ダリアの休日 愚かな娘
「警備の方かしら」
お母様が、立ち上がり玄関を開ける。
表に立っていたのは、イアザだ。
同じベルド上級学院に通い、隆也王からの召還を受けた同い年の女性。
召還を受けた私と、怪しんで断ったイアザ。
わたしも立ち上がると、パンの粉を落としながら足を進めた。
「ダ、ダリア。私のことを覚えている」
「勿論よ」
「あなたが帰ってくると町でも評判になっていて、会えるかなと思って来たの」
上級学院の時には、自信に満ちて取り巻き立に囲まれていたはずのイアザが、今はどこか怯えたように見える。
いや、違う。
あの時の私は、羨望の目で華やかなイアザたちを見るしかなかった。
確固たる自分自身というものがなく、劣等感に周囲を見上げるしかなかったのだ。
でも、今の私は違う。この国の改革を行っているという自負を持っている。ここまで進めてきたという自信を持っている。
劣等感は払拭され、物の見方も変わったのだ。
「実は、私も以前にサラ様からの使者という人が来たの。でも、はっきりと言わないから、断ったのよ」
「うん。聞いたわ」
「でも、ダリアが王宮の上級政務官になっと聞いて、あれが本当の使者だったと分かったの」
どうしたの。何を言いたいのだろう。
「あの、私にももう一度、機会が与えられないのかダリアにお願いをしたくて、ここに来たのよ」
あぁ、口添えね。
「ごめん。今の国体では、口添えやコネは何の意味も持たないの。政務官になるのなら、試験を受けなさいって勅令が出ているの」
「でも、そうすると二種政務官からでしょ。私もあの時に召還に応じれば、上級政務官になれていたのでしょ」
そうか、そういう風に思ったのか。あの時が、どれほどに大変だったのか知らないのだ。
寝る時間を極限まで削り、初めて見る資料を頭に叩き込んで実務をこなしていく。
国体を一新するということは、旧勢力を敵に回すということで、本当に命の危険さえも感じながら覚悟を決めることだった。
「私たちは通常で十年はかかる学びと実務を数か月に押し込んで、命を削るように戦ってきたの。その結果として上級政務官を任じられたのよ」
「でも、国はまだまだ不安定よ。廃止された公貴の不満も燻っているし、リルザ王国との戦も続いているのでしょ。お金も変わって混乱しているわ」
そうだ。まだ、民はこの国がどこに向かって、どこまで進んでいるのかまで分からず、不安が残っているのだ。
「公貴の反乱はすぐに鎮圧されて、リルザ王国もこの国から追い出したわ。通貨の発行権も国にあって、経済も計画的に進められるの」
「リルザ王国を追い出したの。経済って言うのは何」
これが、現状だ。
国体が変わっても、民の意識はまだ固定されたままなのだ。
「今の王は、凄い王様なの。国の現状をすべて開示する準備をしているのよ」
「現状の開示って、説明会でもする気なの。平民には、難しすぎるわ」
「この国には、もうすぐ新聞というものが出来るわ。紙に印刷された今の状況が、各家庭に配られるのよ。学院も平民に解放されて文字が読めるようになるから、それで国を知ることが出来るの」
わたしの言葉に、イアザが驚いたように言葉をなくす。
「新聞の為の新たな印刷技術も固まっているし、各州には王立新聞協会も出来たの。全ての国民は王の元では平等で、知る権利も与えられるの」
「知る権利。物事を知るのは権利なの」
「そうよ。全ての国民には幸せに生きる権利があり、思うことを言う権利があり、知る権利がある。布告される中には、仕事も自由に選ぶ権利があるのよ」
「な、何よ。それ」
「伴う義務は三つだけ。学院で学ぶ義務。働ける人は働く義務。税を納める義務」
「そんなことが出来るの」
上級学院で学んだ彼女でさえ、言葉の意味を半分も理解できていないだろう。
それだけ、国体は一新されてとんでもない世界が生まれつつあるのだ。
「私たちが夢想もしなかった社会が、出来るの。創聖皇の用意された王がこの国に立って、これから世界中で理想とされる国に生まれ変わっているの」
そうよ。
この国には、隆也王がいるの。この国には、王に鍛えられた私たち政務官がいるの。
「隆也王は、本当に凄い王様なの。私たちの常識をひっくり返して、新たなものを作り出す偉い王様なの。召喚された今の政務官は、それを一つ一つ手で積み上げてきたから認められただけなのよ」
そう、本当に偉い王様なのだ。
十年、いや百年はかかる改革を半年も掛からずに成し遂げたのだ。四倍の敵に攻め込まれても、それを改革をしながら潰してしまう凄い王様なのだ。
「でも、私も必要されていたのよ」
「その時は、そうだったのよ。国体を一新するために、隆也王は人材を求めたの。召喚した者は百十八名、応じたのは九十一名。そして、その九十一名は先ほどの試練を乗り越えたの。そして、今は試練はなくなったわ」
そうよ。私たちは試練に打ち勝った。
凄い王様が指し示された道を切り拓いた。
私は、どれほど凄い王に巡り合えたのだろう。どれほど貴重な時代に、生きているのだろう。
そうだ。
私は、私たちは、この国は、偉大な王の元で生まれ変わったのだ。
「イアザ。あなたにもこの数か月で、私の言っていた意味が分かるわ。この国がどれほど偉大な国に生まれ変わっているのか。だから、自信をもって足元を固めてしっかりと歩んでいきなさい」
大きく息を付いて、イアザの目を見る。
「正しい道を真っ直ぐに進むの。これからの国の道は大きな一本の通りしかなく、抜け道も近道も存在しないわ」
私に言えるのは、これだけしかない。
あとは、イアザが自分で考え行動するしかない。
私は扉を閉めると、お母様の元に戻った。
お母様が笑顔を向けてくる。
そうよ。私の王は凄いのよ。
「ダリア、良かったわね」
「ありがとう。明日には引っ越しだから、今日はゆっくりしよう」
「そうだね。お仕事はいつからなの」
「特別休暇が、七日間。それに、引っ越しだからって王様が三日間の休みをくれたの」
「十日間も、ゆっくり休めるのね」
「今まで、休みらしい休みがなかったから」
本当に、休みなどなかった。朝から夕方まで、しっかり働かされたわ。
そうだ。どうして今まで気が付かなっかたのだろう。
隆也王は休みなどなかった。私が仕事を終える時もまだ書類の整理をしていた。
それはそうだ。これだけの国体の改革に戦、全ての先を読んで計画を練っていたのだ。私たち政務官は命を削ってと思っていたが、それ以上に王は働いていたのだ。
そして、一段落を付いた後、王は魂が抜けたようにベッドから出なくなった。
私はそれを怠惰と感じ、サラ様に王を起こすように頼んでしまった。
でも、それは王が心を削った証だったのだ。私は、早く王宮に戻って休みが欲しかった。その我儘を優先させたのだ。
王の専任の秘書官である私が、王よりも自分を優先してしまった。
その思いに至った時、私は深く息を付くしかなかった。
そんな私に、王は何を言うこともなく三日間の休みまでくれた。
「お母様、私は本当に幸せな娘よ。あれほど偉大な王様に仕えさせて頂ける幸運な娘なの」
そして、娘は愚かなのよ。
「王都に帰ってからは、あまり休みはないわ。精一杯、王のために尽くさないといけないから」
私は自然と自分が笑顔になるのを感じた。
感謝と喜びが心に溢れてくる。愚かな娘は、やっと気がつけたのだ。
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