殲滅
遠くから響いてくる怒号と喊声は、地を震わすようにすら感じた。
戦場の音だ。
地の喧騒とは裏腹に、澄み切った青空を黒い線が駆け上がっていく。高い笛の音は、後から聞こえてきたように感じた。
「隆也王、敵は第一門に張り付いたようですね」
アレクの声は、ゆったりとして余裕を感じる。
「そうだな。街道に向かった一隊はどうだ」
「第二陣に両翼から撃ち込み、敵は崩壊しつつあります。すぐに友軍は撤退をしますが、敵の立て直しにはしばらく時間が掛かりましょう」
答えたのはカザムだ。
「ならば、背後の心配はいらないな。偽装の第一門が破られるのも時間の問題だ。おれたちも準備するぞ」
そのまま街道に出る。
遅れて背後から、カザムも馬を曳いて林から出てきた。
いや、カザムだけではない。一斉に林から出て来たのは甲冑に身を固めた馬を引いた騎士たちだ。
街道自体が広いものではない、並んで進めるのは三騎までだ。その為に、おれの後ろにはとてつもなく長い列が出来ていく。
「それでは、いくか」
おれは鐙に足を掛け、身体を引き上げた。
毎回、鎧を着て馬に乗るのが大変なんだ。
おれが身体を安定させるのを見計らったように、空を引き裂く鏑矢が二本の黒い線を伸ばしていく。
第一門が破られた合図だ。
本来の城壁よりも前に築かれた低層城壁は偽装の第一門に向かって絞られるように築かれ、第一門からは本来の城門である第二門まで、再び広がって真っ直ぐに伸びている。
しかし、その第二門の前には鉄の柱が鉄の格子を支え、開かれた門には辿り着けないようにしていた。
そう、ここは大きな罠になっていた。
空に放たれた鏑矢に、おれが合図をする必要もなく全員が馬を駆けだす。
街道を抜けた先は草原が広がり、奥にウラル関の砦が見えるはずだった。
しかし、今はおびただしい軍勢に埋め尽くされている。彼らは塊となって城門へ殺到していた。
そう、求めていたのはこの展開だ。
第一門が破られるまでは、敵は軍を分けて先鋒のみが城門の破壊に向かうはずだ。しかし、それを破れば全軍が一斉に雪崩れ込もうとする。
あくまでも動かないのは、数千の兵に守られた本陣だけだ。
おれは刀を抜いた。
まずは本陣を蹂躙し、敵の頭を潰す。頭を失くした軍は崩壊するしかないが、より強固な衝撃を与えるためには敵の殲滅が必須になる。
後に続く騎士たちも草原に入るなり、大きく左右に展開していた。
いや、おれの横に並んできたのはアレクだ。
「隆也王。オレも武勲を立てねば、下の者に示しがつかん。敵大将は貰うぞ」
笑顔を向けてくる。
何だよ、そのリラックスした様子は。
カッコ良すぎるだろう。こっちはこの戦場にがちがちになっているんだぞ。
「好きにしろよ」
おれの言葉にアレクの真獣はさらに加速をしながら、真っ直ぐに本陣の中央に突っ込んでいく。
両手で振り回すハルバートが、ルクスを煌めかせながら血を巻き上げた。
一瞬で数千はいる本陣の中央を打ち破り、平原を進むかのように駆け抜け、逃げる間も与えずになぎ倒していく。
さすがは、印綬の継承者だ。膨れ上がったルクスは周囲を呑み込んでいた。ラミエル討伐の時にもその強さは見たが、中つ国でルクスの増大をされた後は、その比ではない。
おれもルクスを開放し、その後に続いた。
馬は立ち尽くす兵たちを次々と跳ね飛ばし、鈍い振動が響いてくる。
すぐに本陣を抜け、黒い人だかり迫って来た。
同時にルクスの輝きが走り、アレクがその中に突っ込む。霧のように血が舞い、重い音が耳を打つ。
何が起こったのかを思う前に、馬は敵兵の中に突っ込んだ。
馬は平気で人を撥ね、敵兵は追い立てられて前へと逃げていく。彼らが苦し紛れに払う槍もルクスに阻まれ、おれの身体はおろか馬にさえ触れることもない。
敵兵を斬り払いながら、馬は全速で駆け続けて壁に当たったように止まった。
五万に近い軍勢の壁だ。それでも尚、前脚で人を蹴り飛ばして前に行こうとすのは、軍馬だからなのだろうか。
想像していた馬よりもかなり凶暴だ。
大きく刀を振る左右で、遅れて騎士団が突撃してくる。
五千を越える騎士のぶつかる音は、地を震わせた。上がる怒声と苦鳴、そして喊声は空を震わせた。
壁になっていた軍勢がさらに下がる。目の前に広がる全ての兵からルクスが発光するのが見えた。
左右の騎士団は槍を振るいながら押し込むだけ敵を押し込むと、馬首を巡らせる。
しかし、それも一瞬だ。
第二陣の騎馬団が突撃をし、再び敵は下がった。
敵兵全体から発せられるルクスの光は消えることがない。押し込められ、将棋倒しのよう圧迫され、身を守るルクスが削れていっているのだ。
五万と言っても、そのほとんどが剣を持ったこともない平民に過ぎない。その彼らに騎馬突撃に耐えられるわけなどなかった。
とにかく逃げるしかないが、そこには味方が密集して逃げようがない。
そして、背後から襲われたとなると、指揮官がいる本陣は潰されたことになるのだ。混乱しないわけがなかった。
突撃する騎士団と同時に、前にいる敵兵が全てが逃げ出そうとして、こちらの先陣のように押し込んでいく。
急造した城壁だが、それでも石造りの厚い城壁は敵の圧力にも耐える造りなっていた。
その敵の軍勢の中心からルクスが弱くなっていくのが分る。
アレクの率いる一万五千の兵は、騎士団以外も騎馬隊となって二陣に分かれて交互突撃を繰り返していく。
その度に前に間隙が出来、敵の軍勢の中心からルクスが弱くなっていくのが分る
そう、逃げる兵の圧力にルクスが削れ、味方に潰されていた。そして、その中央にいる軍こそ、正規兵だ。
すでに、敵には事態を収拾することは出来ない。立て直して、こちらに向けて圧を掛けることは出来ない。
もちろんこちらのルクスも削られるが、すでに正面の敵にルクスはなかった。
いや、正面だけではない。
中心のルクスも消え、その範囲は急速に広がっていく。
怒声が消え、悲鳴が立ち昇る。
これが、死だ。
彼らは、リルザ王国では平民かもしれないがこのエリス王国には武器を持ち、民を殺しに来た兵士だ。
三十年もの間王が立たず、疲弊した国の民を殺しに来たのならば、自らが殺されても受け入れなければならないはずだ。
領主から命じられたのであろうが、そんなことは関係ない。
おれには、おれの民を守る義務がある。
この国を守り、豊かにするために玉座を与えられた王なのだから。
「一人も生かすな。リルザの王に、我らの武を示せ。我らの覚悟を示せ。全軍で押し切れ」
声を限りに叫ぶと同時に、周囲から上がった歓声は天を突くほどになる。
近衛の時とは違う、打てば響くの歓声だ。
これだよ。これをして欲しかったんだよ。
その歓声に押されるように、馬が進んだ。
敵のルクスがさらに消え、呼応するような悲鳴も消えていく。
五万の兵が押し潰されていた。
すでにルクスの光も弱いものが数えるほどだ。
「潮時だな」
おれが手を上げると、それを待っていたように三本の鏑矢が空に走った。
戦闘終了の合図に、押し込んでいた馬の手綱を緩める。
どの馬を地を濡らすほどの汗をかき、その息も荒い。平然と立っているのは、アレクの真獣だけのようだ。
馬を下げるおれの横で、
「敵の遺体をここに積み上げろ。後は敵が処理するだろうから、それが終われば森に入る」
アレクの声が響く。
後はアレクに任せても大丈夫だ。
おれは大きく息をする馬から降りた。
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