初陣
街道に現れた黒い影に、
「先遣隊です。数は四千、別動隊もなく部隊編成はそのままです」
カザムが静かな声で言った。
兵を分けることもなく、そのまま進んできているのだ。
この狭い街道で、道幅一杯になったまま。
向こうも気が付いているが、歩みは止めていない。
狭い街道の中で、ここが唯一に広場になる。その為に、野営地にも選び、迎え撃つ地に選んでいるのだ。
「ラウゼンたちはどうだ」
「すでに、配置についております」
距離を置いていたラウゼンの騎士団と細かな連絡を取ってくれている。カザムたちシムグレイの一族が、この戦の要になる。
彼らがいなければ、この戦いはもっと厳しいものになっていた。次は、おれが応えなければならない。
自らの手で人を殺し、血に染め、屍の中を進んでいく覚悟を見せなければならない。
「近衛は扇陣形のまま前へ」
おれの言葉に、並ぶ近衛騎士団が手にした槍を構えた。
さて、すぐに正面からの激突となるが近衛はそのまま崩壊しながら街道を北に逃走するはずだ。
そこには、ラウゼンたちの一隊が馬防柵を置き、待ち構えている。先行するダリアたちを守らなければならないためだ。
逃走した近衛は、馬を捨てて森の中へ消えるしかない。もちろん、それが杞憂で終わればいいのだが。
僅かな時を置いて、空を震わす重い声が響いた。
先遣隊の突撃の咆哮だ。
「突撃」
おれの声は、ぶつかる両軍の硬い音に呑み込まれる。
それも僅か、
「近衛が四散します」
カザムの声が流れた。
近衛と言って胸を張っていたのじゃないか。ぶつかって即、退場かよ。もう少し、時間を掛けると思っていたが、この程度か。
「王旗を掲げよ。おれに続け」
割れていく近衛の背を見ながら、おれは馬を駆けた。
瞬く間に迫る敵陣に、鈍い音を響かせて馬が突っ込んだ。
解放されて膨れ上がるルクスが周囲を呑み込み、馬も無傷のままだ。
同時におれも刀を振るう。
右から突っ込んでくる敵のルクスを破り、断ち切った腕から噴き上がる血が、視界を覆った。
そのまま振り切った刀で左手の騎士の肩を割り、正面の敵に刀を向ける。
その頃になって、カザムたちが敵とぶつかる硬い音が幾重にも耳を打った。
「押し込む、カザムたちは背中を頼む」
言いながら、馬を押し込む。
敵はこのまま左右から挟み込んで、包囲して来るはずだ。統制の執れていない軍勢だ、寡少の兵に押し込まれれば無秩序に殺到して来る。
しかし、ここは広場と言っても四千もの軍が展開する広さもない。必然、彼らは密集隊形にならざる得ない。
機動力を誇る騎馬隊で、それは致命的だ。
正面の敵の首を斬り、刀を身体ごと左右に振るった。
幾つもの剣戟が飛んでくるが、おれのルクスに阻まれて鎧にさえ触れることもない。瞬く間に周囲が血に染まった。
その目の隅に、左右の木々から跳ぶ黒い影が見える。
カザムたちの伏兵だ。
それに合わせたように、前方で咆哮が上がった。
ラウゼンたちの一斉突撃。
すぐに周囲からの圧力は消え、敵が僅かに下がる。そう、僅かだが、これは大きい。
背後からの強襲に、左右からの奇襲、混乱が広がっているのだ。密集隊形の騎馬軍で僅かでも下がるということは、馬群はさらに身動きが取れなくなる。
逃げようにも逃げられなくなり、混乱はより広く、深くなっていく。
カザムたちもその動きに気が付いたようだ。背後に回り込まれないように固めていた陣を左右に広げる。
おれは刀を振りながら、さらに前に進めた。
混乱しているとはいえ、敵は四千、こちらは百五十。この状態は長くは持たない。
ならば、混乱を利用しなければならない。
「黒一つ、放て」
おれは左手を上げ、大きく声を張った。
わずかに遅れて、甲高い笛の音を響かせて、空を一本の黒い線が斬り裂く。
矢じりの代わりに笛と煙幕が付けられた鏑矢だ。
空に吸い込まれるように伸びていく黒煙の下、
「一気に押し込め」
おれは再び声を張りながら、刀を振るう。
瞬く間に周辺の騎士は斬り倒したが、押し合うような騎馬の中では落馬することも出来ずに、防波堤のように行く手を阻んだ。
いや、それも僅かの間だ。
一気に敵の騎馬軍が後退をはじめる。
ラウゼンたちに、敵の退路を開けるように指示した鏑矢だ。進んできた南側の街道が開かれれば、混乱した敵は崩壊するしかない。
「追撃は急ぐ必要ない。隊列を整えよ」
再び声を張ると、後退していく騎馬軍を見送った。
これから撤退をする街道の先もラウゼンたちが馬防柵を敷設している。
そう、彼らは馬と装備を捨てて森に入って逃げるしかなくなるのだ。
カザムたちは逃げ遅れる騎士たちを捕らえ、街道を空けるように左右に展開したラウゼンたちは目の前に来る騎士のみを打ち倒していく。
おれは、おれは何も出来ずにただ馬に乗っていた。
身体中が緊張に固くなっているのが分る。人を傷つけ、殺したのだ。
自ら刀を振り回し、殺すつもりで殺したのだ。
身を護るルクスにおれの身体には傷一つなく、返り血すらも一滴も掛かってはいない。しかし、広場には幾つもの屍が転がり黒く地を染め、主を失った馬が佇んでいた。
そう、これらはおれが行ったことだ。
ラミエル討伐をした時も多くの人が死んでいった。罪の重さに震えもしたが、自らの手では人を殺すことはなかった。
「戦です」
カザムの声が横から聞こえた。
頭では分かっている。殺さなければ殺される。おれでなくてもこの国の誰かが殺される。
くそ、理解はしているが、おれはこの前まで高校生だったんだ。
「主上、収拾をしなければなりません。敵本隊は迫ってきております」
その言葉に、おれは大きく息を付いた。
そうだ。感傷に流されている時間はない。
「敵の追撃に移れ。全てを討つ必要はない、放棄された馬と装備を回収し、部隊を再編制してウラル関に向かう。合わせて、近衛の敵前逃亡を明らかにし、近衛騎士団の解体を宣言しろ」
言いながらおれは馬を下りた。
「カザム」
「はい」
すぐにカザムも馬を降り、傍らに立ってくれる。
「こちらの負傷者は」
「自分の配下が三名、ラウゼン殿の隊で十一名が軽傷です。すでに治療を受けております」
「分かった。敵の被害は」
「七十三名の死体を確認、負傷者は重傷十八名、軽傷は百名を越えます。捕縛した者は現在で三百名、これから街道の先で捕縛した者も出るはずです」
二割も削る必要はなかったな。
この戦力差を考えるならば、完勝と言ってもいいだろう。
「負傷者と捕虜は先行してウラル関に移送。監視はラウゼンの一隊に任せる。他の者はこの広場に集合」
抜き身のままの刀を振り上げ、大きく振った。
あれだけの人を斬ったにも関わらず、刀身からも血が降り飛ばされることもない。
これが、ルクスの力。斬ったはずの刀に血を付けないほどのルクス。
この世界の人が、ルクスに固執するのも理解できる。ルクスの強い者は、それだけで特別なのだ。
しかし、それで人の上下が区分されることには納得できない。
ルクスの強さで、王に選ばれたおれが言うのには説得力がないかもしれない。だけど、おれには納得できない。
ったく。おれ自身の初陣だというのに、人を殺した感傷にルクスに対する矛盾。気分は沈み込んだままだ。
「遺体の始末は敵の本隊に任せる。すぐに準備に掛かれ」
刀を収め、おれは広場に背を向けた。
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