宴
何だ、これは。
わしは、呆然とエリス王国の王を見るしかなかった。
サラという目を見張るほどの奇麗な少女に腕を引っ張られ、エルフが頭の上でカップを煽っている。
隆也王は、憮然とした表情ながらもサラから詰め寄られ、頷いている。
いくら無礼講と言えど、これは。
「だから、吾にも分かるように説明しないとだめだと言っているの」
傍らから響いた声に、顔を振る。
肩を掴まれているのは賢者だ。そして、その前でカップを抱えて胡坐をかいているのはエルフのミルザ。
「そうよ。賢者と隆也王の話は私には全く理解できていないのよ」
アメリアまでも詰め寄っている。
問いただしているのは、あの通商条約とか大使館とかいうやつか。わしにも理解できたのは、半分程度だ。
「ですから、説明を差し上げます。通商条約は商業ギルドとの間で交わす契約のようなもので、大使館は相手国にある王宮のようなものです」
そう、なのか。
隆也王に目を向けると、王も頷いている。
「では、全権大使というのは、何だ」
わしも思わず尋ねた。
「僕はその通りの名前だと考えております。その国で外務の仕事をするにあたり、王から全てを任された王の代理人であると」
「そうだ。エリスの全権大使はおれが任命し、その人となりを賢者が見極めた上でフレア女王に信任してもらう」
答えたのは、エルフに髪を引っ張られる隆也王だ。
「僕が見極めですか。その者のルクスを見ろということですね」
「それが、一番間違いがないだろう」
何だこれは。
あの時に話していたのは、国体の一部を開示する条件としてラルク国とエリス国との正式な貿易、商業ギルドの設ける連絡所よりも一歩進んだ大使館の設立。
それを詰めていたのだ。わしらの頭上の遥か上で、あの短時間の間に。
賢者は、隆也王を怖い王だと言った。
しかし、賢者よ。おまえも怖い賢者じゃ。あのボルグ賢者がアムル賢者のローブに名を記すのを躊躇するのも理解できる。
「隆也王よ。ルクスと言えば、リルザ王国から解放された者の中で、変わったルクスの者を見ました」
「やっぱり気が付いたな。あの女だろ」
隆也王が即答する。
「女、女だと。隆也、王。女とはどういうことなのだ」
その隆也王の首元をサラ殿が引っ張った。
「サ、サラ。やめろ」
駄目だ。会話と情景が隔離し過ぎている。
隆也王が首元を引っ張あられながら、
「おれは、同じようなルクスを持った三人を知っている。その女を連れて三人を見に行くがいい」
楽しそうな笑みを見せた。
「アムル。女を連れ行くのか」
「賢者もやはり男じゃのう」
フレア女王とジュラが同時に言う。
こちらも酔っ払っているぞ。
フレア女王たちとは何度も酒宴をしているが、ここまで混沌としているのは初めてだ。エリス王国の破天荒すぎる酒宴に当てられているのだ。
「ブランカ殿と言ったか、我らの宴は初めてだな」
傍らに腰を下ろしたのは、義の印綬のラムザス殿だ。
「これが、エリス王国の宴なのか」
「お恥ずかしい限りだ。ラルク王国の方々の前だから、これでも抑えている」
「抑えている。だが、あの英雄王、隆也王だろ。王はご不快にならないのか」
「不快、隆也王はそんな小さな器ではない。それにな、隆也王の思考は高みにあり過ぎて、説明が下手だ。いや、我らが理解できないのだ」
ラムザス殿の言葉に、思わず頷いた。
そうだ。わしも賢き者は難解な事柄を平易な言葉で伝えるものだと昔は信じていた。しかし、それは知識と知恵が近い者で成り立つ。
知識と知恵の差が大きければ、そのようなことが成り立つはずもない。
そして、高みにいる者は説明が通じないことを常に感じ、分かり易いように説明の説明を増やすために、低い者にはより理解のできない説明になってしまう。
低い者にとっては、評価基準が自身の知識と知恵になるために高みにいる者を低い者だと思い込んでしまう。
学院の修士の会話の中ではよくある光景だ。
そして、それは王宮の中で、賢者にもしばしば見られた。
「サラやレイム、それにシルフたちが宴の中で責めるのは、その意趣返しもある」
「そうだ。我らも宴で賢者を責めたりはするな」
しかし、ここまではしない。
「そこが賢者の問題点だろ。賢者は、我らが見ても一歩引いておる」
そうか、やはりそう見えるか。
「どうすればいいのだろうか」
「簡単だ。まず一つ目はお前たちが矜持を開くことだ。お前たちがもっと賢者の心に踏み込めばいい」
踏み込むか。確かに、一歩引かれた思いが勝ってわしらもどこか遠慮しているな」
「一つ目ということは、二つ目は何だ」
「共に死線をくぐれことだ。おのずと絆は深くなる」
死線。三賢老たちの排除も賢者一人で行ったな。ならば、わしらが賢者の踏み込まなければならないか。
だが、どうすればいい。
思う目の前に、レイムというエルフが飛んできた。
「おい、二人で何をこそこそ話している」
言いながら、カップになみなみと林檎酒を注いだ。
こんなに。
視線を上げた先で、レイムが笑みを見せる。
そういうことか。
そのための宴で、そのための無礼講か。
酒の場と勢いで、賢者の殻など叩き割れと言っているのだ。
なるほど、人は変えられぬ。だが、自分を変えれば、相手も変わる。
深いな。エリス王国は。そして、この国に来られてよかった。
わしは一気に林檎酒を煽った。
「賢者よ。わしらは以前に呼び方を話した時に名前で飛び合うことを決めた。だが、賢者は賢者でいいだろうと話したことがってな」
わしは女王に肩を掴まれている賢者に向き直った。
「だが、それは同じ仲間として変だ。だから、わしはこれからアムルと呼ぶぞ。いいな」
「は、はい。僕は構いませんが」
答えを聞きながら、
「では、わしのこともブランカと呼べ。殿は付けるな」
カップに自ら林檎酒を注ぐ。
「そうじゃな。わっしもアムルと呼ぶぞ。わっしのこともジュラと呼べ」
ジュラも林檎酒を煽ると、
「何よ、皆で勝手に。私もアムルって呼ぶわよ」
アメリアまでもカップを口に運んだ。
「ほう、面白いな。では、この席では皆がそうしよう」
乗ってきたのは隆也王だ。
「おれのことも隆也と呼べよ。アムルもだぞ」
「いえ、さすがにそれは」
「アムルは、特に敬語は禁止だ。敬語を使えば、林檎酒を飲み干すのはどうだ」
「いや、隆也。それはアムルに気の毒だ」
サラがすかさずに言う。
だが、その隆也という呼び方とタメ口も言い淀みがない。彼らは、これが常になっているようだ。
「そうだな。隆也。敬語三つにつき一杯でどうだ」
フレアが被せてくる。
こいつら、賢者を酔わしてなし崩しに心に踏み込む気だ。
この流れを止めずに、勢いをつけなくてはならんな。それは、最長老であるわしの役目か。
わしは新たに注いだカップを一気に煽ると、
「隆也とフレアの間を取って、二回に一杯ではどうだ」
アメリアの背中を周りからは見えぬように叩いた。
「そ、そうだな。ただ、アムルが黙り込んでしまうとだめだから、そこはフレアと隆也が判断するっていうのは、どうだろう」
さすがは、アメリアだ。察しがいい。
「それはいい。でも、アムルだけでは不公平。皆が一緒」
シルフが顔を上げた。
「フレア女王に隆也王。それはかわいそうではないでしょうか」
間髪入れずに、シルフがしおらしい声を上げた。
「飲みたいだけだろ、シルフ」
なるほど、フレアがエリス王国に来るのに積極的だった理由が、垣間見えた気がした。
これは、楽しい宴になりそうだ。
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