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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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リルザ王の苦悩

 

 どうして、こうなったのだ。

 余は窓の外に目を移した。空を分断するように走る二本の警鐘雲が、心を苛む。


「陛下」


 どこか叱責するような声に、余は顔を戻した。

 目の前の机には三人の印綬の継承者が左右に並び、余を見ている。

 義の印綬ルビル、仁の印綬バランクス、信の印綬サイウの三人だ。智の印綬であるバルキアは出仕すらしていなかった。


「それぞれの意見は、どうだ」

「先ほどから、申し上げてります」


 サイウの声は、鋭さを増している。

 余の問いに、全員の重い溜息が聞こえてくるようだ。


「商業ギルドから出された休戦提案を無条件で呑むしかございますまい」


 休戦提案。

 賠償金の支払いに、食糧の供出。それでいて余の国土は侵されたままだ。これでは、敗戦賠償ではないかと思う。


「そろそろ、商業ギルドの使者が参ります。ご決断をお願いします」


 決断だと。

 これを受ければ、余は疲弊をした隣国に侵攻したが、撃退された無能な王ではないか。

 大きく息を付いた時、扉が叩かれ、開かれた。

 入ってきたのは漆黒のドレスを身に纏ったエルムの女性とエルミの老人、それにエルナの青年だ。


「重商連合のイザベル様、イゼル商会のプライト様です」


 青年は声を張ると扉を閉め、その前を守るように立つ。

 サイウが立ち上がり、二人に椅子を進めた。

 その座り方と態度で、二人の上下関係が見える。

 イザベルという女性が、老人よりも高位のようだ。


「それでは、答えをお聞かせ願おうか」


 老人の静かな声が流れてくる。


「条件は変えられぬか。余の国土を返して欲しい。それに、賠償金と食糧の供出もなしだ」


 このまま双方が引けば、余の面目も保たれる。


「休戦案は蹴るとのことですか」


 プライトが続けた。


「戦を続けて、どうするおつもりか。このままでは、数か月で国は落ちますぞ」

「いや、休戦はする。しかし、この条件は厳しすぎないか」

「それは、印綬の方々も同意見でよろしいか。商業ギルドの休戦提案を蹴り、リルザ王国独自で交渉に行くということで、よろしいか」


 プライトの声は静かなままで、イザベルは黙ったままこちらを見ている。


「いや、まず国境までエリス王国が後退するというのは、エリス王国としても吞みますまい。そのまま、無人の街道を軍を進めれば済むのです」


 ルビルの応える声は重かった。


「では、意見も未だにまとめられていないのですか」

「わしら印綬の継承者は、休戦条件を無条件で呑むつもりだが、王の承認待ちだ」

「同じことだろ。こちらも暇ではない。それに、この休戦は商業ギルドが交渉を受ける条件として、リルザ王国にも無条件での受託と確認していたはずだが」

「しかし、この戦はバルキアが立案、実行したもの。余は関与していない」


 そう。バルキアが必ずエリス王国を落とせると進言してきたのだ。

 余は、頷くしかないではないか。


 王になって八十年になるが、即位したのは先王が廃位になって半年にもならなかったのだ。改革も必要なく、バルキアが法の順守を徹底させただけで国は豊かになった。

 そこに、余の決断も何も必要なかった。

 そして、そのバルキアが暴走しただけではないのか。


「国の行いの全ての責は王にあるはずだが。それゆえに、二本の警鐘雲も走っているではないか。王は、開戦の詔をだしているぞ」


 仕方がないだろう。

 内政を仕切り、国を仕切っていたバルキアの提案だ。余には断れないだろう。

 それに、三人目の帝になれると言われたのだ。


「五十万もの民を戦に駆り出し、軍を壊滅させた責を王が取るのは当然だと思うが、如何なのですか」

「だが、バルキアが」

「では、この国の王はバルキア公なのですか」


 王は、王は余だ。

 創聖皇に選ばれたのは、余だ。


「それも、肝心のバルキア公は出席していないのですか」

「バルキア殿は、体調すぐれぬとのことで療養中よ」


 バランクスが、横を向いて呟く。

 体調不良ではない。逃げたのだ。

 戦場の全軍を置いて逃走し、王都の屋敷に逃げ込んだまま報告書も上げてこない。


 あれだけ自信に満ち大言壮語していたが、全てを放り出して隠れるしかない男だったのだ。

 その責を余が負わなくてはならない。


「どうされるのですか。答えは二つしかありません。呑むのか、蹴るのか。今まで時間はあったはずです」

「で、では。この休戦条件を呑んだ後は、どうなるのだ」

「軍の再編に決まっておるでしょう。しかし、それは時間が掛かりすぎるゆえに、こちらで傭兵を準備しておる。すでに、王都にも一万の傭兵が到着しているではないか」

「そのことで、気になる点がある」


 声を上げたのは、ルビルだ。


「傭兵の指揮権はどうなる」

「この休戦を仲介する条件として、傭兵の指揮権は商業ギルドが握ると明確にしておる。それに、この負け戦を見て、あなた方に任されると思いか。あなた方はまずは軍の再編をして王宮を守備するしかないでしょう」

「分かった。いや、捕虜を解放する用意があると対峙する軍にエリス王国の軍使が来た。数は四十万近くになる。その四十万の指揮権はこちらが握ることの確認だ」


 ルビルの言葉に、イザベルたちの表情が動いた。

 それは、余も同じだ。余もそのようなことは聞いていない。


「捕虜の開放だと。条件は何だ」


 プライトの声が上ずっているようだ。


「休戦条約が発効されれば、無条件で捕虜を帰国させると連絡があった」


 待て、四十万の軍勢ならばこの戦に勝てるのではないか。

 軍務は義の印綬が行うものだ。今回は、智の印綬バルキアに押されて軍務を任せたが、ルビルに任せれば勝てるはずだ。

 ならば、商業ギルドの傭兵は必要なくなる。


「正直に言うわね」


 口を開いたのは、イザベルだ。


「あなた方では勝てないわ。十万の軍で、五十万もの軍勢を潰した相手よ。何の勝算もなしに、捕虜を返すと思うの」

「だが、これから指揮をするのは、このルビルだ」


 ルビルの言葉に、イザベルが力なく笑う。


「同じよ。これからエリスの軍に対峙するのは、わたしたちの傭兵に任せてもらうわ」


 イザベルは余に目を移した。


「それでは、最終の回答を聞かせてくださいな」


 これならば、エリス王国に勝てる。

 一時の屈辱を受けても、エリス王国を余のものに出来る。


「休戦期間は一年だったな」

「そうよ。でも、傭兵が揃い次第に休戦条約を破って侵攻を始めるわ」


 条約破り、これは創聖皇を欺くことになる。


「余は、それを認めるわけにはいかない」

「そうね。そうしておくわ」


 あっさりとイザベルが答えた。

 あくまでも、余の知らないところでの条約破りだ。警鐘雲は二本。万が一でもその責を負ったところで、三本目の警鐘雲が走るだけだ。


「では、余はその休戦条約を受ける」

「決まりね。わたしはここまでよ。ここから先は、このプライトが商業ギルドの代理人になるわ。直ちに休戦条約の締結に入って頂戴」


 そのままイザベルが席を立ち、プライトが身体を乗り出した。


「交渉は、外西守護領地のリルザ軍とエリス軍との中間地点で行う。参加するのはリルザ王国、エリス王国、それに、正式仲介をするラルク王国の代表になる。直ちに連絡文を送るので、代表者を選考して準備をするように。こちらが待たせるわけにはいかぬから、明後日にも出発をする」


 代表者。

 このような屈辱は本来ならばバルキアの役目だ。しかし、また逃げ出されては休戦どころではなくなる。


「信の印綬しかおらぬの」

「分かっておる」


 余の言葉に、サイウが吐き捨てるように言った。


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