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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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観戦武官

 

 小高い丘からは、ナオル関の城塞が良く見えた。

 それだけでなく、城塞の前に広がる草原までも一望できる。


「どうだ、セリ。観戦するには、申し分ない場所だろう」


 声と共にローブを身に纏った巨躯の男が、横に腰を落とした。


「これは、ラムザス様」

「かしこまるな。隆也王からの言伝があってな、ラルク王国から食料の第二便が届いたそうだ。感謝を伝えるように言われた。本当に、ありがとう」

「とんでもありません。奴隷を開放し、帰してくれるのです。感謝はこちらも同じです」


 慌てて座り直した。


「だから、かしこまるな」


 その大きな手で、背を叩かれた。

 痛みは勿論なく、暖かさを感じる手だ。


「それで、隆也王はどちらにおられるのですか」

「ウラル関で敵の一軍、五万を迎え撃つ準備中だ」


 あっさりと言う。

 五万もの軍勢を迎え撃つ。

 ウラル関には一万五千の兵を率いるアレク様がいる。しかし、隆也王はそこまでの兵を持っていないはずだ。


「近衛騎士団も百ほどではないのですか」

「近衛か。近衛騎士団は先日の敵先遣隊との戦においての敵前逃亡の軍務違反があってな、捕縛命令が出ている。近衛は解体したよ」


 近衛が敵前逃亡。軍の中枢で頂点に立つ騎士団が、王を置いて逃げ出したのか。

 出陣の時に見た覇気のない騎士たちを思い返す。しかし、それでも逃げ出すとは思いもしなかった。


「それでは、隆也王と共にいるのは」

「忍びの一団に、騎士団。合わせて百五十ほどだな」


 百五十。たった百五十人の兵で隆也王は最前線に立っているのか。


「リルザ王国の一軍を迎え撃つというのは、どういうことです。籠城して守備に徹するのではないですか」


 おいらの言葉に、ラムザス殿が大きく笑った。


「隆也王に、籠城という思考はないな。正直、我にもよくは分からん。分からんが、あの城塞を見ただろう」


 言いながら、ラムザス殿はナオル関の城塞を指し示した。

 確か、防御用に工兵と呼ばれる数千もの軍勢が門の前にもう一つの門と城壁を築いたのだ。それは、新たに造られた門へと絞るように両翼を斜めに広げた、高さ五メートルほどの城壁だ。

 上には広い回廊があるが、その低さに驚いたのだ。

 城壁ならば梯子を掛けられないようにもっと高いはずだ。


「あの賢者、アムル賢者が町を守る時に用いた防御壁に感心したようでな。それを参考にしたそうだ」


 先師の防御壁。

 あの時だ。おいらの故郷、リウザスの町での防御戦。先師は回廊の上に民を並べ、上から槍で叩いたのだ。

 ならば、あの回廊の上から槍で応戦するのだろうか。

 しかし、ここに攻めてくるのは、五万を越えるはずだ。とてもそれでは持たない。おいらも軍務司だ。ここは意見具申するべきではないのか。


「それを参考に、敵を殲滅するそうだ。その為に、我ら一万五千はこの周囲に隠れている」


 周囲に隠れる。

 城塞に籠って、槍で迎撃するのではないのだ。


「それに、もうすぐシルフも来る」

「シルフ様もですか。では、内乱は収まったのですね」

「シルフだからな。情け容赦なく各地の反乱軍を鎮圧した。大きく迂回して、この反対側に出て来るはずだ」

「では、三万で迎え撃つのですね」


 おいらの言葉に、再びラムザスが笑った。


「まさか、シルフはそのまま裏街道を進み、ラベルス街道駅を襲う」


 ラベルス街道駅。確かキルア砦との中間になり、交通の要衝だ。

 敵の分断と補給線の断絶。

 しかし、それは点での攻略になる。挟撃されてしまうだけではないのか。それとも、他に何か意図があるのだろうか。

 先師ならば、どうするだろうか。


「それよりも、見てみろ」


 ラムザス殿の言葉に、おいらは顔を上げた。

 言っていることはすぐに分かった。

 街道を進んでくる一団が見えたのだ。

 数は四千ほどだろうか。リルザ王国の先遣隊だ。


「あれが来たとなれば、本隊は夕方には到着だな。あの草原に布陣をして攻城は明日の朝という所か」

「先遣隊が来たのならば、周囲の偵察に動くはずです。ここは大丈夫なのですか」

「レイムが結界を張ってくれている。我らの声も姿も見えず、ここに来ようとしても迷うばかりだそうだ」


 エルフの結界。

 想像も出来ないほどの精緻な結界なのだろう。しかし、エルフがそこまで協力的なことの方が驚きだ。

 ミルザを見る限り、エルフというのは人を見下して批判しかしないのかと思っていた。


「それでは、ここから攻勢に出るのですか」


 おいらの言葉に、ラムザス様が笑った。


「ここからは出られないさ。相手の本隊の数が分かるか。三軍で十五万だ」


 十五万。

 いや、待て。


「ここでは、それほどの数の兵を展開できません。前の広場には入っても一軍の五万までです。それ以上に入れば、身動きが出来ないほどになります」

「それでは、リルザ王国としてはどうする」

「それほどの数を収容できるような場所がありません。街道は輸送のために開ける必要があり、街道駅には詰め込んでも数千まで。それならば周辺の集落や町に展開させるしかありません」


 ラムザス様がもう一度笑みを見せた。

 そうか。


「それぞれを各個で撃破すればいい」

「そういうことだ。ところで、セリの国に兵はどれほどいる」

「常備軍としては王宮の軍が三万、各守護領地に三千から五千、合わせて七万程度です」

「普通はそうだな。このリルザ王国は、王が立つ前には反乱の予兆もあり、各公領主たちは広く兵が集めていた。それを吸収して今の王立軍がある」


 そういうことか。

 おいらも笑うしかなかった。

 常備軍は、多くても七万から八万だ。リルザ王国の四十万と動員は、七割以上が平民を寄せ集めたということになる。


「農地の開墾が間に合わなかった農民に罪人、それらを寄せ集めた兵がリルザの軍だ。いや、兵という名の入植者だな。統制など取れるはずもない。守勢に回ればすぐに瓦解し、他の兵を巻き込みながら離散するしかない弱兵だ」


 その言葉に、ゲリラ戦という意味の深さに気が付いた。

 敵中深く神出鬼没に現れては襲撃を繰り返す攻撃は、輸送の分断と兵士の疲弊を狙いとするだけでなく、その戦意と強さを測るためだったのだ。


「それでも集落や町に入った敵は、そこを防御陣とするのではないですか」

「引きこもらせるための攻撃だ。補給も断たれた場所に陣取れば、勝手に干上がるだけだ」


 分断しておいて、放っておくのか。

 本当にそれだけで、勝てるのだろうか。

 おいらにはまだ分からない。流れを見通せない。


「不思議そうだな」


 ラムザス様の言葉に、おいらは頷くしかなかった。


「その為のこの場所だ」

「どういうことですか」

「ここからならば、戦況も一望できるだろ。せっかくの観戦武官だから、反攻の転換にするべき一戦を見て貰えと隆也王に言われた」


 隆也王の気遣いなのか。

 確かにここからならば、戦況を一望できる。しかし、反攻の転換となる一戦というのは、ここで大打撃をリルザ王国に与えるということだ。

 それを見せるというのは、そこまでの自信があるということなのだろうか。


「世話役には、サラに頼んで警吏のイサを貸して貰った。ゆっくりと見てくれ」


 その言葉に押されたように、奥からイサが現れる。

 懐かしい笑顔、王都で別れて以来の再会だ。


「では、我は反攻の準備がある。後はイサ、任せるぞ」


 そのままラムザス様は大きくマントを翻した。


読んで頂きありがとうございます。

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