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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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ダリアの休日 王への不満


 王都の街道や通りは拡張と石畳の補修が終わり、見違えるようにすっきりしていた。

 でも、王都の北の外れへと進む道はまだ狭く、石畳も敷かれてはいない。

 私は窓の外に目を向けた。


 目に飛び込んできたのは小高い丘だ。

 その麓に、小さな家が見える。懐かしさに、涙が溢れてきた。

 あの家に隆也王からの使いが来たのは、もう半年以上も前だ。


 そのプラドという使いの者と一緒に家を出て、帰ることも出来なかった。本当に、怒涛の半年間だった。


「ダリア様、もう間もなく到着です」


 御者台から掛けられる声に、

「見えてるわ」

大声で応える。


 やっと、お母様にも会える。

 あの日。

 今すぐに同行をと言われ、着の身着のままで家を出たのだ。お母様に別れの挨拶も出来なかった。


 頂いた棒給から、最初の二月は高い運搬費を払って仕送りをしたが、全国に銀行というのが出来てお母様の口座も用意して貰った。今では仕送りも簡単に出来てはいる。

 それでも、書いた手紙は一本だけで、それ以外は何も連絡出来なかった。

 心配もしているだろうし、不安だっただろう。


 馬車はゆっくりと減速して家の敷地へと入って行く。

 私は涙を拭い、笑顔の練習をすると傍らの大きな袋を取った。

 馬車が停まると同時に、私はドアを開ける。


 地面のぬかるみが靴とスカートを泥で汚すが、関係なかった。

 玄関に駆け寄りドアを叩くと、待つほどもなく開かれる。

 出て来たのは、お母様だ。


 驚くと思ったが、満面の笑顔で私を抱きしめる。


「びっくりしていないの」

「何を言っているの。昨日、あなたの護衛の方が、見えられたのよ。王様付きの秘書室長の御帰還に合わせて、周囲の警備をさせて下さいってね」


 護衛、秘書室長、警備。何よ、どういうことなの。


「ダリア様。ここは、重要巡回警備地区に指定されております」


 家の影から青い警務服を身に纏った男が出てきた。


「警備地区なの」

「はい。上級政務官で、王付きの秘書官ならば当然の警備体制になります。それでは、私共は家を離れて周囲警備に当たりますので、ごゆっくりされて下さい」


 警務官が礼を示すとゆっくりと離れていく。


「ダリア、あなた偉くなったのね。さぁ、お家に入りなさい」


 お母様が手を引っ張る。

 布の破れた椅子に、他向いたテーブル。中は家を出た時のままだ。


「お母様、仕送りは届かなかったの」

「何を言っているの。頂きましたよ」


 私は引っ張られるまま、その椅子に腰を落とす。


「だったら、使っているの」

「あんな大金だよ、不安になるじゃない。手を付けずに置いてあるわ」


 不安って、何か悪いことをして貰ったお金だと思っていたのだろうか。


「それよりもお腹が空いているでしょう、食事を用意したわよ」


 言いながら、準備したのでろう食事が傾いたテーブルに乗せられる。

 豆とイモの煮物には、わずかばかりの肉も見えた。


「凄いわよね。王様が立ってから待つほどもなく食料が支給されたのよ。仕事が出来ない私にもよ。働きたくても働けない人には、無償で支給されるのですって」


 そう、老齢支給という食糧支援だ。

 本来ならば、お金を支給するのだそうだけど今は国の財政に余裕がないから、食料で我慢をして貰うと隆也王が言っていた。


「そう、良かった。でも、足りているの」

「十分よ。以前よりも楽になったわ」


 その言葉を聞きながら、煮豆を口に運ぶ。

 あぁ、懐かしい味だ。


「どう、美味しい」

「うん、美味しい」


 言いながら、私は持って来た袋を引き寄せた。


「そうだ。お母様に、お土産を買ってきたの」


 袋から出したのは、真っ白なパンだ。


「王宮の近くのパン屋さんで買ってきたの。懐かしいでしょ、ライ麦ではなくて小麦粉で作られたパンになるの」

「本当に、昔みたいだね。でも、高かったでしょ」

「そうね。だけど、もうすぐ国中で食べられるようになるわ。国の全ての場所にパン屋さんが出来るようになるのよ。いえ、パン屋さんだけではないわ。色々なお店が出来るのよ」


 その言葉に、お母様は驚いたようだ。


「商業ギルドからはそっぽを向かれたと聞いたわよ」

「逆よ。エリス王国が、商業ギルドを排除したの。商売は自由にやらせるべきだって」

「自由にかい。それは凄いね」


 お母様が言いながら、カップにお茶を入れてくれる。


「でもね。そんな凄い王様でも、私は不安なこともあるんだよ」

「なに、どうしたの」

「公貴が廃止されただろう。この家も土地も公貴として与えられたから、返さないといけないはずなのよ。ベルトさんもイスラさんも屋敷を返して引っ越すというじゃない。でも、家にはその案内がまだ来ないんだよ」


 そうか。お母様はそれを心配していたのか。


「ごめん。先に言うのを忘れていたわ。私には官舎が与えられるの。お母様もそこに移るのよ」

「官舎、王都の中心街の方にかね」

「王宮の側に、新たに家が建てられたのよ。そこに、一種の政務官は移るんだって言われたわ」

「王宮の側かね、そんな所に家を建ててくれたのかね」

「そうよ。だから、引っ越しの人と荷馬車が明日には来るようになるわ」

「本当に、驚いたわね。凄い王様なんだね」


 凄い王様ね。


「大変な王様よ」


 溜息と同時に声が漏れる。


「メリハリがはっきりとしていると言うか、仕事をする時と休む時がはっきりしていると言うか」

 

 本来ならば、三日は早く家に帰られたはずなのだ。

 軍の展開が終わり、戦が膠着をしたから王宮に帰るはずだったのだ。

 でも、キルア関を出る日に、隆也王が休みに切り替わってしまったのだ。

 ベッドから起きなくなり、だらだらと過ごすのだ。初めて見る隆也王の姿に最初は戸惑ったが、終いには腹が立った。


「大体、おかしいとは思ったのよ。ある程度は細かな指示を担当政務官にするけど、後は丸投げなのよ。自分たちで考え、対処しろって」


 イモの煮物を口に運ぶ。


「今までどこの国でもしたことのない施策なのよ。もっと細かく見て上げないと政務官も右往左往するばかりよ。その陳情と文句がすべて私に来るんだから」


 そうよ。私がどれほど苦労しているのか。

 いくら、国体の一新と戦が一段落ついたと言っても、もう少し頑張って貰わないと困るのよね。


「苦労しているの」


 お母様が楽しそうな笑みを見せた。


「苦労しかないわよ。だいたい、何かあれば印綬の継承者たちでお酒を飲むのよ。準備も片付けも大変なのよ」


 酒樽を抱えて政務官の並ぶ執務室を抜けていくのだ。私は何をしているのだろうと思うわよ。


「まぁ、大変。では、ダリアは給仕をしながらそれを横で見ているの」


 えっ。


「いや、私たちも一緒には飲むけど」

「それは、大変」


 な、何よ。私だって忙しいのよ。頑張っているのよ。少しくらいいいじゃない。


「でも、林檎酒も変わったって評判よね」

「それは、エルフのレイムさんがお酒に規制を掛けたのよ。何を飲んでいるのか分からないって」


 レイムさんだってそうよ。エルフってもっと神聖なものじゃないの。

 どう見たって、煩悩と欲の塊じゃないのよ。


「でも、国は大きく変わったわよ。ダリアはその中心にいて、楽しくはないの」


 た、楽しいわよ。

 それに、隆也王が凄く頑張ったのも分かるわよ。一番近くにいた私だからこそ、分かるわよ。

 国体を解体して、作り直して、同時に戦をして、リルザ王国の巨大な軍勢を殲滅したのよ。私だって信じられないわよ。


 大きく息を付いた時、扉がノックされた。



読んで頂きありがとうございます。

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