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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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心の疲弊

 

「サラもだいぶ疲れているようだな」


 アレクの言葉に、わたしは自分の頬に手を置いた。

 本当に疲れが取れずに、肌も荒れていると感じていたのだ。


「そ、そう」

「まぁ、皆が寝る間もなかったからな」

「その割に、アレクは元気そうよね」

「逆侵攻が成功した時点で、オレたちの仕事は終わったようなものだ。分断され包囲された敵は次々に降伏してきた。オレたちは彼らを分類して、労務地区に移送しただけだよ」

「羨ましい限りね」


 わたしは息を付くと、カップのお茶に手を伸ばす。

 それを待っていたように扉がノックされ、返事を待たずに開かれた。

 入って来たのは、カザムに案内されたレイムだ。


「だらけておるのう」


 レイムが机の上に飛んでくる。


「仕方がないわ。移動と戦、その間にあるのは会議なのよ」

「だが、戦の方はひとまず収まったのだろ」

「膠着らしいな。こちらは物資がなく、向こうは兵がいない」


 アレクが扉の前に立つカザムに椅子を進めた。

 こういう気遣いが出来るんだよな、アレクは。わたしはまだまだだ。


「お前たちが戻って来そうにないからな、迎えに来た」

「隆也が動かないから、仕方がないわよ」

「隆也のせいにしているだけではないのか。サラもゆっくりしているように見えるが」


 な、なによ。ゆっくりしたっていいじゃない。

 ここから王都までの移動など、考えるだけでうんざりして来る。真獣での移動は、早いけれど疲れるのよね。


「リルザから収奪した食料の輸送に、軍の再編成と訓練のための移動を優先させているのだと思うわ」

「街道の拡張も進み、その街道にも資材集積用の広場が細かく造られておるぞ」


 だめだ、レイムには口先だけの逃げは通用しない。

 わたしは、カザムに目を移す。


「畏れながら」


 わたしの意を察してくれたのか、カザムが口を開いた。


「主上は、慣れぬ戦と改革に心身ともに疲れ切っておられます。この世界に来てから、ずっと駆け続けてきたのですから、しばしの休息は必要かと存じます」


 いいわよ。さすがカザムね。


「そうよ。隆也は確かに頑張って来た。わたしたちは、隆也を気遣っているの」

「それでは、サラ達はまだ王宮に戻らないのか。シルフは軍の再編成に王宮へと急いでおるぞ。帰られぬなら、遠隔書式で改革を進めないのか」

「細かな指示は遠隔書式では難しいわ。詳細な打ち合わせも必要だから、王宮に戻ってからになる」

「そうなのか。カザム、おまえの主も同じ考えか」


 レイムの問いに、

「主上はすでに指示を与えているそうです。後は、印綬の方々と政務官で進められると申しておりました。第一、前線に詰められるアレク殿は、遠隔書式で指示なされるのでしょう」

カザムが即答した。


 しまった。カザムは隆也にのみ忠誠を誓っているのだ。

 レイムの顔に笑みが浮かび、カザムが横を向く。

 何と言おうか。考えた時、扉がノックされた。

 わずかに時間を置いて開いたのは、ダリアだ。


「打合せの中、恐れ入ります。サラ様に隆也王を起こして頂きたく、お願いに上がりました」


 何、隆也を起こせというの。だいたい、わたしがここまで疲れ切ったのは、誰のせいだというのよ。

 いや、待って。これから、遠隔書式での政務官との会議や、わたしだけ疲れた身体で王宮にまで帰る必要もない。


「わたしにそれを頼むというのは、どういうこと」

「はい。王宮への帰還が予定よりも三日も遅れております。これ以上に遅れては、様々に支障をきたします。王もサラ様の進言ならば、お聞き届けになると思いますので、お願い申し上げています」


 支障ね。

 知っているわよ。王宮に帰り次第、随行した政務官たちには七日間もの特別休暇が出るのでしょう。

 わたし達にはない休暇が出るのよね。

 でも、いいわ。ここで、恩を売っておくのも悪くはない。こうなれば、隆也も一緒に動いて貰うわよ。


「分かったわ。あなたたちの為に、話してあげるわよ」


 わたしはレイムの視線から逃れるように、立ち上がった。

 隆也の部屋は、このすぐ隣の執務室の奥にある。

 軍務司士たちが立ち働いていたはずの執務室には数人がいるだけで、その奥の政務官たちの執務室も片付けられている。


 さっさと帰りたいのが、丸わかりだ。

 それを横目に、わたしは扉をそのまま開いた。

 隆也は。


 隆也はベッドの上でシーツに包まったまま座り込んでいる。

 本当に、疲れた顔をしているな。


「起きてはいるのだな」

「サラか」


 サラか、じゃないだろ。


「ダリアたちが、心配しているぞ」

「そうか」


 力のない返事だ。これは疲れだけではないようだ。


「どうした」


 わたしは傍らの椅子を寄せ、腰を落とす。


「おれは、殺し過ぎたようだ」


 呟くような声は耳を打った。

 そうか、隆也は人を殺すことのない世界から来たのだった。


「ウラル関でも敵の本陣は潰した。敵兵は放っておいても瓦解し、四散する。しかし、あえておれは、その五万に近い敵を殺すしかなかった」


 その声は重い。

 そう。隆也はこの戦で十万を越える人を殺している。


「だけど、あそこで五万の敵を殺さなければ、リルザに衝撃を与えられないし、その後の敵の足止めも出来なかったわ。あれは、必要な殲滅のはずよ」

「いや。もしかすれば、他に方法があったかもしれない」


 覚悟をしたとはいえ、殺さずともよい敵までも殺したと隆也は思っているのだ。


「方法など、ない」


 わたしは大きく息を付いた。

 何よ。ただ疲れてサボっているわけじゃないじゃない。張り詰めていたものが解けて、心に積み重なっていたもが溢れ出した。

 隆也は、心が疲弊しているのだ。


 そして、隆也のこの姿を見るのは、二度目だ。

 王になる前。

 ルクスが覚醒してラミエルを倒した後。友人を目の前で亡くすことが、ルクス覚醒の鍵になっていたことに気が付き、心が壊れそうになっていた。

 わたしは、その心を癒す術は持っていない。


「でも、ここで塞いでも仕方がないでしょ」


 その肩に手を当てた。


「そうか、そうだな」

「ゆっくりできる馬車を用意しよう。わたしたちも一緒に帰ろう」

「帰るか」

「そうよ、王宮に帰ろう。そして、埋葬感謝塔の話をしよう」

「埋葬感謝塔」

「なんだ、忘れたのか。隆也がルクスの開放をして、王宮に帰る途中でわたしに言ったじゃないか。街道で行き倒れた者の埋葬を考えろと」

「そうだな。そんな話をしたな」

「遺体を一か所にまとめて埋葬して、感謝の塔を造る。今度の戦の敵にも同じようなものを造るのはどうだ」

「慰霊碑みたいなものか」


 隆也は顔を伏せたままだ。


「慰霊碑が何かは知らない。でも、魂は生まれ変わってもそこに生きていたという証になるだろう」

「そうだな」


 顔を上げることもなく、そうだな、そうだな。なんだ、その態度は。ぐずぐずして。


「隆也。今、レイムが何をしているか知っているか」


 わたしは、隆也の肩に置いた手に力を込めた。


 その顔を引き起こし、

「坂本と藤沢、二人の生まれ変わりを探しているぞ。レイムは二人にルクスを与えたから、その痕跡を探しているそうだ」

目を見据える。


「坂本と藤沢」

「隆也は、二人の前でもそんな態度を取れるのか」


 途端に、隆也の目に力が灯った。意志の力だ。


「わたしは準備をする。隆也も用意をして広場に来るといい」


 言葉を残して立ち上がった。

 これで、大丈夫だ。

 隆也は、再び立ち上がる。あの目が、それをわたしに教えていた。


「王の出立である。王旗を掲げよ」


 扉を開けたわたしは、大きく声を張った。


読んで頂きありがとうございます。

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