助言者
謀ったわね。
ブランカの声を聞きながら、アメリアは小さく息を漏らした。
確かに、エリス王国の国体を観察させて貰いたいと言っても、向こうも簡単には許可はしてくれないだろう。
それに見合うものがあるとすれば、ルクス学だ。
「すでにラルク王国は、エリス王国からの留学修士を受け入れておる。修士は優秀で、ルクス学の大部分は漏れてしまうはずじゃ」
「その前に、価値のあるうちに、交渉のカードにするのか」
ブランカの言葉に、ガイアスが腕を組んだままに頷いた。
そうよ、その通りよ。
エリス王国への仲介だ。フレア女王も訪問しなくてはならない。もちろん助言者としての賢者も同行だ。
外務の責は信の印綬が担うから、ガイアスも同行になる。
戦雲が迫っているとすれば、軍務の責を担うジュラも同行だ。
印綬の継承者全員が国を離れるわけにはいかないのだから、私とブランカのどちらかが、残らなくてはならない。
昨日の会議の後で、いつものメンバーで食事会を開いたが、ブランカには用事があると断られた。
断ったのは、使節団に参加するために知恵を絞るためだったのね。
ルクス学をカードにするのならば、居残りは私しかないではないか。
私だって、エリス王国に行きたい。
英雄王とも創聖皇が用意し、異世界に隠したとも聞く、隆也王を見てみたい。
隆也王と同じ仁の印綬の継承者として、私も行くべきだ。という薄い根拠を熱弁する気もなくなったわ。
今度は大きく息を付いて、定例会の部屋を見渡した。
居並ぶ政務官たちは、真剣な顔でメモを取っている。これが記録され、正式な勅令となって発布されるのだ。
そうなれば、決定事項となって覆ることはない。
ブランカめ。
そのブランカに目を移す。
ブランカも私に目を向け、小さな笑みを見せた。
腹は立つが、私には切るカードすらない。
「それでは、同行する政務官たちだな」
ガイアスの言葉に、
「しばらく、待ちなさい。話しは続く」
ブランカが手を上げた。
「ことは、急ぐ。エリス王国も商業ギルドも、今は早めの休戦を望んでおるはず。そして、恩を売るには時間だ。四日後に帰ってくる女王陛下の座上艦をそのまま出せば、こちらの誠意と侮りがたい知恵を見せられ、恩をも売れる」
「それは駄目だ」
呆れたようにガイアスが首を振る。
「商業ギルドとの再会合は九日後。それまでは動けない。正式に仲介の依頼さえも来ていないんだ」
「いや、商業ギルドとの会合は、ガイアス殿と政務官たちで出来よう。エリス王国とは以前の訪問でパイプは出来ておるらしいから、わしら使節団が一足早く立っても問題あるまい」
「他国の訪問に、信の印綬が同行しないのか。それでは、ここに俺とアメリアが残るのか」
「エリス王国の礼の印綬の継承者、サラ殿は隆也王と懇意だと女王陛下よりお聞きしたことがある。万一の口添えの為にも、アメリアの同行が良いと思うが」
私、私なの、ブランカ。
「サラ殿とアメリアならば、同じ女性で歳も近く、心も開きやすいと思う。ジュラには荷が重すぎるやもしれん」
「そうじゃな。わっしは軍制とやらに集中したいしな」
ジュラも当然のように頷く。
ジュラ、あんたも良い子よね。
「では、俺だけ置いておくのかよ。重商連合との交渉がうまくいくとは限らねぇし、こっちの独断で動けない条件を出されるかもしれないじゃないか」
「アムル、どうだ」
ガイアスの言葉に、フレア女王の澄んだ声が響いた。
「はい。こちらの条件は決まっております。後は、商業ギルドが呑むか、吞まないかだけです。草案は既に出来ておりますので、正式に発効したものにサインをするだけです。また、相手が条件を付けるようであれば、ガイアス殿は席を立つだけでよろしいかと考えます」
「そうか。では、仲介の依頼がなければどうする」
「ここから外北の港までは、どんなに急いでも四日は掛かりましょう。その一報が届くのは、出港前後になりましょうから、問題はありません」
よし。
心の中で、拳を握り締める。
「ちょっと待ってくれよ、俺だけ居残りかよ」
ガイアスの力ない声が天井に当たった。
「それでは、ブランカの案を採用する。同行する印綬の継承者は、随伴の政務官を十人選び、直ちに準備に掛かれ。ブランカは派遣するルクス学の先師も合わせて選任し、準備させよ。アムル、他にあるか」
「はい。ぼくたちが不在の間、王宮との連絡網を構築します。保管してある遠隔書式を出して、それぞれに配布して下さい。配布先と本数は、こちらに記載しています」
賢者が言いながら、書類を選んで机に置く。
賢者は誰が使節団に選ばれてもいいように、全員分の資料を作成していたのだ。
いや、違う。
その時になって、初めて気が付いた。
賢者は昨日の女王との会議の時に、女王は出席せずともよいと言った。朝議の間で、重商連合のマスターを臣下が詰問すると言ったのだ。
それは、最初から先に女王たちがエリス王国へ向かうことを計画していたのだ。そして、詰問する臣下と言えば、賢者と一緒にマスターと会合したガイアスしかいない。
その全てを計画した上で、口にはせずに全員分の資料を用意した。私たちの誰一人、その考えに至らなくても対応出来るようにしていた。
そう、それは必須ではないから。賢者ならば、どのようにでも調整が出来るから。
そして、私たちの成長を促せるから。
やはり、賢者は助言者としての立場を守っているのだ。
「それでは、今日の定例会はこれにて終了いたします」
マデリの声に、私は重い腰を上げる。
その横でブランカが苦い顔を向けてきた。
「アメリアも気が付いたようだな」
「では、ブランカも最初は気が付かなかったの」
全員が出て行く中、ブランカが壁に背を預ける。
「あれはないよ、ブランカ」
駆け寄って来たのは、ガイアスだ。
「では、ガイアスは気が付かなかったのか」
「なに、どういうことだよ」
「わっしは最後になって気が付いた」
歩み寄るジュラの声も重い。
「わしは、アメリアが同行すればいいと言った時に気が付いた。それまでは、気が付かなかった」
「なに、何の話しだ」
「賢者の手の上で踊っていたという話じゃ。わしは昨日、毎月恒例にしているダイムたち賢者との食事会に行ってきた。その時に話題に上げたのは、使節団に同行したいということじゃ。ダイムに、ルクス学を餌にしろと言われて今日の提案に至った」
やはり、裏で動いていたのね。でも、いいわ。私を推挙してくれた以上、感謝しかない。
「でも、それが賢者の当初の計画じゃったな」
ジュラが溜息と一緒に言う。
「賢者は、最初からそのつもりだった。私は賢者が資料を出している時に、マスターへの詰問は臣下で十分という言葉を思い出したわ」
その私の言葉に、ガイアの息を呑む音が聞こえた。
「その考えに辿り着かなくても、賢者はどうにかしたのだろうよ。同行する者が変わろうとな」
ブランカの声を聞きながら、私は窓の外に目を移す。
「あくまでも、助言者か。それなら、俺も納得するしかないや」
窓に、椅子に腰を落とすガイアスが映った。
「送別会をしてやるよ。いや、壮行会って言うのかな。後で、問い詰めも兼ねて、賢者の部屋に集合しないか」
賢者への詰問か。
準備に忙しいだろうけど、それを邪魔するのも悪くないわね。
樹々の間を優雅に飛ぶ鳥を見ながら、
「では、さっさと私たちは準備して集合ね。出発は明日の朝だろうから、夕方には皆も準備を終わらせてよね。フレア女王には、私から伝えておくわ」
ゆっくりと心が晴れていくのを感じた。
そう、この国には助言者がいる。私たちは、自分自身が正しいと思うことを自由にしていいのだ。
何かあれば、賢者という助言者が修正してくれるのだから。
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