決断
「先ほど、セリから連絡がありました」
セリの名前に、フレアの顔が輝いた。
エリス王国に残してきたセリが、心配なのだ。
「エリス王国は侵攻していたリルザ軍を包囲し、リルザ領内の第一軍を撃破して逆侵攻を始めたと連絡がありました」
「逆侵攻。リルザ王国内に攻め入っているのか」
ブランカが、信じられないという風に首を振った。
「はい」
「はいって、それを信じたのか。逆侵攻だろ、四十万もの敵に侵攻されていたのだろ。それを十万ほどの軍で包囲して、逆に攻め込むってどういうことだよ」
困惑した顔で立ち上がったのは、ガイアスだ。
「あの王ならば、やりかねません。ただ、この状況は商業ギルドも想定していたはずです。平民までも動員して四十万もの軍勢にしたのは、商業ギルドの誘導があったはずです」
「どういうことじゃ」
ジュラが考え込みながら口にする。
「四十万もの数に怯み、退くならばそのままエリス王国は落とせます。万一、大きな打撃を与えられ、リルザ軍が瓦解すれば、商業ギルドが介入してリルザ王国の軍務を握れます。他国は不戦の結界で介入できないのですから、リルザ王国は傭兵に頼るしかありませんから」
「なるほど、堪らんな、リルザ王国は。どちらにしても詰んでいるではないか」
「だが、それと十日後の会合とどう関係するのだ」
ブランカも考え込むように天を仰いでいる。エリス王国とリルザ王国との問題と考えているのだろう。
「簡単です。エリス王国の反撃が早すぎたのです。商業連合は準備が出来ていません。なにせ、十万単位の傭兵を送らなければならないのです」
「そうか、休戦か」
同時に、ブランカが膝を叩いた。
「はい。リルザからの依頼という形で、商業ギルドからの休戦の提案です。そして、休戦の仲介に頼れるのは、フレア女王しかおられません」
そう、エリス王国は商業ギルドとの縁を断ち切ったのだ。
「ただでさえここからエリス王国までは、船での移動しかないのです。休戦を急ぐ商業ギルドには、交渉の出来ないこの十日は痛いはずです。そして、追い詰められた彼らは、こちらの条件を呑むしかありません」
「会合中に、あのバンスが何かを言いかけたのを遮ったのは、その意図があったのですか」。
ガイアスの驚いた声が響く。
「しかし、それは難しい役じゃないのかえ」
「そうですね。ですが、エリス王国は受け入れ準備があるはずです。その為に、セリにこの情報を流し、報告させました」
「だが、準備が整えば、商業ギルドは条約を破るぞ」
探るような目を向けてきたのは、ブランカだ。
「はい。仲介した僕たちの顔は潰れます。しかし、それもあの隆也王ならば、想定済みでしょう」
「では、その仲介を受けるのか」
「はい。ですが、女王陛下の顔を潰すわけには参りません。ここは、僕の独断ということで条約を締結します」
「構わない。吾がそれを仲介する。吾の顔を潰させた方が、後々の主導権を握られる」
フレアが真っ直ぐな目を向けてきた。
女王は僕の見ている道が見えている。それは、思考ではなく直感で見たのだ。
フレアの女王としての成長には、僕自身が驚くしかない。
「承知いたしました。それでは、女王陛下にお願いを致します」
礼を示す僕に、
「それで、船はどうする。エリス国との往復に吾の座上艦も出ているはず」
フレアは礼は無用と手を振った。
「幸い、五日後には到着予定です。到着後すぐに準備をさせましょう」
「分かった。重商連合との会合に吾を呼ばなかった理由も理解した。それでは、今後のことを詳しく聞きたい」
「はい。隆也王もリルザ王国の条約破りを理解してるはずです。それでも、隆也王のこちらの仲介に乗るはずです」
「どうして」
「エリス王国は、こちらからの食糧支援が必要なほどに逼迫しております。リルザ王国に侵攻したとはいえ、それ以上に軍を進めれば自らの首を絞めることをご存じです」
「でもよ、エリスが理解していない。あるいは、こっちからの仲介にエリス側が乗じて、条約破りの条件を付けてきたらどうするのだ」
ガイアスが腕を組んだ。
「理解をしていない。そのような相手であれば、どれほど気楽でしょうか。また、条件を付ける相手ならば、どれほど簡単でしょうか。怖いのは、理解して誠意を見せてくる相手です。その王には信念があり、道義があります。国には創聖皇の守護が付きましょう」
「ならば、隆也王は理解をした上で無条件に乗って来ると」
ブランカの顔が上がった。
「間違いないと思います。理由は簡単です。国体を一新したばかりのエリス王国も国の立て直しに時間が欲しい。それに、仲介に乗ればこのラルク王国にも恩義を売れます」
「確かにな。だが、商業ギルドにエリス王国、その両者の思惑に付き合うのも癪だな。こちらの見返りは、重商連合への正当な調査依頼だけではないか」
ブランカの眉がひそめられる。
そう、ブランカはエリス王国のことを報告書でしか知らないのだ。そして、その報告書も過大評価されていると思っているのだろう。
「いえ、もっと大きな見返りがあります」
僕は彼らを見渡す。
「エリス王国は、国体を一新しました。公貴の廃止、守護領地の直轄化、商業ギルドの排除、税制、教育の国内統一、軍制の一新。数え上げればきりがありません。そして、それを数か月で行ったのです。学ぶことは多いと思いませんか」
「仲介を口実にエリス王国に押し掛け、内実を観察するか」
ブランカの目が鋭くなる。
「特に、軍制だな」
「王旗の意味は、武が外に向くと賢者も言っていたわよね」
「いえ、ぼくが最も興味があるのは、公貴の反発と平定です」
「それは、公貴を廃止するということなの」
アメリアの目も鋭くなった。
印綬の継承者となり、家との関係は断たれるとはいえ、やはり公貴なのだ。
生まれ育った家がなくなることは、考えたくないのだろう。
僕はその目を真っ直ぐに見る。
「正直、公貴の反発を考えればこれ以上の改革、変革は無理です。奴隷制の廃止も叶いません。今、世界は過渡期になろうかと考えています。内を整え、外を正し、聖法、聖統をあまねく広げよ。創聖皇の御言葉に応えられなければ、この国は沈みましょう」
「過渡期とは、残る国と消える国との分別か」
ブランカの声が重い。
「でも、奴隷は違法ではない。公貴もそうだろ」
ガイアスが理解できないように口を開いた。
「それは、あくまでも人の考えた法です。聖法ではありません」
「では、賢者はあくまでも公貴の廃止を考えているのね」
「いえ、考えるのは僕ではありません」
「そうね。決断するのは、吾よね」
僕の言葉を引き継ぐように、フレアが続ける。
「吾の国に、奴隷は必要ない。解放されてきた彼らを見た。解放された喜びに目は輝いていたけど、身体は傷だらけだ。彼らに何の罪があろう、何故そんな目に合わなければならない」
そう、彼らはエリス王国の助けがなければ、その目も死んだままになっていただろう。いや、苦痛と空腹の中、緩やかな死を待つしかなかった。
「エリス王国は、奴隷解放を行った。民を奴隷にされている吾の国に、それが出来ない理由などない」
「だが、公貴も黙ってはいまい。公貴にとっては財産であり、重要な労働力だからの」
ジュラの声も重い。
「そのような公貴ならば、害悪でしかない。害悪ならば、潰せばよい」
フレアは大きく息を付くと、
「直ちに、奴隷禁止と解放の草案を作成しなさい。条約締結に向けて使節団を編成し、準備を整えよ」
王の声を響かせた。
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