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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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セラの行方

 

「心配しなくても、ここに来ているのは天外の者ではない」


 少年は高台の上の山を見上げた。

 少年のルクスは弱いが汚れなく輝いている。敵意も感じられない。しかし、なぜ気配を感じられなかったのだろうか。

 まるで、ルクスを消していたかのようだ。


「それでは、どなたなのでしょうか」


 周囲を警戒しながら、目を向けた。


「礼の印綬、サラだよ。ルクスで風を使うから、すぐにここに来る」


 礼の印綬の継承者、サラ。王でなくてもあのルクスなのか。

 少年は手すりから飛び降りると、無造作に足を進めてきた。


「おまえ、アムルと同じ感じがするな」


 横でフレアが呟くように言う。

 では、この少年は。

 思った時、階段を駆け上がってくる人影が見えた。

 第五種正装を身に纏った女性だ。


「少しお待ちください」


 その女性は、息を切らして手すりにしがみつく。

 いや、その後ろからもう一人、追いかけるように登ってきたのは、マデリだ。

 彼女も息を切らし、その場に腰を落とした。


 使節を迎えに行ったマデリまでもが駆け上がってくる。そして、ここに向かっているのは、礼の印綬のサラだという。

 僕と同じ感じのする少年。


「失礼ですが――」


 礼を示そうとする僕に、少年は目の前に腰を下ろした。


「いいだろ、そんなことは。それより、少し話をしたくてな」


 少年は僕にも座るように場所を開ける。

 この方は、王だ。エリス王国の隆也王だ。

 その方が、地面に直に腰を下ろして話したいと言う。


「どんなことでしょうか」


 僕も地面に腰を落とした。

 これは、公式な会談でも、国同士の話でもない。ただの雑談として呼んでいるのだ。礼は必要がないと言ったのは、地面に座って話そうと言ったのは、そのため。

 ならば、僕も一人の人として話すべきだろう。

 しかし、地面に腰を下ろしての対面になるとは、思いもしなかった。


「ラルク王国のフレア女王が足を運んで来てくれたのだ。迎えに出るのは当然だ。しかし、どうしてもその前に話をしたくて抜けてきた」


 抜けてきたって、フレアと同じではないか。


「これを見せたくてな」


 少年はその手から何かを投げた。

 慌てて受け取り、それを目にした途端、僕は言葉をなくす。

 黒く汚れ、赤く錆びた鉄片。刻まれているのは、名前。


「賢者よ、名はアムルというのだな」


 その声に頷くことしか出来ない。声を出すことも出来ない。

 刻まれているのは、僕とボルグ、それにザインとダイムの名。忘れるはずもない僕に自由をくれたナイフ。

 そして、セラに渡したお守りだ。


「この国に、天外の者が出たのは知っているな」

「はい。ラミエルだとか」


 やっと口にした。


「それが持っていたものだ。討伐した後、その身体は塵になって消えたが、残った服の奥からその名前の刻まれた鉄片が出てきた」


 まさか。

 その場に手を付いた。

 全身の力が抜けたようで、身体に力が入らない。


「どうした、アムル。おまえ、何をした」


 僕を庇うように、フレアが前へ出た。

 わずかに遅れて、木々を越えるように人影が現れる。この人が礼の印綬の継承者、サラ。

 高台に舞い降りた女性が、少年を護るように横に立つ。


 しかし、腰に下げた剣には手を触れず、戦う意思がないことを表していた。

 僕は手を伸ばして、フレアが前に出るのを止める。


「王よ」

「陛下、お待ちください」


 同時に、マデリたちの声が上がった。


「ラルク王国のアムルと申します。こちらはラルク王国のフレア女王になります」


 深く息を付き、続ける。


「ここに刻まれているのは、僕の名前で、僕自身が刻んだものです」

「そうか。ラルク王国の賢者の名を聞いた時、そうでないかと思った。遅れたな、おれは隆也。こっちは」


 隆也王が促すと、女性が一歩下がり、

「エリス王国、礼の印綬のサラです」

礼を示す。


 銀髪の美しい女性だ。フレアも見惚れるように黙ったままだ。


「それを渡したのは、責めているのではない。関与をしていないのは分かっているが、経緯を知りたい」


 その穏やかな声に、僕は大きく息を付いた。

 様々な思いと感情が湧き上がってくるが、それを抑え付ける。

 その僕の様子に、フレアが隣に腰を下ろした。


 わずかに遅れて、サラが戸惑ったようにしながらも、隆也王の少しに後ろに座る。

 サラの反応の方が正しい。二人の王の方が、おかしいのだ。

 僕は、手元のナイフから目を離した。


「これは、僕の修士になるはずだったセラという少年に渡したものです」

「セラか」


 その言葉に隆也王が頷き、フレアとマデリが困惑した顔を向けてきた。

 ここで、セラの名前を聞くとは思っていなかったのだ。困惑しているのは、僕も同じだ。


「その者は、国にいるのか」

「いえ。住んでいた町を襲われ、そこにいた子供たちは皆、攫われました」

「攫われたか」


 隆也王の言葉と同時に、

「セラがどうかしたのか。何があった」

フレアが勢いよく尋ねる。


 それには答えず、隆也王に目を向けた。


「王よ、王はルクスが見えますね。女王のルクスを見られて、僕たちを待たれていたのでしょう」

「アムルよ、おまえと同じだ。おれもルクスは見える」


 なるほど、僕がルクスを見えることも分かっているようだ。


「では、その天外の者のルクスは如何でしたか。セラは妖を吸収し、ルクスは穢れなく真直ぐに輝いていました」

「尋常ではないルクスに妖気が絡みつき、その勢いは天を突くほどだった。おまえも印綬と同格ならば、中つ国の王権移譲に行ったのだろう。そこで、ラミエルを見たはずだが、そのルクスとは真逆の禍々しさだ」

「では」

「可能性には、気が付いているだろう」


 否定する言葉を呑み込むしかなかった。

 もう一度息を付く。

 この王に、誤魔化しはきかない。それをすれば、僕たちは一切の信用を無くすだろう。


「妖気を吸収同化し、強大化したルクスに、何らかの手段で更に妖気を含んだルクスを送り込む。飽和状態にし、順応させた上で尚も妖気を含んだルクス流し込む。それを繰り返せば、とんでもないルクスを持つエルグが誕生します」


 フレアたちにも聞こえるように、口を開いた。


「しかし、それは可能性に過ぎません。強い魂と精神力が必要になり、人に耐えられるものではありません」

「そうか」


 隆也王が鋭い目を向けてきた。


「賢者は、第三門と言うところまで潜ったと聞いた。そこは強い魂と精神力が必要になり、人が到達できる場所ではないらしいな」


 僕のことも、詳しく知っているようだ。それがあって、僕たちが関与していないことも知っていたのだろう。

 そして、同時に可能性を示していた。


「そうですね。セラくんには十分な強さがあります。ですが、万が一に生き残れたとしても、その魂は傷つき自我は崩壊します」

「その者に、自我はなかった。鉄片の汚れと錆び、意味は分かるはずだ」

「ちょっと待って。セラがラミエルだったと言うのか」


 フレアが隆也との間に割り込むように、足を進める。


「ラミエルもどきだな。それに関与していたのは、この外西守護領主だったイグザムだ。その者が久遠騎士団からラミエルもどきに指示できる遠隔書式を買ったと伝えたそうだ」

「イグザム。その者には会えますか」


 顔を上げた僕に、隆也王が首を振る。


「領主館の地下牢に収監していたが、何者かに殺された。口封じだな」

「では」

「その後ろにいる可能性があるのは、重商連合か、リルザ王国だと見ている」


 その隆也王の言葉に、

「街道駅を襲った外北に入っている商業ギルドは、重商連合だ。アムル、どういうことなのだ」

フレアの顔も上がった。


「セラくんが覚醒をした時、僕はセラくんに未来を切り開くお守りとして、僕が脱獄の時に使ったナイフを上げました。そのナイフがラミエルの服から出てきたと言います。あのお守りをセラくんが他人に渡すとは思えません」

「では、おまえがセラを殺したのか」


 フレアの燃えるような瞳が、隆也王に向けられる。


「あぁ、討伐した。印綬の者でさえ手傷を負うほどの相手だ。捕えることなど出来る相手ではない」

「しかし、セラは――」


 僕はそのフレアの肩を再び抑えた。


「自我はなかったというのは、本当でしょう。天を突くほどのルクスと妖気を注ぎ込まれれば、生きている方が奇跡です。すでに、それはセラくんではありません」

「だけど、セラは」

「討伐を責めるよりも、それをした相手を責めなければなりません。僕もこのままで終わらせるつもりはありません。それで」


 隆也王に目を移した。


「重商連合かリルザ王国が関与しているというのは、どういうことでしょう」

「この国は、三十年近く王が立たなかった。不戦の結界が消えるのも時間の問題だった」


 隆也王が話し始めた内容に、僕は呆然とただ聞くしかなかった。

 にわかに信じられない話だが、嘘をついている兆候は見られず、ルクスに動揺もない。

 数え切れぬほどに殺され、その度に時間が巻き戻され、それでも未来は変わらないために異世界に匿われる。

 隆也王のこの話が真実だとなれば、創聖皇の意図することは何だろうか。


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