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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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進むべき道

 

「賢者、そろそろ入港します」


 マデリの言葉に、僕は立ちあがった。

 隅に置かれた鎧を取る。

 深紅の鎧には、いたる所に傷が見えた。これが、僕が魂を砕いた証だ。


「マデリが来たのだ、フレア女王はすでに準備できているのですね」

「はい。今は鎧を着ております」

「印綬の方々は」

「女王陛下出迎えの名目で、すでに集結をしております」


 遂に、始まるか。


「フレア陛下より、賢者は準備が出来ましたら部屋まで来て下さいとのことです。セリの様子をお聞きしたいようです」


 セリからの毎日の定期連絡が、ちょうど届いたばかりだ。


「分かりました」


 答えながら鎧を付けていく。さすがに、これを着るのも慣れてきた。

 すぐにそれを終えると剣を背に、杖を腰に付ける。


「それでは、行きましょうか」


 僕の言葉にマデリが足を進めた。

 フレアの部屋は隣になる。本来はここは女王の予備部屋だが、帰還させる民を乗せるために部屋はより多く空ける必要があったのだ。

 扉が開けられると、フレアはすでに鎧を身に付け、窓の前に腰を下ろしていた。


「セリからの連絡をお伝えに参りました」


 一礼して、その部屋に足を進める。


「アムル、その堅苦しい挨拶は嫌よ」


 嫌よと言われても。


「セリはエリス王国の中東と外東の領境、ナオル関にいるそうです。もっとも今はナオル州という行政地区になっているそうですが」


 フレアの言葉を流して、続けた。


「州か、改革は進んでいるのね。そこでセリはエリスとリルザの戦を見るのよね」

「はい。四日前に侵攻をしたリルザの軍は、三日後にはそこに到着するそうです」

「遅いわね。外東の民は避難させているのだろ」

「エリスの軍は、少数の兵で昼夜を問わずに奇襲を仕掛けるゲリラ戦というものを行っているそうです」


 その言葉に、フレアが顔を上げた。

 ゲリラ戦というものが、分からないのだ。僕自身、セリの説明があるまで分からなかった。


「ゲリラ戦というのは、大きな打撃を与えるのが目的ではないようです。敵に緊張感を与え続け、休息もままならないようにするのが目的だそうです」

「大きな打撃を与えないのだろ、意味があるのか」


 確かに、戦いを知らない者はそう思う。


「僕は、一番相手にしたくはないです。衛士、エリスでは兵士と呼ぶそうですが、その兵は常に襲われる危険を抱かなければなりません。相手は一撃を加えて逃げますが、深追いすれば伏兵に叩かれます」

「それで、軍が進むのも遅れるのか」


 リルザは四十万もの軍勢をつぎ込んでいるが、そのほとんどは農具を持っていた領民に過ぎない。

 歩く速度はバラバラで、纏まるということも難しいだろう。そこを狙われるのだ。

 これが続けば、領民たちは逃げ出してしまう。


「セリを残しておいてよかったな」

「はい。彼ならば細かく見ることも出来ましょう」

「それで、アムルはエリスの軍を真似るのか」

「軍制は教えを乞う必要があります。隆也王は異世界の知識を持っております。それは、僕たちが計りしれないほどの深いものです」

「アムルがそこまで言うのね。それで、吾たちはこれから入港よ。どうするの」

「解放した者たちは、夜まで船に隠します。どこに監視の目があるか分かりませんから。それと、公領主のメルトが迎えに出ているのでしょう。そこで、彼を詰問をします」


 その言葉に、フレアの目が燃える。


「セラのこと問い質すのね」

「その通りです。同時に周辺はジュラ様たちが抑えます」

「分かったわ」


 フレアの言葉と重なるように、硬い銅鑼の音が響きだす。

 入港の合図だ。


「それでは、行きましょう」


 僕はそのまま部屋を出ると甲板に上がった。

 すでに船は桟橋に横付けされている。

 船員と衛士たちが並び出す中を、僕は掛けられたタラップに足を乗せた。

 

 港に並んでいる一団は、外北守護公領主のメルトたちだ。その奥にはジュラたち印綬の継承者と数千の軍も見える。

 しかし、メルトたちのあの赤黒く汚れたルクス。気が滅入りそうだ。

 降りるタラップの先には、近衛の一団が整列を終える所になる。

 港に降りると僕は手を上げた。

 同時に近衛の衛士が剣を抜いて、メルトたちを取り囲むように動く。合わせるようにジュラたちも軍を率いて進んできた。


「待て、これはどういうことだ」


 甲高く耳障りな声が響いた。

 それには答えず、僕は足を進めるとメルトの斜め前に立ち、フレアの道を空ける。


「メルト、聞きたいことがる」


 後から響いてきたのは、澄んでいてなお重い声。王の声だ。


「おまえたちの軍がイスバルの関を襲った。その経緯をもう一度聞きたい」

「何を言っているのです。あれは圧政に苦しむとの依頼が当時の軍務大司長に届き、その要請を受けて出向いたところで争いになったと伝えたはずですぞ。私は何も聞いていなかったのです」


 その内容に、メルトはどこか安心したように胸を張って前に出た。

 そう、その裁定の時に僕はいなかった。ボルグ賢者の解放と招聘に、ウラノス王国に行っていたのだ。


「現に軍務大司長は捕縛し、死を与えました。私に何の罪があるのです」

「罪はありませんか。その言葉が真実ならば、心配することはありません」


 僕はそのままメルトの首元を掴んだ。

 メルトの従者たちが剣に手を掛けるが、同時に近衛の抜いた剣がそれ以上の動きを封じる。


「メルト公。あなたの意識を覗かさせて頂きます。無実ならば、問題はないはずですよね」


 言葉と同時に、ルクスを送り込んだ。

 沸き上がる記憶の泡沫の中に、イスバルの関を襲うように指示する情景が見える。

 重商連合に子供たちをまとめて三十シリングで売る情景が見える。


 エド公に報告と十シリングを送る情景が見える。

 そして、軍務大司長に罪を追わせるために、衛士に殺すように指示する情景が見えた。


「罪を逃れるために、様々に手を回したようですね。これでは、確かに意識を覗かなければあなたを裁けません」


 僕が手を離すと、メルトが崩れるように膝を付いた。


「おまえ、私の頭の中に入ったのか」


 その言葉をかき消すように、

「アムル、罪はどうなっている」

フレアの声が周囲を圧した。


「内乱、誘拐、人売り、殺人。終身投獄に値します」

「分かった。近衛は吾の勅命として直ちに行使せよ。それで、セラを売った先はどこなの」

「重商連合でした」


 言葉が重くなる。

 やはり、重商連合か。セリを天外の化け物に変えたのも重商連合なのだろうか。

 しかし、フレアの怒りは収まらない。相手が商業ギルドでも収まらない。

 そして、僕としても進むべき道を退くことは出来ない。


「それで、如何致しましょうか」


 僕の問いに、フレアが大きく息を付いた。


「賢者の意見を聞こう」


 大丈夫、フレアは冷静な目で物事を見ている。


「まずは、公領主館の接収を行います。そこを帰還した者たちの一時収容施設にします。その経費は、没収するメルトの財を当てましょう」

「よい。それを承認する」


 頷きながらも、僕を見る目は逸らさなかった。


「続いて、重商連合の外北守護領地連絡所に向かいます。セラくんの売買の経緯、販売先を確認します」

「その関与が明白になれば、どうする」

「そこは、僕の領分ではございません。女王陛下のご決済に委ねます」

「吾の覚悟が決まれば」

「当然、全身全霊をもってお応えします」

「分かった。マデリたち政務官は直ちに公領主館を接収。妨害があるかも知れない、近衛はその護衛に当たれ。印綬の衛士たちも応援に出す」


 その目は僕を見たままだ。


「吾たちは、重商連合外北連絡所に向かう」


 王の声は、王の目は、覚悟を持って周囲を圧した。



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