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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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ネビラの器

 

 不安は感じていたが、ここまでとは考えていなかった。

 いくら迅速にエリスの軍が動いたとしても、こちらが先行できると思い込んでいた。

 だが、すでにキルア関の広場は敵の軍勢に満ち、撃ち込まれる槍にルクスが削られている。


 それに。

 ネビルの奴、半分以上の衛士を率いて敵の足止めに掛かった。

 もちろん、理由は分かっている。


「ノルト様」


 追いついてきたのは、殿軍を名乗り出ていたマグネだ。周囲をがっしりと衛士に固められて疾駆して来た。


「ノルト様、すぐにネビルを戻さなくては」


 慌てた声で叫んでくる。

 しかし、今も強烈な威圧感が背後から迫っているのが分かるのだ。ここで足を止めることは出来ない。

 ネビルは殿軍だったマグネをあえて逃がし、カルディナ関でエリス軍を迎え撃てるように反転したのだ。

 ならば、わしはその意思を無駄には出来ない。


「このまま行くぞ」

「ですが――」


 マグネの感情を高ぶらせた声を聞くのは初めてだ。


「ネビルのことは、後だ。今は先を見ろ」


 わしは視線を行く手に戻す。

 キルア関にはすぐに抜ける。この先の街道を進めば、リルザのカルディナ関だ。

 馬は全力で疾駆し、すぐにカルディナ関の門が見えてきた。


 駄目だ。門は大きく開かれて荷馬車に補給品の積み込みをしている。

 関の砦には監視の衛士もいよう。何という鈍さだ。

 疾駆する背後からは、迫って来る威圧感が近いことが分る。

 これでは、関門を閉じて迎え撃つ準備も出来ない。


 わしは関門に入ると同時に、

「敵襲」

大きく声を張った。


 それでも居並ぶ衛士たちは動かない。意味を理解できていないのだ。


「敵だ、すぐに門を閉め、応戦しろ」


 後ろからマグネの声も響く。

 怒りに満ちた声だ。最前線でのこの緊張感のなさに、彼も憤慨しているのだ。

 エリス軍をここで迎え撃たなければならないのだ。数に押されて混戦にはなるが、ここでの騒ぎにすぐに宿営地から応援も駆けつけるはず。


 そうなれば、勝機も見えてこよう。

 荷馬車の並ぶ広場の先、砦の居館の前には側近の軍務司長たちを率いたバルキア様の姿が見えた。

 バルキア様もわしらのこの切迫した走りと、すぐそばまで迫る威圧感を感じたのだろう。すぐに真獣を呼び寄せる。


 そこから、バルキア様の動きは速かった。

 それも、わしの想像とは真逆の反応だ。

 真獣に乗ったバルキア様は、すぐに踵を返してリルザ領内に駆けだす。


 カルディナ関の防衛は捨て、側近のはずの軍務司長たちすらも置いての逃走か。

 信じられん。

 このカルディナ関だけではない、四十万もの軍勢を見捨てての逃亡だ。


 わずかに遅れて、エリス側の関門から喚声が響いてきた。

 見なくても分かっている。エリス軍が関門を抜けてきたのだ。

 総指揮官であるバルキア様が逃走したこの状況で、残された軍務司長たちでは軍の統率など出来そうにない。


「ノルト様、第一軍の各隊に伝令を出します」


 同じことを思ったのだろう。マグネの声が背中を打つ。

 そう。これはでは、カルディア関を捨てて防衛線を張るしかなかった。街道沿いの宿営地の他に、各集落と町に散開している第一軍を集めて対抗するしかない。


「すぐに出せ。集結地点は――」


 わしも言いながら、振り返った。

 駄目だ。

 追って来るエリス軍は二隊。一隊はカルディナ関の制圧に動いているが、もう一隊は関門を抜けて追って来る。


 その一隊もさらに三隊に分かれ、二隊はこちらの伝令を追うように左右に分かれた。

 機を見るに、敏なのか。

 いや、違うな。


 当初からの計画だ。

 最初から、彼らはキルア関を奪還するが目的ではなかった。リルザ王国への逆侵攻が目的だったのだ。

 左右の二隊はこの周辺の集落と町を襲い、中央の一隊はこの先にある街道駅と宿営地を襲う。


 展開している第一軍を蹂躙するつもりだ。

 どうする。

 伝令を出しても、この距離ならば伝令ごと踏み潰されてしまうだけだ。


「伝令は必要なし、この先のケミン城塞都市まで駆け続ける。そこで、第一軍の残存衛士を迎え、再編成をするぞ」


 ここからまだ一時間以上は掛け続けることになるが、防衛線を引くにはそこしかない。

 すぐに宿営地が見えてきた。

 ここもだ。


 衛士はピクニックにでも来ているように思っているのか、まだ日も落ちていないのに酒宴までしている。

 戦場から離れた後方地のゆるみ切った軍規では、支えきれない。

 バルキア様がここを駆け抜けた時ならば、敵はそこまで追ってきていなかったはずだ。声の一つでも掛けるべきだろう。


「敵襲。直ちに応戦しろ」


 わしは声を張りながら駆け抜けるしかなかった。

 そのまま街道を疾駆していく。

 馬が持つかは分からない。それでも、駆け続けるしかない。


 わずかに遅れて、背後から喚声と騎馬突撃の音が響いてきた。

 リルザ王国の四十万もの軍が瓦解していく音だ。

 どうしてこうなったのだ。わしらはわざわざ竜の逆鱗を触りに行ってしまったのか。相手にしてはいけないものを踏みつけてしまったのか。

 背後からの音を振り切るように、馬に鞭を入れた。


 世界を闇が包み込み、ケミン城塞都市の明かりが見えてきた時、やっとわしは馬を止めた。

 泡を吹いて崩れる馬もいるが、全員が付いて来られた。


「ノルト様」


 ほっとするわしに、マグネが駆け寄って来る。


「直ちに、ネビラを救出に」


 わしの心を慮ってのことだろうが、その声に冷静さはないままだ。


「救出する軍も今はない。少し落ち着け、マグネ。やがて、エリスから捕虜の身代金要求が来る」


 わしの息子ながら、よくやったと思う。あのままならば、マグネが捕虜になるか、討たれていたのだ。それは、リルザにとって大きな損失だ。

 それに捕虜は、特に公貴の捕虜は高い身代金と交換されるのが慣例のために、殺されることはないはずだ。


「いえ、それはあくまでも内乱においてでしょう。これは初めての国家間の戦です」

「そうかもしれん。しかし、ネビラは自らの職責を果たした。お前を失わずに済んだのだ」


 わしの言葉に、マグネが強く地を蹴った。

 ここまで感情を見せるのは初めてだ。


「ノルト様。ノルト様は広く正しい目を持ってられます。ですが、ご子息に対しては、その目は曇られるようです」


 マグネはその場で片膝を付く。

 礼を示しているが、見上げてくる瞳は怒っているように思えた。


「ノルト様もネビラも、自分が殿軍を引き受けた意味を分かってはおりません。自分はネビラを無事に逃がすために、殿軍を引き受けたのです」


 ネビラを逃がす。どういうことだ、わしの息子だからか。


「ネビラの重要性を分かってはおられません」

「どういうことだ。知識も知恵も国に必要なのは、マグネおまえだ。おまえが重要だからとネビラは動いたのだ」

「自分を評価して下さるのは、感謝しかございません。しかし、知識と知恵では戦では勝てません。どんなに素晴らしい軍略を立てても、動くのは衛士です。人です」


 マグネは後ろに立つ衛士に手を向ける。


「自分の周囲にいたゼブ達、直隷の衛士たちはネビラを救いに行くという自分の命を聞かずに、自分が単独でも動けないように周囲を固めていた。これは、ネビラの命だな。ゼブ」


 その言葉に、周囲の衛士たちが頭を下げた。


「申しわけありません。ネビラ様から、必ずマグネ様をお守りするように命じられました」

「では、もう一つ問う。ネビラを救いに行くために、おまえたちは今から命を捨てられるか」


 途端に、疲れ切っているはずの衛士たちが槍を振り上げて声を上げる。


「この自分のような非才を逃がすために、ネビラは中団の衛士を引き連れ、死地に向かいました。恥ずかしながら、自分の直隷衛士たちは、自分の命令よりもネビラの命令を優先しました。ネビラは、それだけの人望があります。それだけの器があります」


 ネビラの命令か。この様子ならば、わしの直属の部下たちですらネビラに従うかもしれん。確かに、命令一つで人を死に追いやるのだ。素直に命を捧げさせられほどの人望。考えたこともなかった。


「しかし、器量はルクスだ。ルクスはマグネの方が強いではないか」

「ルクスは分かりません。ですが、ネビラは人の上に立つ器です。この国に一番必要な男です」


 言うと、マグネは立ち上がった。


「これから、軍の再編とネビラ救出の会議を行いましょう」


 そうか。マグネはネビラをそこまで評価しているのだ。そして、わしはネビラを真っ直ぐに見られなかったのか。

 人を死に追いやれる器。その器は軍務の頂点に立つ器だ。



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