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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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ルクスの抑制

 

「ネビラ様、鐘の音です」


 掛けられた声に、顔を上げた。

 遠くに、響く鐘の音が幾重にも聞こえる。


「もうそんな時間か」


 息を付いて周囲を見た。

 鍬を持つ仲間たちの姿と開墾された土地は夕日に赤く染められて見える。


「今日の作業は終了だ」


 畑の側に立つ衛士の言葉に、鍬を肩に掛けた。


「半分は進みましたね」


 傍らにソルが立つ。


「皆の働きのお陰だ」

「この隊には、領地の農民が多いですからね。慣れたものですよ」

「無理をさせてしまうな」

「皆は、ネビラ様に心服しています。遠慮なさらずに、ご指示ください」


 心服は言い過ぎだ。それに、遠慮するなと言っても、領主はあくまで父上。私はその家の息子の一人でしかでしかない。

 まぁ、私に気を使ってくれているのだろう。


「それで、明日はソルたちは学びだな。労務の五日間というのは早いものだ」

「そうですね。ですが、ここで学べるというのは驚きです。それも無償で本物の先師が来てくださるのですから、皆が喜んでいます」


 そうだな。

 知識は公貴が独占するもので、平民には読み書きは必要ない。リルザ王国でもそうしてきた。

 そして私自身、そこに何の疑問もなかった。


 農夫として畑を耕すことに、従者として付き従うことに、学問は必要ないと思っていたのだ。

 畑の奥に見える建物に足を進めながら、彼らを見る。

 しかし、彼らは変わった。学ぶことによって深く思考するようになった。


 命じられた作業をただするのではなく、何のためにするのかを考え、より効率的に連携して動くようになった。

 そして、学びによって理解をすることで、自信を持ったのだ。


「この国には、村にまで学院を作っているそうだな」

「はい。聞けば、羊飼いの牧童までも学んでいるそうです」

「こういう国を相手に、こういう民を相手に、私たちは戦っていたのだな」


 衛士の従僕までも読み書き計算が出来て、深く考えられる。

 なるほど、軍の進む退くまでも全員がその意味を理解する。そういう軍ならば、どれほどの強さを持っているか。


「ですが、虜囚である我々までも学ばせる意図は何なのでしょう」


 意図か。

 想像はつく。自ら考える力で、エリス王国とリルザ王国との違いを見ろというのだろう。盲目的に、王の言葉を官吏の言葉を信じるなということなのだろう。

 しかし。


「ここは、好意として受けとるしかあるまい」


 私は畑の横の道に目を移した。止まった荷馬車から降りてきたのは二つの人影。

 ローク殿とリプラム殿だ。


「監察官ですね。では、その鋤はお預かりしましょう。それに、隊はこのソルたちにお任せください」


 ソルが一歩引くように足を止める。


「そうか、頼む」


 私は肩に掛けた鋤を渡すと皆から逸れて、道へと向かった。


「ちょうど作業は終わったようだな」


 ロークの言葉に頷きながら、畑から出る。


「自分たちも終わりました。それでは、行きましょうか」


 リプラム殿が手を上げて荷馬車に乗った。


「はい。お供いたします」


 二人は私に対して、友人の様に接してくれている。そこに、勝者と敗者の溝はなかった。

 ローク殿と一緒に荷馬車に乗り込むと、すぐに馬車が動き出す。

 向かうのは高台にある管理棟だ。


「だいぶ、作業は進んだようだな」


 ロークが畑に目を移した。

 彼らはここを畑とは呼ばない。この畑は農業研究試験場というものらしい。広い国土でその地にあった作物の研究とより生産性の高い品種改良を行う機関らしいが、正直、私には理解出来ていない。


「皆が頑張ってくれています。作業にも慣れましたので、あと一月もあれば終わるかと思います」

「では、自分たちと同じだな。士官学院もあと一月で卒業だ」


 彼らの自身のことを言う「自分」という言葉にも慣れた。エリス王国士官学院の修士は、自身のことをそう呼ぶらしい。


「卒業をすれば、どこに行くのかは聞かないのだな」

「それは、未定でしょうし、機密事項にもなるでしょう」

「いえ、機密ではありません。ロークも自分も東部戦線、カルディナ関に異動です」

「カルディナ関。では、最前線ではないのですか。エリス王国の勢いならば、中西守護領地までは進出しているでしょう」

「そうか。それこそ機密だったな。だが、ネビラたち主要なメンバーには知らせてもいいと解除令が出た」


 機密の解除令。どういうことなのだろう。


「ラルク王国から休戦の仲介が来た。今頃は王宮で休戦条件の調整中だ」

「休戦。終戦ではなく、休戦というのはどういうものなのです」

「言葉通りですよ。戦を止めるには停戦、休戦、終戦とあります。停戦は一時的で限定的に戦を止めることになります。休戦は終戦の交渉を前提にして恒常的かつ全体的な戦の停止を意味します」


 リプラム殿が当然のように答える。

 これらの知識も士官学院で学んだのだろう。彼らは、特にリプラム殿は日に日に自信が溢れてくるように見えた。


「なるほど、これは勉強になりました。では、終戦も間近なのですね」

「そう、思うか」


 私はそれには答えず、空を見上げるしかなかった。

 リルザ王国を見る限り、このまま終戦するとは思えない。王も公貴も政務官に至るまでエリス王国を格下に見てきたのだ。

 疲弊し尽くした同種の隣国を蔑んできた。それが、国土を侵食されたままの休戦などありえない。それは、敗戦と同義になる。王たちが認めるわけなどなかった。

 すぐに馬車は止まり、私は質問から逃げるように先に荷馬車を降りる。


「先に皆で風呂に入ろうか。自分たちも教練で汗をかいているからな」

「そうですね」


 二人の声に引かれるように、建物へと足を進めた。

 ここからは、仲間たちのいる捕虜収容所が見下ろせる。私は土曜と日曜にここに来て、彼らと過ごすことになっていた。

 石造りの建物は大半が食堂と調理室が占め、二階には居室が並んでいる。

 今は私たち捕虜の食事を作る施設だが、やがて周辺に試験室の建物が建った後は、研究員たちの食堂になるそうだ。


「ところで、ネビル」


 先に進むロークが振り返った。


「リプラムのルクスの変化に気が付いたか」


 リプラム殿のルクス。

 自信に溢れているように見えたが、その自信は威圧をも含んだものなのだろうか。


「この前にな、リプラムに威圧を感じたのでルクスを量ってみた。するとな、以前とは比べ物にならないくらいに増大していたんだ」

「ルクスが、増えたのですか」

「そこで、分かったんだ。リプラムはどこか自分を卑下するように見えていたが、士官学院での学びの中で自信を持ち、自身を過少に評価することはなくなったんだと思う。なにせ、士官学院では成績がトップだからな」


 その言葉に、リプラムが困ったように笑う。


「では、自身を過小評価することでルクスを抑制していたというのですか」

「さすが、話が早いな。それを見て思ったんだ。ネビラ、おまえもどこか一歩引くように自身を小さく見ているようだ。それはルクスを抑制しているのではないのかとな。同時に、自分にもそれが当てはまるのではないかと考えた」


 自分を過小評価する。でも、私はそんなつもりはないはずだ。


「それだけじゃないよ。自分は瞑想も効果があったと思う」


 瞑想。瞑想とは何だろう。


「そこでだ。今日は互いの長所を教え合おうとリプラムとも話したんだ。それに、瞑想の仕方も教えてやろう。王の言われたこの三人は話した方がいいと言ったのは、このことじゃないかと思うんだ」


 ルクスは生まれつき固定されたものではないのか。

 それに、自分のルクスを上げる。敵になる私のルクスを増大させるというのか。殺す気で斬りかかった私のために、そんなことをするのか。

 だめだ。理解ができない。


「まぁ、風呂に入って話そうか」


 ロークが笑みを見せながら、脱衣室の扉を開いた。

 棚の並ぶ脱衣室は、差し込む夕陽に橙色に染まっている。


「そうですね」


 私は脱衣室の窓から見える紅の空に、目を向けた。


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