足止め
ネビラは馬の首を押して、加速させた。
迫ってくるキルア砦の城門で、門衛が倒れるのが見えたのだ。
どうやって先行したのか、エリスの軍に襲われている。それも――。
この距離からでも感じられる凄まじいまでの威圧。それも、三人だ。そして、その中の一つは、足もすくみそうだ。
多分、あれはエリス王のものなのだろう。残る二つは印綬の継承者だ。
やはり、我らの背後を襲うのは、綿密に計画された計画なのだ。父上やマグネの言った通り、ダレス街道駅とラベルス街道駅はこちらの軍を引き寄せるために用意された罠。
彼らが、どこを通ってキルア砦まで来たのかは分からない。しかし、ここにいる。
「このままキルア関を駆け抜けるぞ」
父上の声が響く。
しかし、この状況は私にも分かる。このまま全軍が抜けられることはない。
手にした槍を天に向けた。
それに呼応して、単縦陣は三列縦隊へと即座に変化する。
ならば、私に出来ることは一つしかない。
キルア関の広場を封鎖するように、荷馬車が動き出した。
敵の対応が早い。それでも、まだ先手は取れている。荷馬車の封鎖が終わる前に、駆け抜けられる。
槍を倒して、前傾姿勢を取った。馬はさらに加速する。
その目の前、荷馬車の上に槍を手にした男が立つの見えた。
簡易の軽装鎧だが、しっかりとした作りの鎧。正規の衛士なのだろう。悪いが、その命を貰い受ける。
荷馬車の前で、大きく馬が跳んだ。
敵の槍が振り上げられる。
一撃ならば、ルクスで耐えられる。
その槍の上にかぶせるように、こちらの槍を乗せた。
すれ違いざまに、ルクスを込めて一気に走らせる。傭兵崩れの野盗たちを屠って来た必殺の槍だ。
いや、その衛士は身体を回転させて躱しながら、手にした槍に勢いを乗せて後ろに続く騎馬に送る。
何だ、その動きは。
一瞬の内にこちらの動きを読んだように軽やかに躱し、あまつさえその回転の勢いを利用して後続に二撃目を送った。
とんでもない手練れだ。
いや、彼だけではない。
広場には、建物から出てきた騎士が左右に展開している。馬に乗っていないのは、それだけ迅速に展開するため。
その騎士たちの振るわれる槍に、後続の衛士たちのルクスが破られ、傷つく声が聞こえる。
騎士たちも鍛えられている精鋭だ。
そして、身体の震えが抑えきれないほどの威圧感。
王の他に印綬の継承者もいるならば、真獣に乗っているのだろう。そうなれば、バルクス様と合流する前に捕捉される。
やはり、出来ることは一つしかないようだ。
「父上」
傍らで駆ける父に声を掛けた。
「これでは逃げ切れません。私たちが足止めをします、国の為にもマグネも逃がしますので、バルクス様と共にカルディナ関の防衛を頼みます」
言いながら、槍を横に向ける。
同時に、三列縦隊の中団が鋭く転回した。
従うは六十騎。私と共に国の為に死んでくれる忠義の者たちになる。
国の未来には、父上の統率力が必要だ。マグネの知恵が必要だ。私に出来るのは、僅かばかりの時間稼ぎしかない。
ならば、しっかりと足止めはさせて貰う。
狙うはエリス王国の王。漆黒の鎧に漆黒のマントを身に纏い、黒馬に跨るおまえだ。
王が狙われれば、さすがに他の者も父上たちへの追撃はできまい。
迫ってくるその王の前に割り込むように、騎士団が進んできた。この威圧感は印綬の継承者だ。
そう、このまま私たちを迎え撃つがいい。
思った瞬間、
「サラ、ラムザス。ここは構わない。予定通りに進出しろ」
深く通る声が耳を打った。
同時に目の前を塞ごうとしていた騎士団が駆け出す。
瞬時の動きに、こちらが間に合わない。
先頭を駆けるのは、真獣に跨った白銀の鎧をまとった少女。純白のマントを翻し、その手が細身の剣を抜いた。
たちまち騎士団と交差していく。
その途端、眼前にルクスの光が散った。
槍の穂先が断たれたのだ。
何だ。剣の動きを見ることも出来なかった。それに、あの圧倒的な威圧感、ルビル様の比ではなかった。
同じ印綬の継承者で、こんなにも差があるものなのか。
あれでは、まるで王ではないか。では、この王のルクスは、どれほどあるというのだろうか。
それでも、足止めはするさ。
断たれた槍を投げ捨て、剣を抜く。
その王を守るように、新手の騎士団が突っ込んでくる。
声にならならない雄たけびを上げ、私もその中に馬を突っ込んだ。
青いルクスが幾重にも瞬き、振るう剣に手応えがある。
しかし、それを見る余裕もなかった。騎馬同士がぶつかる重い衝撃に身体は揺れ、周囲の部下たちも血を噴き上げて倒れていく。
左右に剣を振り、その中を馬を押した。
これでも、リルザ王国の剣士として名は馳せてきたつもりだ。血と汗で身に付けた剣技は、私の誇りであり、心の支えだ。
撃ち込まれる槍を受け流しながら、剣を槍の柄に滑らせて行く。
槍を握る手甲の前でルクスが光り弾かれた。その弾かれた勢いのまま上に跳ね上げ首元で再びルクスが瞬く。
まだだ。
弾かれた剣を今度は振り下ろす。
今度はルクスが散り、火花と血が舞った。
さらに横に薙ぎたいが、左から来る槍に身体の向きを変え、剣を立てるようにして逸らす。
敵も慌てて槍を引き戻すが、遅い。
立てた剣を起こしながら、突きを入れた。
三連突きでルクスが散り、手応えが返ってくる。
しかし、これも四連撃目を送ることは出来なかった。
再び右から大きく振るわれてきた槍が見えたのだ。
それを剣で受けることはせず、身体を反らせて紙一重で躱すとそのまま剣を走らせる。
槍を振る騎士の脇、甲冑の防備がない場所に剣を撃ち込んだ。
だが、その突きは二連で止まる。
背筋も凍るような威圧感が、正面から叩きつけてきたのだ。
身体が、本能的な恐怖に反応する。
目を戻す先で、硬い鋼の音と共に吹き飛ばされる衛士が見えた。
次々と崩れていく衛士の間から、漆黒の騎士がゆっくりと進んでくる。
エリス王国の王、隆也王。
あのルクスに、私の剣は届きそうにもない。
いや、私の剣技の全てをぶつければ、ルクスを散らせるかもしれない。
「お前たちは下がれ」
叫びなら、馬を押した。
部下たちが敵う相手ではない。王の足止めならば十分にした。
ならば、これ以上命を散らすことはない。ここで死ぬのは、私で十分だ。
大きく剣を振る。
部下たちが、いや、迫っていた騎士たちも引いた。
正面にいるのは、隆也王だけだ。
「面白いな。こんなことは初めてだ」
何のことを言っているのか、王はそのまま進んでくる。
無造作に私の間合いに入ってきた。
馬を押し込み、すかさず剣を走らせる。
ルクスが幾重にも瞬き、周囲を青く染めた。
同時に、私は自分の口元に笑みが浮かぶのが分かる。無意識のうちに笑ってしまったのだ。
ルクスを込めて放った七連撃は、全て隆也王のメイスに止められたのだ。
次の瞬間、鈍い衝撃と共に視界は黒く染まった。
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