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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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ノルト軍務司長

 

「父上」


 ネビラの呆れた声に、わしも頷くしかなかった。

 街道は荷馬車が溢れ、騎馬も動くことが出来ない。


「ダレス街道駅が落とされ、引き返す輜重隊と近隣の軍に送る輜重隊、それに本隊からの輜重隊で収拾が付かないようです」


 傍らからマグネが応えた。


「収拾が付かない、何だそれは」


 西と北で瞬く間に二軍が殲滅させられたのだ。バルキア様の指示で、北の状況確認と第六軍の再編成に急がなければならない。


「ダレス街道駅が落とされたことも知らないぞ」

「つい先ほど、伝令が来たところです。この街道の状況では、伝令も思うように進めないようです」


 何が伝令だ。

 遠隔書式が高価なのは分かるが、ここでは情報の価値が違う。何千、何万もの命に係わるのだ。

 せめて千人隊長には遠隔書式を持たせるべきだろう。


「分かった。対応を考えねばならん」


 北がこの状況ならば、西も同じことだろう。

 向こうには、バルキア様直隷の近衛隊が動いているはずだ。正直、関わる義理も余裕もない。


「マグネ、隊から輜重隊誘導の衛士を出せ、先遣隊も編成して街道の状況確認とダレス街道駅の状況確認を急がせろ。ネビラ、第二軍の軍司長に通行誘導の交代を依頼。王国と同じように荷馬車は街道の右側通行を基本とする」

「軍の移動用に中央を空けさせますか」

「いや、この街道の狭さと荒れ具合では無理だな。軍の移動時には荷馬車を道路脇に停めさせる」

「承知しました。直ちに動きます」


 二人が駆け出すのを見送り、わしも馬を下りた。

 さて、ここまでの状況とは思いもせなんだぞ。義の印綬のルビル様から、バルキア様の補助を命じられたが、ここまで酷いとは。

 わしは近くの岩に腰を落とす。


 ダレス街道駅と言えば、この二駅先のはずだ。そこが落ちたとなると、街道は分断されて第六軍は孤立しかない。いや、そこから先に進出をしているはずの第三軍も怪しいものだ。

 各拠点に幾らかの食料はあるだろうが、それも直ぐに尽きる。平民中心の軍では、統制も効かないだろう。


「ノルト様、衛士を出しました。ですが、輜重隊の誘導にはしばらく掛かりましょう」

「第二軍に、遠隔書式での依頼を送りました」


 マグネとネビラが同時に帰ってくる。

 二人ともまだ若い軍務司士だ。

 ネビラはわしの息子で、我が王宮公貴ノルト家の名を継ぐ者だが、マグネは辺境の下級公貴に過ぎず、二種政務官でしかない。


 しかし、マグネのルクスは強く、その思考は深かった。正直、ネビラの上を行く逸材だ。出自が良ければ、軍務大司長まで昇り詰めるはずだ。

 ゆえに、わしは手元に置いた。

 その才を伸ばし、わしの知恵袋に、ゆくゆくはネビラの補佐にしたいと思っている。


「この状況、ネビラはどう考える」

「はい。まずはダレス街道駅の奪還かと考えます。第三軍と第六軍と連携し、ダレス街道駅を攻めるべきと考えます」


 ダレス街道駅の奪還か。

 もちろん重要なことではある。あるが。


「マグネはどう見る」

「はい。エリス王国はダレス街道駅を取り、街道を分断しました。それも、この近い場所です。なぜそこなのかを考えるべきかと思います。第二軍でダレス街道駅を包囲し、まずは街道の奪還をすべきでしょう。問題は、アセットからの連絡がないことです」


 そう、ダレス街道駅は包囲だけでいい。

 敵が打って出れば、そこを数で叩けばいい。第六軍は分散して集落や町にいるはずだ。集結できる場所も厳しいのならば、守備に徹するしかない。

 第三軍も同じだ。


 そして、アセット。

 一切の連絡が途絶えたのは、エリスのアセットに潰されたとみるべきだ。

 ダレス街道駅から先の状況は不明のままになる。


「どうして、ダレス街道駅なのか」

「街道の先には、ラウル関の軍とエリス王の軍がいると聞きました。街道を抑え、各街道駅を混乱させると同時に、打って出る衛士を各個撃破するための軍が、ダレス街道駅まで伸ばせるということではないでしょうか。どれほどの軍勢かは不明ですが、こちらは軍を連携しなければ、それぞれ潰されるだけです」


 マグネの言葉に頷く。

 狭い街道には軍を展開できない。各集落や町に入ってしまえば、数の有利はなくなったと同じだ。

 エリスの軍は、総勢十万と聞いた。半分を割いたとしても五万だ。


 第六軍の五万に、第三軍の五万。それに第二軍を併せればさらに五万だ。

 しかし、この街道を整理しなければ、軍の移動も出来ないか。


「では、わしらはそこのバニス集落に入る。街道の整理と先遣隊が戻り次第にダレス街道駅まで進出する」


 言いながら、馬を置いて足を進めた。

 集落だから、百五十戸の家があることになる。四人づつ入れば、二十五戸で隊の衛士は収容できる。

 すでに先客はいるだろうが、譲ってもらうさ。

 荷馬車の誘導も何両もの荷馬車を壊して街道から出さなければ、動きようもないのだから、明日までは掛かるはずだ。


 集落に入るとその中の様子に、足が重くなるようだ。

 通りには平服の男たちが、車座になって林檎酒を煽っている。その奥では、コインを手に博打を行っている者たちまでいる。


「これは」


 ネビラの驚いた呟きだ。


「これが、ルビル様の直隷軍とは。この戦いは駄目かもしれんな」


 わしも重い息を付いた。

 七割を平民が占めるとはいえ、ここまで秩序を失えば軍とは呼べない。

 その通りを進み、集落の中心に進む。

 見えてきたのは、広場と長老の家だ。家の前には、いるはずの歩哨すら見えない。


「衛士十人で、全周警戒」


 マグネが追随する衛士に言いながら、先に立って建物に駆け寄った。

 そのまま大きく扉を開き、わしが入れるように表に立つ。

 そう、軍とはこうあるべきなのだ。


 わしはそのまま足を進めた。

 家に入ると政務服を身に付けた五人の男が赤ら顔のまま座り込んでいる。

 これが、正規の軍務司士か。


「礼を示せ、ノルト軍務司長の来訪だ」


 間髪入れずに、ネビラの怒声が響いた。


「こ、これはノルト軍務司長」


 男たちが鈍い動作で立ち上がりながら、礼を示す。


「ここは、ルビル様の直隷第二軍ではないのか」

「そ、その通りです」


 奥に立つ軍務司士の返事に、わしはすぐ側の椅子を蹴り倒した。


「なんじゃ、これは。これが軍と言えるのか。直ちに全員で街道の整理に当たれ。わしの衛士が荷馬車の誘導をしているから、それと替わってこい。直ちにだ」


 怒鳴り付けると、奥へと足を向ける。


「ネビラ、ルビル様に連絡。軍の綱紀を立て直す、一任されたし」

「承知しました」


 ネビラが遠隔書式を開くと、慌てたように軍務司士たちが部屋を出て行く。


「ったく、これは酷すぎるな」


 テーブルの上の樽をどけた。


「ここも正規兵三百に、平民七百です」


 声を掛けてきたのは、マグネだ。


「移住者を同行させ、戦力としても併用するというバルキア様のご計画では、無理があり過ぎました」

「軍規の逸脱か」

「それだけではありません。混乱すれば簡単に逃走し、それは踏み止まる正規の衛士も巻き込んでしまいます。殲滅させられた二軍も混乱してパニックになった平民の暴走のように思われます」

「確かに、そうでなけば殲滅などは考えられん。それに、これだけの軍勢になればその補給だけでも手に負えなくなる。では、どう立て直す」


 衛士たちが酒樽やカップを片付けるのを見ながら、わしは椅子に座った。


「この状態では、軍の再編は無理でしょう。ならば、正規軍のみで編成された独立の軍を新たに編成し、ノルト様の指揮下に置くしかないのかと考ます」


 なるほど、マグネの言う通りだ。今の軍から正規衛士の一部を引き抜き、わしの元に集約させるか。


「では、それはマグネに任せよう。あのバカ軍務司士から衛士を引き抜け。街道の整理も明日の朝には出来ていよう。明日の早朝にここを出る」

「かしこまりました」


 礼を示すマグネに手を上げ、わしはネビラに目を移した。



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