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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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リルザの旗を掲げよ

 

「第二軍は、通行の整理も出来ないのか」


 翌朝、街道の様子に、わしは吐き捨てるしかなかった。

 荷馬車は、右側通行に分かれてはいる。分かれてはいるが、相変わらず渋滞をしたままだ。

 その車列の間に僅かに隙間はあるが、街道を避けさせようとしても、これだけ詰まっていてはそれも出来ない。

 いや、その荷馬車の間を縫うように駆けてくる騎馬が見えた。


 馬上の衛士もこちらに気が付いたのか、

「先遣隊より、伝令」

叫ぶ声が聞こえる。


 騎馬はわしの目の前まで来ると、馬を下りた衛士が転がり込むように片膝を付いた。


「ダレス街道駅の前、街道には柵が築かれ、騎馬での侵入は叶わないとのことです。また、その柵も高く、一度に攻めかかれる衛士は数十人だとのことです」


 その乱れた声は、街道を荷馬車を避けながら駆け続けたことを教えている。

 しかし、エリスの軍は街道駅の前に防衛線を敷いたか。


「二重の防御陣ですか。そこを抜かねば、包囲も出来ません。それに、キルア関を含め、各関には門前に罠を仕掛けていたと聞きます」


 ネビラが考えるように呟く。

 しかし、わしが気になったのは、そこではなかった。

 そのわしの思いを代弁するように、マグネが口を開いた。


「ダレス街道駅までに行ったにしては、報告に来るのが早すぎるが、何かあったのか」

「はっ。街道に向けては第二軍の一部が進出中です。進出を優先するように、軍務大司長の名で、街道北部に封鎖指示が出ております」


 第二軍の一部が進出だと。


「第二軍を二手に分けて、北と西に向けたのか」

「そのように聞いております」


 馬鹿か。

 なぜ、集中運用をしない。第二軍には、三名もの軍務司長が指揮していると聞いた。分散など、愚策だとは気が付かないのか。


「先遣本隊は」


 マグネの問いに、

「指示通りに、こちらに合流するように移動しております」

伝来が答える。


 わしと同じことをマグネは感じたのだ。

 そう、予感だ。


「マグネ。どう見る」


 その言葉に、マグネはわしに向き直ると片膝を付いた。


「畏れながら、申し上げます。第二軍が北と西に向かったのならば、この周辺、キルア関周辺からの軍が抜かれたことを意味します。この短期間に、ダレス街道駅に防衛線を敷設したのが、第二軍を引き寄せて張り付かせるためならば、背後を抜かれるやもしれません」


 マグネの返答に頷き、ネビラを見る。

 ネビラは真剣な目をマグネに向けていた。

 昨日、マグネが席を外した後でネビラには伝えたのだ。


 階級、出自に関係なく、マグネから学べと。その思考を学び、理解する努力をせよと伝えたのだ。

 ネビラは我が子ながら、その剣技は素晴らしい。

 父親としての欲目なしに、この国で随一の剣士と言ってもいいだろう。しかし、剣技だけでは、国は支えられない。


 対して、マグネの知恵と知識は国を支えるほどに卓越している。

 やがて、ノルト家の血筋の良さでネビラも軍務司長にまでなろう。その時には、マグネを下に置かなければならない。

 そして、ネビラが軍務司長になった暁には、マグネが何を言っているのかを瞬時に理解をしなければならなかった。


 ネビラには学べとは伝えたが、それ以上を言ってはいない。

 マグネは利口な男だ。愚鈍な上役の元では自分の才が活かされることはなく、その才への嫉みにどのように処遇されるかを知っている。必然、マグネの口は閉じられてしまうだろう。

 今のままでは、ネビラの元でマグネが口を開くことはあるまい。


 マグネを仕えさせるには、それなりの知恵と知識が必要になる。それが出来れば、ネビラも軍務大司長への道が開けるはずだ。

 それに自ら気付かせるために、あえてそれ以上は言わなかったのだ。


「ネビラ、キルア関までの街道を駆け抜けられるように荷馬車を排せ」


 命じると同時に、わしはマグネに目を戻した。


「マグネ、西にはロメル公の第六軍が第八軍と共に孤立している。ロメル公はバルキア様の身内と聞く、バルキア様も天籍に移ったとはいえ、かけがえのない身内であろう。何か手はないものか」

「第六軍、第八軍には十万もの軍勢がおります。それに、守護領地の軍務大司長もおりますし、バルキア様の近衛隊も向かっておりますので、私共は直ちにバルキア様の守護に向かうべきではないでしょうか」


 答えながら、マグネも笑みを見せる。

 最初からわしにロメル公を救出する気がないのを知っているのだ。これは、あくまでも周囲に聞かせるためのもの。

 万が一、わしらの考えが杞憂に終わった時、バルキア様守護のために、この戦場から離脱をしたという名目の為だ。

 しかし、わしの予感はよく当たる。そして、マグネも同じ予感をしている。すぐにでも、ここを離れなければならない。


「総員、先遣隊が合流次第にここを移動する。単縦陣で一気に駆け抜ける。街道を空けているネビラに連絡、ルビル様に遠隔書式。宛はバルキア様だ。至急の報告有り。夕刻、リルザ王国旗を掲げ館に向かうために、表まで出てきて貰いたいと記すように伝えろ」


 そのわしの横に、マグネが立った。


「バルキア様が、表まで出られなかったら如何いたしますか」

「状況によろう。しかし、キルア関の維持には早急な第一軍の展開が必要だ」


 わしもマグネを見る。


「ダレス街道駅で防衛線を敷き、罠を仕掛けようとも、長くは支え切れないことを知らぬ相手でもあるまい。ならば、第二軍を引き寄せると時間を置かずに動くはずだ」

「しかし、本当にそのように動くのか、正直疑念も浮かびます。そこまでの知恵者が居るのか」

「一日で、こちらの十万を殲滅し、街道駅を分断して二十万もの軍を孤立させた。わしらの今までの常識では、考えることも出来ないことだ。その相手が、ここで終わらせることがないと考えたからこそ、マグネも最悪の事態を想定をしたのだろう」

「はい。私ならばキルア砦を奪還して、残り五万の第二軍も孤立させると考えました。ですが、これにも問題があります」


 マグネが考え込むように天を仰ぐ。


「関を落とす軍をどう動かすか。この街道を進むようならば、そこで叩かれるだけだろうな。しかし、どう動かそうとも先にわしらがキルア関に入り、固めてしまえば問題はない」

「仰る通りです。では、私の隊が最後尾を受け持ち、エリス側の城門を支えます」

「任せる」


 言いながら、わしは引いてこられた馬に手を掛けた。

 あくまでも任務は現況の確認だった。その為に、ここに率いてきたのは百名ほどに過ぎない。

 わしの隊の精鋭とはいえ、これではエリス王国がキルア関の奪還に軍を動かせば、支えきれるものではない。


 わしの率いる衛士とキルア関の守備隊をマグネにまとめさせて守備を固め、わしは単騎でバルキア様に第一軍の即時進出を依頼しなければない。

 もっとも、それはわしらの想定通りにエリス軍が動けばの話だ。

 動かないようであれば、罠があろうとも第一軍を動かせば、街道はこちらが奪還できる。孤立した四個軍も解放させられ、エリスの王宮まで攻め入ることも出来る。


 その時の状況に合わせて、バルキア様への口上を変えればいいだけだ。

 わしは馬に乗った。

 南に向かう街道は、荷馬車が寄せられて開かれ始めている。


 鎧に身を固めた七十名の衛士も槍を手に馬に乗っていた。

 さて、本当にエリス軍はどう動くのか。

 手綱を操り、馬の向きを変える。


 もし、わしらの想定通りの動きをしても、紙一重でキルア関は護られる。

 その功がバルキア様に捧げられるのは業腹だが、ルビル様も安心されよう。

 同時に思うのは、エリス王のことだ。


 名は、タカヤ王と聞いた。噂では、伝説でしか聞いたことのないラミエルを討伐した英雄王で、創聖皇が用意された王だという。

 本当にそのような王であるならば、羨ましいとも思う。

 この戦の手際、わしの常識が根底から覆されたのだ。


 攻め込んだ外東守護地に民はほんと見られず、ほぼ全ての民を避難させたという。

 荒廃した国土では城塞都市にも食料の備蓄がなく、商業ギルドの保管食糧以外は全てをリルザ王国から運ぶしかなかった。

 四十万もの軍勢は収容する場所もなく、分散させるしかないうえ、伸びた補給線は各地で叩かれ、幾つもの街道駅や城塞都市は、落とされては奪還を繰り返したという。


 それだけで、軍は負荷を掛けられて疲弊するしかないのだ。

 それを考え、軍を手足のように動かすタカヤ王が、それを頂くエリス王国が羨ましいと思った。

 そして、国同士の戦いが、ここまで大変なものになると思いもしなかった。


 息を付くわしに、

「ノルト様、先遣本隊が戻って参りました」

マグネの声が掛けられる。


「そうか、ではすぐに出発する。マグネ、王国旗を掲げさせよ」


 わしは馬の肚を足で押し、それを進めた。



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