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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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会戦準備

 

「隆也王。ラルク王国より食料の第二便が届きました。こちらの第一便は解放奴隷とルクス学の留学生、それに水晶を乗せて数日中に到着予定です」

「早い対応には、感謝しかないな。受け取りと分配、配送はどうなっている」

「新規採用の政務官と臨時雇用の修士たちを当てています。棒給の準備も整いました」

「それでは、銀行の開設も完了したのだな」

「はい。国と地方の官吏の俸給、商取引と農産物の買取も銀行経由を法律化しました。旧通貨は国庫に運ばれます」


 奥に座る政務官の言葉に、おれはダリアに目を移した。


 その意図をすぐに察したように、

「同時に、新緑作戦が発動しています」

笑みをみせる。


 新緑作戦。

 旧貨幣移送のダミーを出し、襲ってくる野盗を捕縛する。彼ら政務官たちが立案し主導する、国内治安回復を中心にした作戦だ。


「現状での捕縛は、三千人を越えました。その内の半分はエルム種ではありません」

「この戦に紛れて、国内を乱す意思が国外にあるということか」

「裏にいる者はリルザ王国かもまだ分かりません。ただ、捕縛した彼らには街道の整備と建設の労役を課しています」


 やはり国を担う政務官たちとなれば、頭がいい。

 治安回復と同時に、戦場に取られる労働力を罪人で補填するのだ。併せて警務官たちの教育訓練も行う。

 しかし、野盗が三千人かよ。多過ぎだろう。


「分かった。任せるよ」


 そう、しばらく彼らに内務は一任しよう。

 おれは。

 待っていたように天幕に入ってきたカザムが片膝を付いた。


「主上、第一監視点から先遣隊が見えたとの報告が来ました」


 第一監視点と言えば、ここまでは二時間、ウラル関まで一日の距離だ。


「浸透させたロークたちは」

「自分の独断で、クーベン城塞都市を落とすように命じました」


 城塞都市を四十名で落とせというのか。カザムの方がよっぽど無茶だろう。


「ロークは昨夜のうちに城塞都市を落とし、補給集積庫に火をつけて西に退避しています」


 その言葉に、おれが驚く。


「落としたのか」

「はい。あの者はやり遂げました。そのまま南下をし、補給の分断を行うそうです」

「カザム、お前の方がよっぽど人使いが荒いな」

「いえ、これはロークが自ら語ったことでございます。自分に当てた伝言で聞きました」


 なるほど、それがロークの覚悟ということか。


「補給路の分断はアベルたちが主体で行っているが、ロークも独自で行えば、こちらへの圧力も弱まるな」

「はい。自分たちも読めない動きになるでしょうから、敵の混乱も広がりましょう。アベル様にもその旨は伝えました」


 アベルたちの一団とロークたちがぶつからないように、手を回したということだ。さすがに、仕事が早い。


「分かった。ではおれたちは先遣隊を討とう。ダリア、補助の秘書官を一人選任しておれに同道せよ。後の政務官は直ちに王宮に戻り、新規政務官の編成と業務を任せる。直ちにだ」


 おれに言葉に、慌てたように政務官たちが立ち上がる。


「守衛」


 張った声に、天幕の外に立つ近衛従士が同じように慌てて天幕に入ってきた。


「これより宿営地を撤去し、近衛全軍をもって敵先遣隊を討伐する。準備させよ」

「し、承知いたしました」


 一瞬のうちに宿営地は喧騒に呑み込まれる。

 その中で、おれはゆっくりとローブを脱いだ。


「主上、それでは先遣隊を討ち、本隊をウラル関に誘引しアレク殿と連携しての討伐ですか」


 カザムが甲冑を留めてくれる。


「そうだな。本隊をそこで討てば敵に衝撃も走る。そして、リルザ王国の注意もここに向くはずだ」

「では、決戦はここではありませんね。王宮政務官の護衛には四名を付けます、自分たちが主上の護衛に付きましょう」


 カザムは全てを悟ってくれる。頼もしいものだ。


「人手は足りるか」

「一族総出になりますが、対応できます」

「分かった。その功は忘れず、必ず報いる。今しばらくは無理を言う」

「かしこまりました」


 背にマントを掛けられ、おれは解体されていく天蓋に目を移した。

 差し込む朝日に、広場に並ぶ近衛騎士団が見える。


「騎士団長辺りが、文句を言いに来ると思ったがな」

「少数での攻撃に対して、主上に思い留まるようにでしょう。それを言いにくるならば、まだ近衛を立て直す余地もありましょうに」


 カザムも一瞥すると、そのまま自分の甲冑を身に付けた。


「では、どう見る」

「離反の決意を固めたのです。主上と共に突撃はしますが、そのまま逃亡して主上が討たれるのを待つのでしょう。そうすれば、リルザ王国に脱出をした公貴の口添えを求め、身分の保証を依願する。さらには、主上を排除した功も得られるかもしれないとの考えです」


 やはり、カザムは同じ見方をしている。


「では、どうすべきかな」

「主上もお人が悪い」


 カザムが笑みを見せた。


「近衛の解体に名分が出来ると同時に、リルザ王国にもその一報が届き、より迅速に深く侵攻してきます。それこそ、主上が求めていることでしょう」


 そう。早く深く引きずり込めば、それだけ補給線が伸びることになる。一刻も早く戦を終わらせるには、敵の補給により大きな負荷を掛けなけなければならない。

 それをカザムもしっかりと理解しているのだ。


「近衛は、主上の抑えたルクスしか知りません。主上が見せなかったからでしょう。近衛は、主上の手の上で踊っているに過ぎません」


 その言葉に、おれも笑うしかない。


「では、おれたちだけで先遣隊を討つことには、不安はないのだな」

「先遣隊ですから、敵は正規兵で構成されているでしょう。ですが、主上の敵ではありません。四千の二割、八百ほどを討ち取れば敵は離散します」


 カザムは漆黒の甲冑を身に付け、当然のように言う。

 何だよ。頼りになるのは分かっていたが、日に日にその頼もしさが増しているじゃないか。


「そうだな」


 おれは片付けられていく天蓋を出た。

 広場にはカザムと同じ漆黒の軽装甲冑を付けた男たちが、馬を用意をしている。

 すでにダリアともう一人の女性は、馬に乗っていた。乗馬も公貴だった彼女たちには必須のものだったのだろうか、堂々としたものだ。


 おれも馬に乗り、離れた場所に並ぶ近衛騎士団を見た。

 おれたちと距離を取り、その並びかたも雑然としたものだ。


「カザムが王旗を持っていてくれ」


 その距離が心の距離ならば、近衛の離反は決定的になる。ならば、彼らに王旗を託すことは出来ない。

 言いながら、馬に乗った。


「ダリアたちは先行してウラル関に入れ」


 その目を近衛に戻し、

「これより、リルザ王国の先遣隊を迎え討つ。街道に出て展開し、正面から打ち破る。近衛の威と力を国中に喧伝して見せよ」

大きく刀を振り上げる。


 しかし、呼応する声はなかった。

 何だよ、これではおれがすべったみたいではないかよ。恥ずかしいじゃじゃないか。

 だいたい、裏切るならば気取られないようにもっと注意しろよ。ここは「おー」とか言って、盛り上がって見せろよ。


 どうすんだよ、この振り上げた刀を。

 ダリアたちもこっちを見ているじゃないか。

 おれは平静を装って刀を回すと、腰に戻すしかなかった。


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