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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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ルクスの解放

 

「名前は、メルダですか。幼くして奴隷になり、姓は不明なのですね」


 僕は目の前に座る妙齢の女性に目を向けた。

 ルクスの輝きと大きさが歪な女性。首から頬全体にかけて赤い痣が見えるエルグの女性。


「解放されてから、エリス王国の王都に来るまでの間の学習で、文字を覚え、簡単な計算も出来るようになったそうですね」

「は、はい」


 女性はどこか怯えたような目をしたままだ。


「そうですか。その学習速度は誇っていいことですよ」

「ありがとうございます」


 声にも張りはない。

 印綬の継承者と同格の僕に、何を聞かれるのか戸惑ってもいるようだ。


「それでは、端的に言います。メルダは僕付きの侍従補佐と同時に修士となります。これからは、僕があなたの先師として教えます。よろしいですか」

「はい」


 意志を感じさせない返事だ。


「では、これから一緒に行ってみたい場所があります。ついて来て下さい」


 そのまま、僕は立ち上がった。

 学問を教えることは、支障があるわけではない。ただ、これからの彼女の人生をどこにどうやって導けばいいのかが分からない。

 僕は王宮内に用意された部屋を出ると、彼女を連れて玄関前の馬車寄せに向かう。


 そこにはラルク王国の紋章の入った馬車が、すでに準備されていた。

 僕が先に乗り込み、メルダも乗り込むとすぐに馬車は進みだす。

 彼女はどこに連れて行かれるかの不安よりも、豪奢な馬車に驚いているようだ。


「それで、メルダはどこでどんな仕事をさせられていたのですか」


 資料には記されていたが、本人の口から詳細を聞きたい。


「はい。幼いころは、農園の下働きでした。十七になって農園の調理補助の仕事に変わり、同じエルグの民の食事を作っていました」

「それでは、文字と計算はその間に学ばれたのですか」

「いえ、解放されてエリス王国の王都に向かう馬車の中で、初級学院の先師に教えてもらいました」


 やはり、資料通りだ。

 しかし、エリス王国は、初級学院の先師を十人程度しか乗れない馬車にも派遣をするのか。


「分かりました。それでは、メルダの身の振り方も考えますので、それまではしっかりと学んでください」


 鞄から厚めの本と板を出すと、それをメルダに渡した。

 マデリたちにも教えた基礎学習の教本と、書いたものが簡単に消せる学習用の板だ。


「時間があれば、それを読んでいきなさい。分からないことはその板に書くといいです」

「い、頂いてもいいのですか」

「勿論です。自由に使いなさい」


 僕は深く座席に座り直した。

 馬車は王都を抜けてなおも進んでいく。

 やがて、道の先に広大な農地と建物が見えてきた。あれが、捕虜たちの開墾する農業試験場に捕虜管理棟らしい。


 しかし、ここに何があるのかも僕は知らない。

 馬車は敷地の中に入ると建物の前で静かに止まった。

 御者が扉を開き、僕は馬車を降りる。


 いや、同時に礼を示した。

 建物から出てきたのは、隆也王だ。そうして、ここに。


「よく来たな」

「隆也王、こちらに来ていたのですか」

「当然だろ。状況の説明くらいはしないとな」


 状況の説明はいいが、王が従者も護衛もなく一人でここに来ているのだろうか。


「それでは、見るべきものはこちらにあるのですか」

「そうだ。早速だが二階に案内しよう」


 隆也王は当然のように先に立って歩きだす。

 メルダは、メルダは僕の対応で相手の身分の高さを知ったのだろう。怯えるように僕の後ろに隠れている。


「大丈夫ですよ」


 僕は背後に声を掛け、その足を進めた。

 建物の入り口横に階段があり、そこを登っていく。


「ところで、賢者。その女性と話をし、ルクスのギャップに何を思った」

「難しい質問です。ルクスが意識の深さならば、彼女の意識は深いです。それゆえに学習能力も高く感じます。それがどうして表に発現されていないのか」

「そうだな」


 隆也王は二階に上がると、すぐ横の扉を開いた。倉庫兼事務所になっているような部屋で、奥の壁は腰までしかない。


「その答えがここにある」


 隆也王は腰壁まで進むと一階を見下ろす。

 僕もその後に続いた。

 ここから見えたのは、広い食堂だ。


 そして、僕はその奥に座る三人から目が離させなかった。

 ルクスの輝きは強いが、大きさ自体は思ったよりも小さい。メルダと同じ特徴を持つルクスだ。


「彼らは」

「エリス王国の士官候補生二人に、リルザ王国の軍務士になる。あれでも、士官候補生二人のルクスは増大してきている」

「無意識のうちに、ルクスを抑制しているということですか。そんなことが出来るのでしょうか」

「おれの元いた世界では、ルクスというものが感知できず、利用も出来なかった。そこにいる人は、ルクスに包まれたものを見ることも出来なかった。その為に、創聖皇はおれの意識に蓋をしてルクスが漏れないように隠蔽をしていた」


 隆也王がとんでもないことを静かに続ける。


「意識するもしないも、ルクスは自然と循環し続けるしかなかった。そして、彼らに共通するのは、強い劣等感と自身のルクスの思い込みだ」

「その思いが、蓋をしていると言われるのですか」


 劣等感と思い込み。自身の大きさをここまでだと思い込み、塞ぎ込むことでルクスを阻害して抑え込む。

 確かに、理屈は通じる。

 そして、メルグのルクスにも思い当たる。


「増大していると言っておりましたが、どのような対策をしているのですか」

「劣等感は人の評価が決める。自らが感じなくても、人の評価が感じさせる」


 人の評価。確かに、幼い頃に親や他人が決めつける評価は、その子供の心に残ることになる。


「だが、誰であろうと三の力しか持たない者は、四や五の力を評価出来ても十の力は評価できない。自らが評価出来ないものを人は下と見る。親や他人は、十の力を持つ者を一や二と評価し、相手に劣等感を植え付けてしまう」


 三の力。一般の人を三とするならば、彼らはそれをはるかに凌駕する十の力があるということか。

 そして、それはメルグも同じ。


「まず、彼らのような特異な者たちは、他人の評価に何の価値もないことを知らなければならない。真の評価は、同等程度の力がいる。その為に、この三人を共にいられるようにした」

「その本当の評価で劣等感を拭い、自信を持たせるのですか」

「そうだ。苦手の克服などどうでもいい。得意分野で自信をつければいいだけだ。自ずと抑制は外れる」

「それを、リルザ王国の軍務士にも施すのでしょうか」

「当然だろ。国による区別は必要ない。ここにいる間は、メルグも彼らと話すといい。週末の二日間は労務も士官学校の課業も免除にしている。三人はここで二日間を過ごすようにしている」

「なるほど。では、僕もここにいてもよろしいでしょうか」

「滞在中は好きにすればいい」


 隆也王は言いながら、旅札を出した。


「おれの裏書をしている。貴国の厚情に感謝し、これを渡す。どこであろうと重要機密以外の好きな場所に出入り出来る」

「これは、感謝しかありません」


 何という度量の深さだろう。

 これでは、ラルク王国としても見合った対応を取らざるを得ない。

 信厚く、義に固い国か。この国とは、この国を率いる王とは争いたくないものだ。

 僕はその旅札を受け取ると、深く礼を示した。



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