ロークの初陣
ロークは小さく息を付くと付き従う近衛を見た。
隆也王から信頼できる部下を選べと言われ、選んだのは四十名だ。その全てが、近衛従士になる。
近衛の正騎士団に背中を預けられる者はいなかった。
しかし、この四十名で輜重隊とはいえ二百の中に斬り込むのだ。少しは緊張もする。
同時に、隆也王のことも心配だ。
王は追ってきたリルザの先遣隊を待ち伏せ、それを襲うというのだ。
先遣隊と言えど四千は下らない。それを王が自ら百ほどの兵を率いて撃ち込む。いや、その百も我が背中を預けられない近衛騎士団だ。
ならば、一刻も早く輜重隊を粉砕し王の元に馳せ参じなくてはいけない。
木の陰から街道に目を戻した。
兵に守られた荷馬車の一団が通り過ぎていく。
「通り過ぎた瞬間に、一気に斬り込む。オレの側を離れずについて来い。お前たちは一人に対して三人がかりで斬り結べよ」
囁く言葉に、皆が真剣な目で頷いた。
雑用しか与えられなかった従士だが、誉れある近衛の一員だ。彼らも剣をもって戦う姿を夢見たはずだ。その真剣な目に迷いは見られない。
ここがオレたちの初陣だ、
最後の荷馬車が過ぎるのを待ってオレは立ち上がった。
この従士を殺すわけにはいかない。
王から直接下された命を果たさぬわけにはいかない。
そして、やっと立った王を殺させるわけにはいかない。
「続け」
声と同時に地を蹴った。
従う従士たちの気勢が周囲を震わせる。
護衛の兵が振り返った。
その肩口に撃ち込んだ剣がルクスを散らせて肩当てを貫く。
噴き上がる血を横目に、奥に見える兵に突っ込んだ。
ルクスは我の方が強い。相手のルクスを一撃で粉砕できるほどに強い。そして、撃ち込む剣戟は簡易な鎧など簡単に斬り飛ばせる。
そうか、彼らは正規の兵ではない。
訓練も受けていない寄せ集めの平民だ。
「近衛の威を見せよ。踏み潰せ」
オレの声に押されるように、護衛の兵も荷馬車の御者も半分は逃げ出し、半分はその場に膝を付いてあっさりと瓦解していく。
これ以上追っても意味はない。
斬り込んでわずか数分だ。
「全員集まれ、怪我をした者はいないか」
オレの声に高揚した顔立ちの従士たちが駆け寄り頷いている。
「降伏した兵は捕縛しろ」
興奮が冷めぬまま言う側で、
「よくぞ、命を果たしました」
不意に声が聞こえた。
いつの間にいたのか、肩当てにエリスの紋章を記した兵が立っている。
「おまえは」
「カザム様からの伝言です」
「カザム殿から、何ですか」
「捕らえた兵の甲冑を身に付け、この先に輜重隊の出た中継地点のクーベン城塞都市に入って、そこを奪還せよとの言伝です」
「敵の甲冑を着ろと言われたのか」
オレの言葉に男が頷く。
カザム殿と同じ鋭い目をした男だ。
「近衛の鎧を脱ぐことが出来るか、その足元を見せられるかと続けられました」
足元。オレの覚悟のことか。
確かに、誉れある近衛の鎧はオレのプライドだ。
覚悟とはそのプライドも脱ぎ捨て、敵の鎧を着られるかとのことだ。確かに、カザム殿の使いに間違いはない。
「捕獲したこの荷物と兵はどうする」
「そのままで結構です。王の輜重隊が引き取りに来ます」
王の輜重隊。騎士団に護られ、政務官たちも一緒に動いていた一団だ。あの騎士団ならば、まだ安心も出来る。
「一つ聞きたい。これは、王の命ではないのか」
「主上の命ではございません。カザム様の命です。従う、従わないは任せるとのことで、たとえ従わなくても罪には問わないそうです」
その言葉に、思わず笑みが漏れた。
王のことを主上と呼ぶ一族に、オレは試されているのだ。
「ならば、最後に王は無事なのか。あの近衛の一団で王を護り切れるのか、それだけが心配だ」
「今の近衛騎士団は瓦解させます。その為の主上の一撃です。主上は我らが必ず護ります」
「分かった。その言葉を聞いて安心した。直ちにクーベン城塞都市を落とす」
「承知しました。カザム様にお伝えしましょう」
一礼すると、
「そして、クーベンに向かわれるならば、もう一つ伝言がございます」
男が続けた。
もう一つの伝言。
それは、オレが向かうと決意を示した時に、初めてカザム殿が伝えるべき言葉なのだ。
「そこを燃やし、直ちに西に向かって逃走せよ。とのことです」
そういうことか。
「承知したと、伝えてくれ」
背を向ける男に続ける。
「伝言はそれだけですか。その後があるのではないのですか」
「後の言葉は、カザム様は呑み込まれました」
試されているのだ。オレの覚悟を見せてみろと問われているのだ。
「では、伝えて下さい。この一団は、敵の輜重隊を討ちながら南下していきます。精々、補給路を分断して見せましょうと」
「分かりました。御武運をお祈りします」
声と同時に男が下がり、木々の中に消えていく。
それを見送り、
「積み荷を降ろし、捕縛した兵の鎧を取れ。全員それに着替えて荷馬車ごと移動する」
オレは従士たちに振り返った。
「承知しました」
彼らが一斉に頷き、動き出す。
従士たちも覚悟を決めていた。いや、従士という言い方は止めるべきだ。共に戦う仲間なのだ。
オレもその場で純白の鎧を脱いだ。
肩当てと胸当て、硬質セラミックはおろか鉄すらも使わない布と革の本当に簡易な鎧だ。
こんなものを着せられて戦えと言われるのだ。剣を持ったこともない平民の彼らが逃げ出すのも理解できる。
「着ていた鎧はまとめて荷馬車に乗せ、布をかけておけ」
こんなものを着させて、この後に行われるであろう決戦に仲間を戦わせるわけにはいかない。その時までは、近衛の鎧は隠しておく。
十人づつ四両の荷馬車に分乗し、オレたちは街道を南に向かった。この先に半日も進めばクーベン城塞都市だ。
さて、どうやって四十人ほどで奪還をするか。
この格好だ。城塞都市に入るのは簡単だろう。
兵はどれほどいるだろうか。いや、王たちは先遣隊を叩くと言っていた。ならば、その知らせが夜には届くはずだ。
それも先遣隊が隆也王に潰されたとなると、すぐに準備して夜明けと共に兵は総動員されるだろう。
残るのは城塞都市の守備兵と輜重隊の守備兵くらいではないのか。
城塞都市の守備はさすがに正規兵だろうが、数は百ほどだ。
さて、どう落とす。
考えているうちに日は傾いてくる。
「隊長、前方から兵です」
声が掛けられ、街道に目を戻した。
街道から進んでくるのは兵の一団、先遣隊に続く本隊のようだ。
輜重隊ならばどうする。
「荷馬車を隅に寄せて止めろ」
オレの言葉に荷馬車は街道の隅に寄せて止まった。
ゆっくりと進んでくるのは、リルザ王国の騎士を先頭にした軍団になる。
その騎士に礼を示すが、返って来たのは一瞥だけだ。
なるほど、オレたちもああいう態度だったのだな。それは、尊敬されるわけもない。
騎士団の後に続くのは、徒歩で進む兵たちだ。
彼らの鎧は我らが今着ているの同じ簡易なもの。
何かに怯えるように緊張している様子が見られ、その動きにも統制は感じない。彼らも寄せ集めの平民だ。
延々と続く軍団は、日が落ちた頃にやっと通り過ぎた。
オレは光球を出すと荷馬車を再び街道に戻す。
しかし、今の一団を見て肚は固まった。
作戦も何もない。
ただ、全力で突っ込むだけだ。統制も秩序もない相手ならば、勢いだけで叩き潰すしかない。
「御者は交代制にしろ。今のうちにゆっくり休めよ。この人数でクーベン城塞都市を落とすんだ、その報酬はオレが必ず掛け合ってやる」
その言葉に、仲間たちの歓声が上がった。
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