会合
「如何ですか、ガイアス様」
その言葉に、椅子に身体を預けた。
丁寧な言葉遣いだが、何か気に入らないんだ。
重商連合の新大陸統括マスター、バンスと言ったか。まだ三十代の若いマスターだ。
その若さでマスターなのだから、よほどに優秀なのだろう。
でもな、どこかに見下すような感覚があり、気に入らないんだ––手元の書類に目を落とす。
奴隷売買に関して、書類は問題はなかったが、その確認については連絡所にも落ち度がある。
販売先についても所定の手続きを行っていない団体、個人が多くある。これは連絡所の規約違反になり、統括する重商連合本部の怠慢にもなる。
対応として、連絡所の閉鎖と責任者の処罰。商業ギルドを介して、誘拐された奴隷の捜索と保護。賠償金の支払い。
対応としてもそれなりの誠意は見れる。
しかし、何か気に入らないんだよな。
傍らの賢者に目を移した。
賢者は、書類を一瞥しただけだ。
「では、まずは賠償金額のお話をしましょうか」
話しを進めようとしたバンスの言葉を賢者の杖が床を打つ音が止める。
「まずは、奴隷の売買資料の提出はどうなっていますか」
「ここ五年分のものは複写して用意しました。添付書類は原本です。それ以前のものは規定では保存の義務がありません。ただ、廃棄されていないものがないか探してはいます」
「それは、どこに」
「膨大な量ですので、別便の船で届きます。明後日は届くはずです」
「それでは話になりません。詰めの話は資料が届いてからでしょう。資料の精査を含め、次回の会合は十日後にします」
それだけを言うと賢者が立ち上がる。
「少し、お待ちを。話はそれだけではありません」
「いえ、全ては資料の精査が終わってからです」
そのまま背を向ける賢者に、俺も慌てて立ち上がった。
どうしたんだろう。いつもの賢者らしくない。
バンスたちの対応は外務司長達に任せればいいが、これでは重商連合を、商業ギルドを敵に回しかねない。
部屋を出ると賢者はそのまま足を進めていく。
「どうしたのです、賢者」
追いつくと小さな声を掛けた。
「フレア女王がお待ちです。このまま女王の執務室に行きますよ」
賢者は顔を向けることもなく、そのまま階段に向かう。
階段を上り、守衛の横を抜けるとそのまま執務室に入る。
広い部屋には、フレア女王と政務官のマデリがすでに待っていた。
女王は何か怒っているようで、威圧感が身体を押してくるようだ。
だめだ、俺には意味が分からない。
「お待たせ致しました、女王陛下。一度目の会合が終わりましたので、御報告に上がりました」
賢者が礼を示し、俺もそれに倣う。
「礼などいい。吾は、吾を同席させなかった理由を知りたい」
「はい。ですが、もうしばらくお待ちください」
賢者が席に着く。
その席で、しばらく待つという理由が分かった。
賢者が腰を下ろしたのは、印綬の継承者たちが会議で使う席。女王の下座、五番目の席なのだ。
俺も自分の席に足を進める。
それを待っていたように、再び扉が開かれてアメリアたちが部屋に入ってきた。
同時に、彼女の顔にも緊張が走る。
分かる、分かるぞ。こんなに不機嫌な女王を見るのだからな。
最後の入ったブランカが扉を閉めると、
「待ったぞ、アムル」
女王の怒った声が響いた。
「はい。重商連合のマスターの格を確認してからではないと、女王陛下を謁見させる訳には参りませんでした」
「マスターだろ。マスターに格があるのか」
尋ねたのは、席に付くブランカだ。
「はい。マスターには二種類あります。商会のマスターと商業ギルド全体のマスターです。例えば、リベル商会のマルス。彼はリベル商会のマスターであると同時に、商業ギルドのマスターでもあるようです」
「どうして、そう思うのだ」
「ルクスが異なります。彼はルクスを隠蔽します。そして、隠蔽されるルクスが、どこか異質なのです。以前にエリスの王と話した時にイザベルという重商連合のマスターが、同様のルクスだったらしいです」
「商業ギルドのマスターか。それで、来ているマスターはどうなのだ」
「あからさまにルクスを誇示しています。マスターではありますが、重商連合のマスターに過ぎず、女王陛下が同席するほどの相手ではありません」
賢者の言葉に、女王からの威圧感が増したようだ。
「吾は、格など関係ない。吾は、吾の民を誘拐して売り飛ばし、殺した者を赦さない」
「女王陛下、それだからこそです。それだからこそ、相手に格の違いを見せなければなりません。あの程度のマスターならば、臣下が威圧するだけで十分です」
「どういうこと。臣下の威圧とは」
「次の会合は、十日後です。明後日には奴隷売買の資料が届きますから、政務官を動員して精査と調査を行います。その結果を元に、朝議の間での詰問を行います」
朝議の間。
賢者は、あの席にマスターを座らせて詰問する気なのだ。
周囲には、精査した政務官も並ぶだろう。その中での詰問ならば、その場しのぎの言い訳も出来ない。
「でも、待って。明後日に資料が届くのだろう。そこから追跡調査まで時間がないわよ」
アリスアの問いに、賢者が初めて笑みを見せる。
「幸い、全国民の戸籍を作成しています。これは、エリス王国で施行されている戸籍法を元に各守護領地で実行させています。全員という訳にはまだまいりませんが、それでもある程度の追跡は出来るはずです」
戸籍、以前に聞いた十七にも満たない子供まで登録していく住民台帳のことか。
賢者は、そんなことまでしていたのか。
「相変わらず、仕事の早いことよ。それで、向こうの条件は聞いたのだろ」
「あ、ああ。重商連合の報告はこれになる」
俺は書類を机に置いた。
ブランカがそれを取ると、読み上げていく。
聞き終えるとジュラが頷いた。
そう、重商連合は非を認め、その対応も提案してきた。俺が見ても問題はないと思う。
「賢者は、どう思う」
「ブランカ殿と同じです。不当に奴隷にされた者を探索保護する、どのような手段で、どのように探索するのか。いつまでに行うのか。明確ではありません」
「そうだな」
「それを行うには、商業ギルド全体で世界を探索しなければなりません。しかし、来ているのは重商連合のマスターです。あの者には、決裁権はありません。あるのは、賠償金の決裁権のみです。それは、金での解決を意味しています」
「応じられんな」
「はい。ですから、女王陛下が同席する意味はないのです」
「でも、十日後の詰問でそれは対応できるの。結局同じになるのではないですか」
アメリアの問いに、再び賢者が笑みを見せた。
あれは、最後まで見通した賢者の笑みだ。
「彼らは拒否することはおろか、言葉を濁すことも出来ません。主導権は既にこちらが握っているのです」
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