会談場所
マデリは前を行くフレア女王陛下に目を向けた。
傍らにはエリスの王が並び、その後ろに賢者とサラ様が並んでいる。
女王と他国の王が、賢者と印綬の継承が、それぞれ肩を並べて歩いている。エルグの民は差別の対象だった。
現に、以前に行ったウラノス王国では、あからさまな差別もされた。だけど、ここにそんな様子は見られない。
同等の扱いだ。
そして、その全員が平民の格好をし、飾りのついた政務服はうちだけだ。衣装で権威を見せつけているようで、恥ずかしさを感じる。
傍らの女性を見た。名前は確かダリアと言っていた。
迎えの使節団と会った時に、フレア女王の付きの政務官と名乗ったら、奥から出てきたのがこの女性だ。
「王がフレア女王様に会いに行ったようです。一緒に来てください」
ダリアは、外務司長に何かを指示すると慌てたようにうちの手を引いた。
どうしたのか尋ねると、王と王が面談する時は外務司同士が話をする内容と日時を調整し、外務大司長や印綬の継承者たちとも打合せが必要らしい。
国のトップ同士の話ならば、そのまま国の行く末に関わる重要事項だそうだ。
正直、うちはそこまでの考えはなかった。そのことを教えてくれる人もいなかった。
いや、エルグの王は他国からは下に見られる為に、ラルク王国はその機会がなかったのかもしれない。
このダリアは、何者なのだろうか。外務司長が指示に従うのだから、位で言えばうちと同じ一種政務官になるはず。その政務官が何の装飾もない五種正装なのはどういうことなのだろう。
「ですが、何事もなく良かったですね」
彼女が顔を向けた。
「は、はい」
うちと同じくらいの歳のようだ。茶色い髪を後ろにまとめ、そばかすも愛らしい女性。
「あ、あの。ダリアさんは政務官の方ですよね」
「はい。私は隆也王の秘書官をしております」
「秘書官、なんですかそれは。そのような役職は聞いたことがないのですが」
うちの言葉に、ダリアが困ったように笑う。
「この国に新しく出来た役職です。大司長以上の役職者に専属で付く政務官で、各部署との調整、時間管理などを行います」
うちと同じ仕事だ。うちもフレア女王陛下のお付政務官として、同じことをしている。
「それを秘書官というのですか」
「はい。王がその名前で作られました」
「でも、なぜ政務服を着ないのですか。第五種の正装では職務も位も分かりません」
「それも王の意向です。政務服は他国との儀礼がある時は外務司が着用しますが、それ以外は全員が第五種正装です」
「でも、それでは職務も位階も分かりません」
うちの言葉に、ダリア笑った。今度は楽しそうな笑みだ。
「官吏の皆がそう思っていました。でも、王はそれを知ってどうするのかと言われました。服に挨拶するのかと。官吏は何も生み出さず、民に養ってもらっているのになぜそんなに権威を振りかざしたいのかと言われました」
誇らしそうに言う。
でも、官吏のそれも上位の者は、その政務服を誇りにしている人も多い。
うちもこの場では政務服が恥ずかしいが、それまでは考えたこともなかった。
「でも、それでは上級政務官から反発はありませんか」
「それはもう、すごい剣幕で怒鳴ってきています。私も王の秘書官ですから、毎日のように大司長に呼び出されています」
大司長ならば自尊心も強く、ルクスの威圧感も凄いものなのだろう。心配になってくる。
「大丈夫なのですか」
「私たちは特命政務官を拝命し、王の直属です。他からの命令権も人事権もないのです。そして、即位式が終われば、王宮官吏は一新されることになります」
「王宮官吏の一新ですか。でも、それでは人材が不足するでしょう」
ラルク王国も官吏の大幅な異動を行った。反発する者は多く、辞職が後を絶たなかったのだ。
今では補充も増えたけれど、それまでが大変だった。
「ルクスに関係なく全国から人を集め、教えています。優秀な人も多くて、何とか間に合いそうです」
「ルクスに関係なく、ですか。うちらの王国でも平民を対象に集落や村からも人を集めましたが、一定以上のルクスが必要でした。ルクスはその人の器量でしょう。器量がない人に官吏を任せれば、民が苦します」
「なぜでしょうか」
ダリアが不思議そうな顔を向けてきた。
どういうこと、問題はどう考えてもあるはずなのに。
「道は王と印綬の方々が示されます。官吏のほとんどの仕事は、書類作成と資料の確認です。二級政務官までの仕事でしたら、ルクスは必要ありません」
確かに、そうだ。
逆に、ルクスの強い人はそれを鼻にかけ、民を見下す者も多かった。それに、野にも人材はいる。うちも賢者に引き上げて貰ったのだ。
ルクスから言えば、一種政務官になんてなれるわけもなかった。
「そうですね。ダリアさん、ありがとうございます。うちも目が覚めました」
頭を下げるうちに、ダリアが大きく手を振った。
「やめて下さい。私が頭を下げなければいけません。ルクスの弱い私だから言えたので、マデリさんのようにルクスは強い人には分からないと思っていました」
「うちは、ルクスは弱かったです。賢者が導いてくれて妖を取り込み、ルクスが強くなっただけです」
「賢者殿ですか。噂はエリス王国にも届いていました。凄い人らしいですね」
「はい。賢者は本当に凄い方なのです」
「それでしたら、話も早いでしょうね」
「話があるのですか」
「はい。大切な話で、その為に王はフレア女王様と他の人がいない場所で会いたかったのでしょう」
ダリアは言いながら、高台から続く山道の先に目を移した。
木々の間から、大きな建物が見える。
「公領主の館で会談をするのですか」
「この外西守護領地は王の直轄地になり、公領主はおりません。あの建物は元は公領主の別館で、今は外西地区の総合学院の一つになっています」
「学院、あれがですか。それに、公領主がいないのですか」
「はい。イグザムという公領主がいたのですが、内乱の罪でその死後に領地を王に返させました」
内乱で領地ごと没収。それを王の直轄地にする。
この地には、公領主がいないのだ。人々の明るい姿も納得できた。
「それで、面談の内容と――」
続ける言葉は、後ろからの足音に止まった。
振り返った先にいるのは、セリたち四人の護衛だ。
セリが、バツが悪そうに手を上げる。
「どうしたのですか、セリ」
賢者様が声を掛け、その前でフレア陛下が嬉しそうに笑った。
「参りました。陰供として目に付かぬように進んでいたのですが、不意に現れたご使者の方から一緒に行って下さいと言われました」
陰供は言葉通り、陰ながらの護衛だ。セリも訓練を受け、その評判はうちも聞いていた。それが、すぐに見破られたというのだろうか。
「使者の方」
賢者様の言葉に、
「大事な国の賓客だ。おれたちも護衛は用意している。忍びだから、気が付かなかったとしても恥じることはない」
隆也王の声が重なる。
「忍びとは何です」
うちの疑問に、ダリアが笑った。
「アセットです。王は以前にいた世界で同じような職種を忍びと呼んでいたと言って、名前を変えられたのです」
「エリス王国のアセットなのですか」
ラルク王国にもアセットはいるけれど、セリが気付けないほどの者はいない。
それが、目の前に現れるまで気が付かないなんて、これが本物のアセットなの。
「王国のではなく、王の忍びです。王自らが雇用をされて王にのみ忠を誓い、王国に忠を誓っておりません」
これほどのアセットが、王にのみ忠誠を捧げて王にのみ従うの。
「それよりも、マデリさん。そろそろ到着します。先に会談場所に案内いたします」
困惑するうちを置いて、ダリアが先に立って進みだす。
賢者様と陛下を追い越し、木立の奥から現れた大きな建物を回り込んだ。
大きな門は開かれ、左右には衛士が立っているが、門を出入りしているのは歳もばらばらな平民たちだ。
中に入ると広場があり、その奥に居館だった建物がある。
公領主の別館だったと言っていた。確かに広くて学ぶには最適の場所のようだ。
ラルク王国も平民たちの開学を作っている。しかし、これは開学の規模ではなく、本当に学院になる。
「総合学院と言っていましたが、ここには初等から上級までの学院があるのですか」
「はい。全ての国民に学問が義務付けられました。その為の学院です」
全ての国民に、この国は学ぶことを義務にしたの。そんなことが出来るの。
「それは、平民に圧迫になりませんか。学院ではお金が掛かり過ぎます。うちは開学で無料でしたが、それでも働き手が減るから生活は苦労をしました」
「学費は必要ありません。ここも無料です。それに、働き手は軍が補助します」
ダリアが説明してくれるが、だめだ。うちには理解が追い付かない。
居館だった建物に入ると、すぐに扉が行く手を遮った。
「マデリさん、こちらに」
案内されるままに、その大きな扉の前に立つ。
「ここで、王たちをお迎えいたします。皆様には会談の前に見て貰いたいのです」
そう言うと、ダリアは扉を背に立った。
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