬車の中で顔を上げた。
「はい。ブランカ様からルクス学院の建設地に、第一門の開門広間を建設するように指示していると連絡が来ております。また、アメリア様からは印刷機械の買取と技術者の貸与を進めていると連絡が来ております。マデリ様から女王陛下は――」
言いながら、メルダが連絡文を出している。
内容は全て覚えているが、間違いがないのかを確認しているようだ。
報告の重要性を理解し、慎重さを期している証だ。
「隆也王に国体の基本を教えて貰っているそうです」
「分かりました。メルダさんは、何か質問はありますか」
「分からないことは多いです。でも、フレア女王陛下は国体をご存じのはずです。何を学ぶのでしょうか」
そうだ。メルダはまだ国体を概念でしか理解していない。
「そうですね。本来は国体は万国共通儀典に基づいて全ての国で同じはずです。ですが、国ごとの解釈によって微妙な変化があります」
「国体は、国のあり方の基本ですよね。国によって違うのですか」
「はい。細かな部分に異なりがあります。しかし、このエリス王国は特別です。万国共通儀典に基づいておりません」
僕の言葉に、メルダが驚いたような顔を向けた。
「でも、頂いた教本には、基本は万国共通儀典だと記してありました」
「はい。ですが、この国の隆也王は国の基本は民だとのお考えです。全ての民に最低限の生活をおくる権利があり、幸福を得る権利があるとお考えです。そのための国体を施こうとされておいでなのです」
僕の言葉に、メルダの目が見開かれる。
「最低限の生活をする権利ですか。でも、最低限とは何なのでしょうか」
「雨風を凌げる家、寒さを凌げる衣服に燃料、飢えを凌げる食事、怪我や病を癒す医療。これら全てが国民の権利として保障されるそうです」
「でも、幼子や老人は働くことが出来ません。親や子が貧しければ、養えないではないですか」
「それを国が面倒をみるための国体です」
「王様がそれらを用意してくれるのですか。でも、悪い人もいます。王様を騙そうとする人もいます」
「そうですね。ですから隆也王は全国民の戸籍を作り、銀行を作り、法を整備して国中に網を広げようとしているのです」
「網ですか。悪い人を捕まえる網なのですね」
「それ以上に、貧しい人を救う網ですよ。戸籍で全国民を把握し、銀行でその人の収入を把握し、税を考えて補助するための網です。もちろん、悪いことをする人もその網には掛かるようにするそうです」
メルダは感銘を受けたように頷き、考え込む。
「フレア女王陛下はその考え方を学び、ラルク王国でも適用できるものがないか学んでいるのです」
「この国は、やはり特別なのですね。ラルク王国はどうなのですか」
その眼には、わずかな不安が見えた。
「ラルク王国の改革はこれからです。すでにフレア女王陛下は決断なさいました。後は臣下である僕たちの仕事です。そのために、皆がここで学んでいるのです」
「ラルク王国も民を考える国になるのですか」
そうですね。メルダはリルザ王国しか知らないのですよね。
「ラルク王国も常に民には目を向けています。しかし、公領主制度が邪魔をすることもあります。僕たちはそれを排除し、民と直接向き合うつもりです」
その一言で、メルダの顔が明るくなる。
あの捕虜管理棟で三人の青年たちと会い、明らかにメルダは変わってきた。感情も豊かになり、声に張りも出てきた。第一、ルクスも強くなっている。
「ですが、メルダさんもあの三人と話して、だいぶ変わりましたね」
「はい。皆が私を褒めてくださいました。リプラムさんなんて、私よりも若いのに褒めてくれるんです。あれだけ賢くて、立派な方々が私なんかの話を真剣に聞いてくれるんです」
隆也王の言っていたことは、これなんだ。
見る力のない者に他者と比較され、劣等感を植え付けられる。その劣等感は心の中に根を張り、大きく育ってしまえば自分で抜くことは出来ない。
劣等感を拭い去るのは、自信しかない。
自信とは本来は自身の行動で培うものだが、育ち過ぎた劣等感は、人の評価でしか抜けない。
見る力のある者が真直ぐな目で評価をすることで、劣等感は抜けてルクスの抑制を解放する。
僕には思いも付かなかったルクスの視点だった。
このメルグは、大きく化ける。
だが、メルグにとっての幸せとは何だろうか。
「先師」
メルダが真剣な目を向けてきた。
「どうしましたか」
「ラルク王国が変わるために、私は何ができるでしょうか」
「簡単です。今は学びなさい。時を惜しんで学びなさい。メルダが十代ならば時間は十分にありました。ですが、そうも言っていられません。あなたほどの優秀な方をゆっくりさせるほど、ラルク王国には余裕がありません」
優秀という言葉に、メルダの目に力がこもった。
「学べば、何をしたいかが自ずと見えてきます」
「分かりました。学びます」
「期待しています。では、早速これからの予定を話しましょう」
僕は言葉を切ると、鞄を引き寄せた。
「これから、エリス王国とリルザ王国の休戦条約の仲介国として、僕たち二人が国の代表として立ち会います」
「わ、私も国の代表なのですか」
「そうですよ。メルダさんの身分は非常勤の政務官として僕付きになります。フレア女王陛下の承認も頂き、今日からメルダさんには給与も発生します」
「あの、政務官ですか。私がそんなに偉い役目をしてもいいのですか」
「構いません。メルダさんの仕事は、休戦条約締結の会議の時に、会話を一言一句漏らさずに書き留めることです」
「分かりました」
メルダが強く頷く。
「仕事は簡単です。条約の文章は互いの国に届き。それぞれが承認しています。会合場所にてエリス王国、リルザ王国、ラルク王国でそれぞれ署名するだけです」
「はい。でも、私はこの前までリルザ王国で奴隷でしたが」
「今は、ラルク王国の非常勤の政務官です。それに、僕はフレア女王より全権委任を頂きました」
全権委任という言葉に、メルグが首を傾げる。
理解をしようとしているのだ。
「分からなくて当然です。僕たちもエリス王国に学んだのです。僕たちは国の代表としての特使というものになり、全権が委任されるらしいのです。僕もフレア女王陛下から全権が委任されました。この全権の中には戦争権もあります」
「戦争をする権利ですか」
「そうです。国が侮辱され、無理難題を押し付けられ、脅された時には屈することなく開戦を告示できる権利です」
「そんなに大事な権力を与えられたのですか」
「ですから、僕たちは国の代表として毅然とした態度が必要です。メルダさんも胸を張ってください」
「分かりました」
明らかに緊張した顔で頷く。
「馬車は休憩と馬替えを挟んで進み続けます。説明はこれくらいにして、そろそろ講義を始めましょうか」
「教えて下さるのですか」
「当たり前です。僕はあなたの先師ですよ。まずは、基本の計算とルクス学を行いましょう」
僕は鞄から教本を取りだした。
馬車の中での講義は何年振りだろうか。
それに、メルグにも第一門を開けて貰わなければならない。
「時間はあまりありません。振り落とされないように、しっかりと付いて来てください」
僕は厚い教本を開いた。
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