休戦仲介
「それでは、隆也王。休戦の条件はそれでよろしいですか」
賢者の言葉に、おれは燃えるような夕焼けの空から目を離して頷いた。
休戦の条件。
エリス王国とリルザ王国は現在の位置で矛を収める。そして、エリス王国復興の資源として、食料に金銭、それに鉄などの資材をリルザ王国が提供する。
それを手にすれば国体の改革にも、今一度の戦にも耐えられるはずだ。
「分かりました。それでは、直ちに担当政務官に連絡を入れましょう」
賢者の言葉に、おれはもう一度頷いた。
本当に話が早い。
リスザ王国への休戦条件だが、実質はその裏にいる商業ギルドへの賠償請求になる。そこに条件の落とし所などはないと分かっているのだ。
もし、こちらの条件が呑めないと言えば、エリス王国は進軍を再開すると脅すだけでいい。枯渇する食料は、占領地で徴収すると分かっているのだから。
これならば、おれが同席する必要もなかったな。
フレア女王に目を移した。
彼女も退屈そうに周囲を見ている。退屈、そう、それがあのアムルという賢者への絶対的な信頼だ。
いい補佐官を持っているよな。羨ましいよ。
「フレア女王、あと二便で保護をしたエルグの民は送り返せる。リルザ王国での占領地でも奴隷解放は進めているから、彼らも同じようにそちらに送ろう」
小さな声で言うと、
「そうか。まだ、民が帰って来られるのか」
部屋に響く大きな声で言いながら、立ち上がる。
「陛下」
困ったように賢者が笑った。
「隆也王、如何でしょうか。休戦条件の最終擦り合わせはこちらで、貴国の政務官たちと行いましょう。フレア陛下を交えて奴隷解放のお話をさせては頂けませんか」
「王同士の話だ。先に政務官の調整をしなくてもいいのか」
「僕自身も隆也王には信頼を置いております。それに、僕の女王陛下は賢明な王ですから、心配などはありません」
賢明な王か。賢者と女王の絆はより強固なものになっているようだ。
「分かった。では、おれたちはもっと寛いだ場所での歓談にしようか。ダリア、おれの執務室に席を用意してくれ」
その言葉に、ダリアが一礼して立ち上がる。
ダリアも休み明けから様子が変わったんだよな。文句一つ言わずに、黙々と働きだした。いや、ダリアだけではない。他の政務官たちも同じだ。
やはり、休暇でリフレッシュすることは大事なのだな。これからは、出来るだけ休暇を組めるにしよう。
立ち上がるおれに、
「た、隆也王。その歓談にわっしたちも参加してもいいのだろうか」
声を張ったのは、義の印綬のジュラという少女だ。
「もちろん構わない」
「それでしたら、貴賓室では如何でしょうか。執務室では狭すぎます」
被せるように言ったのは、ダリアだ。
「改修も終わりましたし、歓迎晩餐会の会場の近くになります」
続ける言葉に、おれは足を進める。
「では、そうしよう。こちらの政務官とラルク王国の政務官も案内しろ」
貴賓室に改修とはいっても、控室の家具類を置き換えただけだ。創聖皇の用意された王宮に、人の手は加えられない。
そのために王宮の外に迎賓館を建てる計画はあるが、それも人手が回らずにいた。
「それで、隆也王。王都周辺にも多数の軍が見えたが、どれほどの軍勢を揃えたのだ」
部屋を出るや、ジュラが歩み寄ってくる。
「軍勢か。今のこの国では、十万を揃えるのが精一杯だ。それ以上に増やせば、破綻してしまう」
「十万。わっしらの国と同じ程度か。でも、それでは王都周辺に戻しすぎではないのかえ。未だ休戦は成立しておらんだろ」
「前線には三万の兵を残し、残りは各地で再編成と訓練をしている。どうせ、リルザにも兵はいない。すぐに侵攻されることもない」
今リルザ王国にいるは、王都守備隊と近衛騎士団の二万だとアベルからの報告もあった。順次傭兵も到着しているらしいが、それも一万程度だ。
「再編成に訓練かえ。だが、多大な戦果を挙げたと聞いた。今更訓練などせずともいいのではないのかえ」
あのセリからの報告を受けていたのだろう。あの者の観察眼ならば、隠す必要もない。
「あれは、奇襲という不意打ちだ。これからは通用しない」
廊下を抜けて階段を降りる。
「なるほどの、それでは次からの戦を見据えての士官学院とやらなのかえ」
「ジュラ殿、強い軍とは何だと思う」
声を掛けたのはラムザスだ。
「強い軍。それは鍛えられた衛士だろう」
「違うな、強い兵だけでは勝てない。天候地形、相手の勢いに陣形。それらを読んで作戦を考える参謀に一軍を指揮する大将、そして状況を把握して齟齬なく兵を動かす指揮官とそれに従う兵士。全てが揃わなくてはだめだ」
「それを、学院で教えるのか」
「そうだ。指揮官以上は学院を出なければならない」
二人の話す声を聴きながら階段を降りると、真直ぐに伸びる廊下へと足を向けた。
「では、そこで教えることは何なのだ」
ジュラの真剣な声をラムザスが笑い声で応える。
「それを教えることはできない。軍事機密だよ」
「軍事機密、どういうことだえ」
「戦のやり方だ。万が一にでもラルク王国との戦となれば、手の内がばれてしまう」
「ラルク王国とエリス王国との戦かえ、それはなかろう」
「ないとは思うが、常に最悪の事態は考えておくべきだろう」
おれは足を止めて扉を開けると、フレア女王を招き入れた。
「なるほどな。アムルの言った通り、怖い王だな」
フレアが呟きながら部屋に入る。
「怖いのは、その賢者だ。内乱鎮圧の詳細を見たが、あれは天才だな」
おれも部屋に入ると席へと進んだ。
「内乱の鎮圧、セリから聞いたのか」
「まさか、セリには言葉を濁されたさ。しかし、どこから得た情報かは答えられない」
ラルク王国にはアベルの手の者が入っている。
いや、ラルク王国だけでなく、ほぼ全ての国にアベルの手は伸びていた。亡命公貴の従者、傭兵、様々な仮面をつけて浸透していた。
「それよりも、今後のことについても話をしようか。ダリア、セリに連絡をしてくれ。会合を終えたアムル賢者の迎え、ここに来るようにと伝えてくれ」
おれの言葉に、フレアの顔が明るくなる。セリとは、女王になるから前からの付き合いだと言っていたな。この女王が、国土に根を張っている証だ。
この女王にアムル。あぁは言ったが、万が一でも敵にはしたくないものだ。
「この国に残っている解放奴隷は、二百人ほどだ」
おれは椅子に腰を下ろした。
「リルザ王国の占領地から解放した奴隷は八十人。すでにこちらで保護している」
「それは、ありがたい。礼を言う」
フレアたちも案内された席に腰を下ろす。
「構わない。こちらも食糧支援には礼を言わねばならない。それで、次の便で彼らを送るが、抑留しているエルグ種の罪人も送還したい。これ以上、罪人に食料を回すの厳しいのでな」
「もちろんだ。それは迷惑をかけている」
「それに伴い、食糧支援は打ち切ってもらって構わない。リルザ軍の糧食を接収したから、次の収穫までは凌げるようになった」
「次の収穫、しかし、荒れた農地に人手も足りないのではないのですか」
心配そうに口にしたのは、アメリアという仁の印綬の継承者だ。
「王都に来る時に見たと思うが、農地整備はリルザ王国の捕虜にさせている」
「では、その捕虜をそのまま農夫にするの」
「いや、彼らは一定の労務を果たせば、帰国させるさ」
そこまで言った時、再び扉が開かれ政務官たちが入ってきた。
おれたちだけならいいが、政務官が混じれば固い雰囲気になってしまうんだよな。
言葉を選ぶの画面臭い。
「隆也王」
小声で顔を向けてきたのはフレアだ。
「お互い王なんだ。隆也でいいよ」
「では、隆也。晩餐会と言ったが、あの堅苦しい食事会があるのか」
フレアの言葉に、アメリアが慌てたようにフレアを止めようとする。
確かに、一国の女王の言葉ではないよな。でも、それはおれも同じだ。
「仕方がないんだ、おれにも止められなかった。国家儀礼というやつらしい」
「そうか」
「晩餐会は軽く流そう。後からおれの執務室に集合でどうだ」
おれの言葉に、
「隆也王、政務官もいます。お言葉に気を付けてください」
窘めるようにサラが睨みつけてくる。
「何だ、サラは参加しないのか」
「な、なにを言われるのです。わたしも参加しますよ」
横を向きながら言う。サラも王宮に戻ってからは、やけに堅苦しくなってきた。
まったく、王宮というのは無駄な規律が多すぎないか。戦場の自由闊達なやり方にすれば、効率は上がるだろう。
「とにかく、解放したエルグの民の話を詰めようか」
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