重商連合
「セリからの連絡は何だ」
ペンが下がる遠隔書式をフレアが覗き込んでくる。
重商連合の連絡所で話すことではないが、気になっているフレアが大人しく引き下がることはない。
「ナオル関の防衛戦で、ラムザス様が率いる一万五千の兵が、五万のリルザ軍を殲滅したようです。ラムザス様の軍は数人の負傷者だけらしいです」
僕の言葉に、フレアの目が見開かれた。
身体を押し付けながら、小さな紙に目を落とす。
同じですよ。僕もこの内容に驚きしかありません。
「さらには、ラウル関でも同じようにアレク様が一軍、五万を殲滅したようです」
溜息と同時に言う。
合わせて十万だ。リルザ王国は十万の兵を一気に失ったのだ。
「どういう戦いなのだ」
「詳細は、手元の紙に記しているそうです。遠隔書式では、内容が多過ぎて送れないとのことでした」
「セリを残しておいたのは、正解だったな。セリは細かい所まで見られるからな」
「そうですね。ですが、話はここまでです。これから、重商連合への聞き取りをしませんと」
僕は遠隔書式の箱を閉じた。
「聞き取りか。吾は喧嘩になってもいいぞ」
子供のように言う。
「それよりも、ここの統括者が来ますよ。陛下が話すほどの相手ではありませんので、聞きたいことがあれば僕に言ってください」
「分かったわよ」
フレアがため息を付いて、背もたれに身体を預けた。
目を移したのは、壁に掛けられた絵画のようだ。
確かに、この部屋の装飾には目を見張るものがある。
下等に見ているエルグ種のそれも一地方の連絡所に過ぎないはずだが、外北公領主館よりも豪奢だ。
これでは、招かれた公領主は圧倒され、交渉にも主導権を取られてしまう。
しかし、それでも王宮とは比べようもない。フレアも絵に興味を引かれただけだ。
わずかに時間を置いて、扉が開かれる。
入って来たのは、僕と同じエルミ種の老人だ。そのルクスには黒い靄が掛かっている。
同じようにルクスの汚れた四人の使用人が続き、深く礼を示した。
「これは、女王陛下に賢者様。不意の御訪問、如何されましたか。わたくしは、当連絡所の統括責任者、フライドと申します」
声を聴きながら、僕はルクスを開放した。
フレアのルクスに僕のルクスだ。膨大なルクスは物理的な力をもって部屋を大きく軋しませ、壁に掛けてあった絵画を落とす。
「不敬です、フライド。まずは、女王陛下を待たせたことへの謝罪でありましょう」
「し、失礼いたしました」
フライドがルクスの威圧感に崩れるように、片膝を付いた。
「用件はただ一つです。直ちに、重商連合が奴隷として国から連れ出した民の一覧を提出しなさい。証明書を揃えて全てです」
静かな声をその頭上に落す。
「な、何をおっしゃいますか」
ルクスに抗うように、フライドの顔が上がった。
「商業ギルドには、商売の自由が認められているはずです」
「与えられているのは、正規の取引における自由だ。盗品のましてや誘拐された子供の売買などに自由はありません」
「そのようなことはしておりません。全て正規に買い取ったモノです」
フレイドのモノという言葉に、フレアの眉が上がる。
「ならば、直ちにその証明をしなさい。購入リストと共に売買契約書と領収書、許可証を全て提出しなさい」
「それは、メルト公領主様のご決裁を受けたものを確認しております」
「知っているはずですよ。メルトはすでに捕縛しました。誘拐による人身売買の罪です」
僕の言葉に、フライドの顔に安心した表情が浮かぶ。
どうして、彼らはこうも単純なのだろうか。それでは、メルトと裏で繋がっていたというのが、明白ではないか。
「わたくしたちは、正規の手続きを踏んで購入をしております。それがメルト様が偽造されていたというならば、知る由もございません」
「それを証明するためにも、書類を提出せよと言っているのです」
「そこが分りません。メルト様が偽造したならば、わたくし共も被害者です」
フライドが立ち上がった。
ここまで拒否をするというのは、こちらの要求を呑むことは出来ないのだろう。
書類に不備があるか、人数と書類が合わないか。
どちらにしても、重商連合がこの一連の誘拐に関わっていたのは、間違いはない。
問題は、重商連合全体が関与しているのかどうかだ。
「商業ギルドの規定では、盗品と分かっていて購入をした場合、速やかな返還と賠償が発生するはずです。これは依頼ではありません。命令です」
「その捜査権は、国にはないはずだ。盗品に関しては、商業ギルド間の捜査と裁定になる」
血走った目を向けてくる。
「いえ、王宮の至宝に関する項目で、国に捜査権は発生します」
「至宝だと。奴隷のどこか至宝なのです」
フライドの問いに、僕は杖をもって答えた。
硬く鋭い音を響かせて、細い杖は分厚い机に突き刺さる。
フレアから貰った木の杖は真っ直ぐに机を貫き、鈍い光を反射させた。
「まず、子供は国家の宝です。それに、その中の一人に僕の修士もおります。王宮で国を担う期待を掛けた至宝の少年です。その少年が攫われ、売られた以上は国に捜査権があります」
その音とルクスに腰を落としたフライドが、
「何ですか、その理屈は」
小さな声で反論して来る。
「奴隷はモノではありません。人です。あなた方はそこから間違えています」
「い、いいでしょう。すぐにまとめて十日以内に提出しましょう」
返事を聞きながら、僕は立ちあがると、
「すぐに従えば、ある程度の譲歩はこちらもしたでしょう。しかし、このやり取りで僕には確信が生まれました」
机を回ってフライドの横に立った。
「後は、確証を得るだけです」
そのまま、フライドの頭に手をかざす。
沸き上がり消えていく記憶。
見るのも嫌な記憶ばかりだ。そして――。
「な、何を」
「重商連合の連絡所は、現時点をもって閉鎖します。職員は全て拘束し、尋問を行います」
言いながら光球を出すと、窓から空に向かって打ち上げた。
これで、外に控えたジュラたちが衛士を率いてここを制圧する。
「商業ギルドを敵に回すのですか。万国共通儀典を踏みつけるのですか」
「この国は国の宝を盗まれ、王宮の至宝を壊されても黙っているような腰抜けではありません。どんな相手でも許しはしません。それに、共通儀典は国家の商業においての記載はありますが、一地方の連絡所には記載はありません」
僕の言葉と同時に、フレアが立ち上がった。
燃えるような瞳でフレイドを一瞥すると、その足を出口に進める。
「マスターに連絡をしなさい。子供を誘拐をして奴隷売買をしたことが、露見したと。すぐに、何らかの回答持って来ないと大変なことになると」
「待て、どういことだ」
僕は机に突き立てた杖を引き抜き。
「言葉通りです。ラルク王国は重商連合を商業ギルドとは認めず、この国におけるすべての商権から除外します」
胸元に収めた。
喚きたてるように騒ぎ出すフライドに背を向け、僕もドアを出る。
広い廊下の窓際に立ち、押し込んでくる衛士たちを見下ろしてるのはフレアだ。ここで待ってくれていたのだ。
「誘拐に関与したのは、重商連合です。あのフライドは、セリくんをどこに売ったのかは知りません。知っているのはマスターでしょう。」
「そうか」
フレアが溜息のように答える。
「そのために、マスターの呼び出しだな。しかし、重商連合はこの外北にしか拠点はない。除外をしても向こうに痛手はないだろ」
「痛手は大き過ぎるほどにあります。商業ギルドと認めないということは、この付近を通る重商連合の船舶は全て無国籍の不審船です。拿捕し、沈めるもこちらの自由です」
僕の言葉に、フレアが窓から目を離した。
「そのために、マスターは来ざるを得ないのね」
「そういうことです。ここはジュラ殿に任せて、僕たちは王宮に急ぎましょう」
「そうだな。だけど、連れ帰った奴隷を夜まで待って移動させてのは良かったな。あいつらも気が付いてはいなかったようだ」
後ろからフレアの小さな溜息のような声が聞こえた。
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