賢者の集い
王都の中央通りから一本入った細い路地で、ブランカは足を止めた。
この最近になって増えてきた酒と食事が楽しめる店だ。ここに来るために、アメリアたちの誘いを断ったのだ。
黒猫と書かれた店名とカップを抱える猫の装飾看板を見上げ、店の扉を開く。
ここに女たちの嬌声はなく、小さな楽団の調べが流れてくるだけだ。
入り口の店員に名を告げると廊下を奥へと案内される。
通された個室には、すでに三人の姿があった。
「遅かったじゃないか」
クルスのしわがれた声が耳を打つ。
「仕方なかろう、女王の会議が入ったのだ」
「御前会議か、アムルも参加したのか」
頷きながら、声を掛けたダイムの隣に腰を下ろした。
「そうですか、アムル殿はお元気でしたか」
「元気も何もないわ」
クリエの差しだすカップを受け取り、口に運んだ。
乾き切った喉に、葡萄酒の僅かな酸味が心地いい。
「よくも、あんな化け物を育てたもんだ」
「ほう、化け物か」
ダイムが楽しそうに笑いやがる。
「先を見通す能力が、尋常ではない。賢者が言えば、わしですらその通りになると思ってしまう」
「なるのだろ」
「だから、化け物なのだ」
「しかし、アムルは信に値する。思いも行動も真直ぐだ」
奥に座るザインが、静かに言った。
そうとも、その通りじゃ。賢者に裏表はない。女王の為、国の為に今でも喜んで賢者は命を差し出すだろう。
「しかし、ここに呼んだのはアムルへの愚痴を言うためではないだろ」
「そうともよ。女王の認可は頂いた。賢者の傷んだローブを新調する」
「そうか、それは良かった。ローブにクルスの名では、荷が重すぎた」
「それは、誰の名でも同じだ。あのアムルに学問の保障など誰に出来ようか」
「ダイムでも無理か」
わしは傍らの老人に目を移した。
かつてその名は、賢者として世界に響いていたのだ。
「わしのローブに、アムルの名が欲しいくらいじゃ」
あのダイムにそこまで言わせるか。ったく、困った賢者だ。
「それで、ローブに刻まれるのはラルク王国の名ですか」
クリエの言葉に頷く。
「あの賢者の学問の保証は、国でするしかなかろう。しかし、女王から一つ注文が入った。三人の賢者の連名を王国名の下に記せとな」
「それは困ります」
大きく手を振ったのは、クリエだ。
「私はラルク王国に来て、賢者の称号を頂きました。それまでは市井の研究者に過ぎません」
その言葉に、
「悪かった。その頃のわしは、ルクス学を学問とは認めておらなんだ。ベルツ上級学院での賢者の称号選考の時に、クリエに反対したのわしじゃ。悪かった」
ダイムが深く頭を下げた。
「やめて下さい、ダイム殿。未熟な私には早すぎた称号でしたのですから」
「だが、今は賢者だ。その称号に異を唱える者もいまい」
わしはクリエに笑みを見せる。
「それに、三人の連名ならば、賢者のローブにも釣り合いは取れよう」
「三人掛かりでもきついようじゃがな」
そのクルスに目を移した。
三人の賢者の中では、最長老になるだろうが血色は良い。最近は日に日に若返っているようにさえ思える。
「クルス殿はこの最近、ますます元気になられているようだが、エリスからの留学修士のお陰か」
わしの問いに、
「面白いぞ」
クルスも笑った。
「人はそこまで真剣になるのかというくらいに、講義に集中しておる。国を背負って来ているのじゃから当然と思うだろうが、そのレベルではない。他の修士も感化されるくらいじゃ」
「ほう、優秀な修士なのか」
「優秀なだけでなく、真面目で人間性も出来ておる」
「エリスの王は、賢者と同じようにルクスを見られると聞く。留学修士の選考にはそこも考慮したのじゃな」
「わしも講義を見たが、確かに熱心だ。しかし、それだけ厄介だな。ルクス学が丸裸にされそうだ」
ダイムが空いたカップに葡萄酒を注ぐ。
「構わない。ルクスの知識はくれてやればいい。代わりにエリスの改革を盗まさせて貰う」
「エリスの改革か。わしも留学修士を呼んでな、話しを聞いた。政治学の足しになるかと思ったが、想像を超えるぞ」
ダイムの想像を超える政治。どんな改革をしたのか益々興味が湧いてくる。
「どのような話しだ」
「民はどの地区にでも自由に移動できるそうだ。王都であろうとな。それに、学問は無償で受けられ、上級学院も試験に通れば誰でも進める。仕事も自由に選べるし、官吏の試験も受けることが出来る」
信じられない話しをしてくる。
もし、それが本当だとすれば。もし、女王の望む国の形がそれだとすれば、間違いなく国には反乱がおこる。
公貴が既得権益と特権を手放すはずなどないのだから。
「実はな、エリス王国に使節団を出すことになる」
「使節団、何の使節団だ」
「それは言えない。言えないが、使節団には印綬の継承者も同行する。だが、ここに問題があって、誰かは国に残らなければならない。全員が向かうわけにはいかないからな」
そう、会議の後でアメリアたちから誘われた食事会は、その使節団への同行者の話しのはずだ。
「まず、ジュラ。軍制の改革も重要事項になり、ジュラが軍務の責任者だから同行するはずだ。ガイアスも外務の責任者になり、同行する。そうなると居残りになるのは、わしかアメリア、或いは二人か」
「それで、ブランカは参加したいのだな」
ダイムが大きく頷く。
当たり前だ。こんな機会は滅多にないのだ。
「だったら簡単ではないか」
「簡単、どういうことだ」
「ルクス学をくれてやるならば、研究施設の提案を餌にすればいい。改革の内実を盗むには、対価も必要だ。教育は礼の印綬の責任だから、それを盾に使節団に入り込めばいいだろ」
ダイムの言葉が刺さった。
そうだ。どうせ、ルクス学を盗まれるならくれてやればいいと思ったが、まとめて差し出せば大いなる貸しになる。エリスも改革の詳細を出さざるを得ない。
「さすがは、ダイムだ。化け物の生みの親だけはあるな」
「アムルか、アムルは鬼子だ。わしが育てられたわ」
大きく笑う。
いや、ダイムよ。あんたも本当に賢者だ。
マデリとセリの配属にダイムたちが怒鳴り込んできたことが、昨日のように思える。
お前の目は節穴か。礼の印綬なぞお前にはもったいない、すぐに捨てろと怒鳴って来たのだ。
マデリとセリの才を知りながら、四角四面の対応しか出来ないわしは、頭の固い官吏と同じで国を滅ぼしかねない愚か者だと罵倒された。
クルスとクリエからも二人のルクスの真っ直ぐさを説かれ、埋もれさすなと諭された。
そう、わしは慣習に囚われ、国の逼迫した人材不足にも対応しなかったのだとその時に思い知った。
そして同時に、わしにもまだ成長できる余地があるのだとも知った。
その時以来、彼らとは交流を密にし、学びを得ているのだ。人種は違えど、良い友に巡り合えたのだ。
「これは、知恵をお借りした。お礼に、ここの支払いはわしがせねばならないようだ。さぁ、好きなものを頼んでくれ」
わしはテーブルの呼び鈴を強く振った。
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