国の変革、心の変革
「では、わたしはこのまま隆也王に同道すればいいのだな。ダレス街道駅の守備と周辺制圧もあるから、連れていけるのは二千ほどだ」
サラの言葉に頷く。
ラムザスの二千を併せて四千。当面は事足りる。
「主上、それではロークも合流をさせてはいかがでしょうか」
カザムが傍らから言う。
ロークか。確かに、何かを感じさせる男だった。
カザムはおれ以上にあの騎士を買っているのだ。カザムの目ならば、間違いはないだろう。
「分かった。ロークも呼ぼう。連絡はカザムに任せる」
「承知しました。近くにいるようなので、直ちに呼びましょう」
カザムと入れ替わるように、サラが身体を向けた。
「それで、向かう先はどこだ」
「リルザ王国に逆侵攻する。国に入ったリルザの軍をそのまま呑み込む」
おれの言葉に、サラが手にしたパンを落とす。
「ちょ、ちょっと待て。以前にリルザに侵攻するとは聞いたけど、国内の敵を掃討してからではないの」
「この周辺のほぼ全ての集落や町にまで、リルザの軍は浸透している。それを一つづつ潰すのか、それこそ時間と兵力の無駄だ」
「ですが、王」
ダリアの顔も上がった。
「街道はアレクの軍とラムザスの軍で制圧をする。同時に各街道駅の中間位置に、収奪資材の置き場と兵の駐屯地を工兵に造らせる。それで、補給路は完全に掌握できる」
それにより、街道駅から打って出てきた敵にも兵を素早く離合集散出来る。有機的に兵を動かせるのだ。
相手は引きこもるしかないはずだ。
「いや、それでも敵は二十五万近くいるぞ。アレクとラムザス、それにわたしとシルフの軍よりも五倍は多い」
「統制され、連携する軍が相手ならば、こちらは逆包囲されてしまうな。だが、統制されない二十五万もの軍が、補給もない中で連携できるのか。こちらは街道駅から一つづ潰していけばいい」
おれの言葉を受けるように、
「その為に、主上はラウル関とナオル関で賭けに出ました。動かせる最大戦力で、戦慣れをしていないリルザの軍への痛烈な一撃です。この一撃で、リルザの軍に動揺が走り、迂闊には動けない状況を作り上げたのです。さらに、我が軍がリルザに侵攻したとなれば、残された敵は動けなくなります」
カザムが静かな声で続けた。
なるほど、確かにおれは説明が下手だな。自分が分かっていることは、相手も理解していると思ってしまう。
「確かにね。それで、侵攻するとは、どう攻めるの」
サラが息を付く。
「潜んでいるルーフスたちでキルア砦を奪還する。その後で輜重隊に偽装をしたおれたちでリルザのキルア関に入り込み、落とす」
「そこには、どれほどの軍勢がいるの」
「リルザの智の印綬、バルキアの率いる第一軍になります」
答えたのはカザムだ。
「リルザの一軍は、五万よね」
「はい。ルーフスからの報告では、そこは補給品の集積拠点にもなっておりますので、砦にいるのは百足らずの本陣のみ。他の兵は周辺に分散しております」
「報告って、そこにも忍び込んでいるの」
「はい。襲撃時にはリルザ側の門を閉鎖し、敵を完全に分断する必要がありますので」
カザムの返事に、サラが呆れたように手を振った。
「もういいわ。すでに準備は出来ているのね。それで、隆也王。ルクスの上級学院と研究所は、どういうことなの」
「ルクス学の留学生が帰るには、しばらく時間も掛かる。しかし、それまでにルクスの拠点作りを行う。上級学院と研究施設の併設だ」
「それを作れってことね」
サラが疲れた目を向けてくる。
「予算はもうないわ」
「予算は気にするな。リルザの戦争賠償を当てる」
「もう勝った気なのね。いいわ、リリナ」
サラの声に、政務官が駆け寄ってきた。サラの秘書官だ。
「聞いたでしょ。アルミス鉱山の近くに、上級学院と研究施設の場所を探すように教育司に伝えて。予算は考えるなともね」
「し、承知、しました」
教育司に連絡ならば、ちょうどいい。
「ついでに、国定教科書の作成を急がせてくれ。全ての学院で同じ教科書を使い、地域ごとの差がないようにしたい。就学修士の全員に配布をするから、印刷の手配も必要になるし、印刷技術の向上も必要になる」
おれの言葉に、リリナが直立不動の姿勢を取った。
そんなに、畏まらなくてもいいだろうに。
「サラが管轄する技術開発司にも連絡を頼む。印刷機器の製作も準備を含めれば時間がないから、半年以内に目途をつけるようにな」
「で、ですが、技術開発司は、農具の開発に集中しています」
「技術は交錯し、繋がるものだろ。並行して進めるように伝えてくれ」
おれの言葉に、
「分かっただろ、リリナ。皆をこき使っているのはわたしではない、隆也王よ。この王は、他国が百年を掛けてする改革を一年でする気なの」
サラが天を仰いだ。
「一年、一年で更にこの国は生まれ変わるのですか。王様が立ち、エリス王国は変わりました。隆也王になり、変わりました。今までは女性というだけで、二種の政務官にしかなれませんでしたが、私は王宮政務官に抜擢されて、弟たちは無償で学院に行けています」
反対に、リリナの声に感情が溢れ、一気に口にする。
「公貴は廃止されて、民は自由になりました。農地が回復するまで租税も免除されて、代わりに与えられた仕事で食事にも困っていません。もっと良くなるなら、私たちは頑張れます」
輝く目を向けられ、おれは心が軽くなるのを感じた。
やっていたことに間違いはなかった。
人も予算も綱渡りのような施策だが、ぎりぎりの食料供給に、この戦だが。おれは民の為になっているのだ。
ボロボロに荒れた国土と疲弊し切った民たち、それでも付いてきてくれているのだ。これほどの喜びが、どこにあろうか。
サラに目を向けると、天を仰いだままだ。
そのおれに、
「主上、ロークが参りました」
カザムの声が掛けられる。
カザムの視線の先に目を移す。
旧街道の奥から来るのは、簡易なリルザの鎧を身に付けた一団。
しかし、その貧弱な鎧とは反対に、彼らの姿は威風堂々としている。ルクスは真っ直ぐに輝き、自身に満ちた顔だ。
以前に会ったロークとは、別人にさえ思える。
「人は変わるものだな」
「戦場は、単純な命のやり取りです。人の本質を露にし、良い方にも悪い方にも著しい成長を促します。主上がそうだったではないですか」
確かに、刃の下を潜るということは、余分なものを剝ぎ取ってしまう。剥き出しの自分が出る。
無意識のうちに被っていた仮面が剝がれた姿が、このロークの姿なのだろう。
彼らは目の前まで進んでくると、その場に片膝を付いた。
「ダリア、ラムザスに至急文を」
おれはそれを見下ろしながら、ダリアを再び呼ぶ。
「近衛の中にも桜の木は一本あり。四十輪の花を咲かせた桜、名をロークという。近衛解散の書にこれを明記し、功大なりとおれの名で示せ」
言い終えると、
「お言葉、感謝致します。このローク、やっと覚悟を知り得ました」
深く通る声で一団は深く礼を示した。
「顔を上げろ。近衛は解散させたが、新たに直隷の親衛軍を組織する。第一隊をロークに任せるから、おれに続け」
「承知致しました」
真っ直ぐにこちらを見上げる目にも、曇りはない。
それに、向かう先も聞かないのだ。信は置ける。
「近衛の鎧はあるか」
「はい。部下をこの格好では死なせたくはありませんので」
「では、特別に近衛の鎧の着用を許可する。キルア砦の奪還に近衛の有終の美を飾れ。ここからは急ぐ、先に食事を済ませよう」
おれの言葉に彼らが立ち上った。
鍛え抜かれた精鋭のようだ。これならば、背を預けられる。
やはり、カザムの目は間違いがなかった。
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