裏街道
森の小道は柔らかな風が吹き抜けていた。
周囲には倒木も目立つが、その地面からは新たな芽が幾つも顔を出している。森は再生を始めているのだ。
馬を引きながら歩む小道も草に覆われそうに思える。
「主上、この先で裏街道に出ます」
先に立つカザムが振り返った。
裏街道。旧街道とも呼ばれる、今は使われていない古の道らしい。
「そこは大丈夫なのか。リルザに抑えられてはいないのか」
「問題ありません。裏街道は隠匿され、迷いの結界があります」
「迷いの結界、何だそれ」
「レイム様が、リルザ王国との戦の前に張られたものです」
レイムが、それをしたのか。聞いていないぞ。
「自分たちが連絡網の構築をしている時に、来られました。最初は働き過ぎだと文句を言いに来られたようですが、現況をお伝えすると幾つもの聖符を出して下さいました」
「それが、迷いの結界というやつか」
「はい。裏街道に等間隔で仕込んでいくと、解除の聖符を持たない者は、その道に辿り着けなくなります」
何だよ、それは。とんでもない魔法使いじゃないか。
だけど、レイムのことだから恩着せがましくおれに言うはずではないのか。
「恩の売り方をよくご存じの方のようです。主上以外には、皆に解除の聖符が渡されました。自分も必要になるまでは主上には伝えるなと釘を刺されました」
その言葉に、おれは笑うしかない。
確かにそうだ。これは、この戦の切り札になる。
分散して街道を進むか、獣道のよう森の中の道を通るしかないと考えていたのだ。
同時に、リルザの軍がここを通れないということは、分散して占拠した集落や町に移動するにも、大きく迂回するしかなくなる。
それを,この状況を打開していてくれたとなると、大きな借りを作ったことになる。
「仕方ねぇな。レイムにも報わないといけなくなった」
「おかげで、この戦。山は越えました」
カザムが笑みを返し、小道を出てより大きな道に出る。
ここが、旧街道のようだ。
大きな賭けはこの先にあるが、カザムの言う通りそこまで気取られることなく進出できれば、勝ったも同然だ。
「ルクスというのは、使い方では凄まじいものなのだな」
「そうですね。あのアムルという賢者殿は、何もない中空で爆発を起こしたと聞きました」
中空で爆発。何もない空間で爆発って、どういうことだよ。
「外北にあった水晶鉱山もそうでしたが、掘削用に爆発を使います。その応用ではないかと思います」
「応用って」
確か、この世界で最初に妖獣に襲われた時、サラ達が屠った妖獣を聖符を使って燃やしていた。自然発火で、妖獣自体が燃え出していた。
それに、レイムは指先の空間に火を出していたな。
しかし、空中で爆発かよ。本当に、魔法じゃないか。
「そう言えば、カナンに言われたな。ルクスは願いと思いで発動すると」
「願いと思い、本来は聖符で発動するのではないのですか」
「願いと思いで発動するルクスの力を、聖符は誰でも使えるように図象化したものではないのか」
「誰でも使えるようにあるのが、聖符ということですか」
「それも、ルクス学を学んだ留学生が帰ってくれば分かるさ。この国にもルクス学の学院が必要だ」
問題は、ラルク王国が留学生に対してどこまでルクス学を開示するかだ。
エリス王国の国体と同様に、ラルク王国にはルクス学が他国に対して大きなアドバンテージなる。機密事項にされても文句も言えないほどだ。
学院だけでなく、独自に研究するための施設と人材が必要になる。
それには――。
おれは顔を上げて旧街道の先を見た。
小道の先で真獣を下りて立っているのは、サラだ。
さすが疾風のサラ、ここまで先行していたのか。
しかし、十日程度合わなかっただけで懐かしく感じるのは、なぜなのだろう。
おれが馬を進めると、歩み寄ったサラがその手綱を抑える。
間近に見るその貌が眩しく、
「ちょうどいい、ルクス学の上級学院と研究施設を作る。場所は水晶鉱山の近くがいいな」
それを隠すように思わず口にした。
途端に腕を引っ張られて、落ちるように馬を下りる。
「隆也、王。再会早々に、それはないわよね」
「い、いや、元気そうでよかった」
言うと同時に、鎧の首元を掴まれ、
「もっと無事な再会を喜べ。わたしは心配したぞ」
耳元で言われる。
周囲で礼を示す兵たちに聞かれないようにだろうが、近いって。
「とにかくだ。隆也王たちも強行軍で疲れているだろう。食事を用意している」
言いながら、サラが再び腕を引っ張った。
その先には、小道に置かれた倒木が見える。いや、倒木をテーブルと椅子代わりにしたものだ。
テーブル代わりの倒木には、食事が並べられている。戦時食の硬いパンとスープではない。
「凄いな、これほどの補給が届いているのか」
「いや、これはリルザの輜重隊から奪ったものだ」
サラが笑った。
「アベルたちの補給の分断か」
振り返ってカザムに尋ねる。
「はい。ですが、その中にはロークたちの収奪品もあります」
そうか、ロークたちも順調にその責を果たしているのだ。
「それでだ」
サラが先に立って進み、倒木の椅子に腰を下ろした。
「戦況を教えてくれ。遠隔書式では文字数の制限があって、よく分からない」
「順調だ」
おれも促されるままに横に座る。
「アレクの軍がラウル関で敵の第四軍を殲滅し、ラムザスの軍はナオル関で敵の第七軍を殲滅した。シルフは南部の反乱を制圧し、ラベルス街道駅を抑えて街道の補給路の分断をした」
「そうか、わたしの軍もダレス街道駅を落としたところだ」
ダレス街道駅。
「懐かしいな。あの公設浴場があった街道駅だな」
「そう、あのダレス街道駅だ」
その街道駅に来たのは、この世界に来て最初に妖獣に襲われた後だ。
あの時は、死を初めて意識して恐怖に震えた。
「それでは、こちらの街道も分断したのだな」
「ゲリラ戦とか言う神出鬼没な戦術で、リルザの兵力も分散されたからな」
言いながら、サラがおれの前にスープを置いた。
肉と野菜の入ったシチューを思わすスープだ。
「リルザの食料は潤沢なんだな」
「各商業ギルドからの援助もあるのだろう。うちとは大違いだ」
「食料だよな。ダリア」
おれは馬から降りるダリアを呼ぶ。
「は、はい。如何されましたか」
ダリアがすぐに駆け寄ってきた。
「内務司に連絡。キルア砦の側に馬夫を集めるように、全国から徴発した馬のうち、農耕馬を優先して返還する。あわせて警務司に連絡。投降するリルザの兵は随時、各警務支所に送る。内務司と調整の上で農地の整備に当たらせよ」
「荒れた農地の整備に捕虜を使うか」
慌てて遠隔書式を取り出すダリアを横目に、サラが呆れたように言う。
「当然だろ。国を荒らしたのだ、その責は取ってもらうさ。それに整備だけではない。開墾も必要だからな」
「捕虜の身代金も取るのだろう」
身代金、何だそれ。
「取らないよ。捕虜は四つに分類する。一つは仕官クラスと兵卒クラスだ。もう一つはルクスの汚れ具合で分ける」
「分類をしてどうするのだ」
「ルクスの汚れの酷い者は、直ちにリルザ王国に帰す。精々、自分の国を荒らしてもらうさ」
言いながら、おれはスープを横に置いた。
「それより、せっかくだ。今後の動きを精査しよう」
「ここで、今から軍略会議か」
時間があるのだ、当然だろう。
おれは騎士たちを整理するカザムを呼んだ。
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