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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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リルザ王国の決意

 

「バルキア様、お久しぶりです」


 来賓室に入ると、漆黒のドレスを身に纏った女が、優雅に一礼をした。


「来ていたのはやはりおまえか、イザベル」


 一瞥して、奥の椅子に向かう。


「はい、ことは数十万シリングのことですから」

「それならば、王に面談をすべきではないのか」

「いえ、智の印綬であられるバルキア様が、この国の要と考えております」

「要ね。こちらも、エリスのイグザムへの貸し出し二十万シリングに、食料の援助、国境沿いの軍の展開、併せれば三十万シリングを越える持ち出しだ」

「あら、奇遇ですわね。重商連合も今回の損失を計算したのだけど、三十万シリングですわ。これには、外北の水晶鉱脈の採掘権は入っていませんわよ」


 イザベルが扉側の椅子に腰を下ろし、妖艶な笑みを見せた。


「それで、互いの損失はどう回収するのだ」

「互いの、何を言われていますの。重商連合はあくまでもリルザ王国の要請で融資を行ったのです。今回は返済方法の確認ですわ」

「待て、貸し付けはイグザムに対してであろう」

「私たちはあくまで、リルザ王国の意向の元での融資ですわ。その為にも度毎に国璽を頂いておりましたわ」


 確かに、確認のために国璽を押せとは言われた。しかし、それはエリス王国を併合した後の統治権利の為に必要だったのではないのか。

 重商連合は、回収できなくなった資金をこちらから取ろうとしているのか。


「それならば、エリス王国の外西守護領地、ひいてはエリス王国に返済を迫るものであろう」

「あの国に、守護領地はなくなりますわ。全ての国土を王が管理するとか。借り入れの契約書にも天逆になったイグザム本人のサインしかなく、さすがに天逆の借金の支払いを強要できないのよ」


 王が全土を支配。

 守護領地を失くすということは、公貴はどうなるのだ。


「そんな国が、持つわけがない」

「そう、持つわけがないわね。でも、それを待つほどに余裕はあるのかしら。重商連合は全ての商業ギルドにリルザ王国への債務回収の宣言を行うわ。そうなれば、この国に貿易金も入って来なくなるわよ」


 王国を脅すか、この智の印綬の継承者を脅すか、商業ギルド風情が。


「その商業ギルドは、他にもあるぞ」

「債務回収を宣言された国に、商権の移動は出来ませんよ。それよりも、私たちから提案がありますわ」

「提案」

「はい。国境の不戦の結界、どうなっているかご存じですの」

「弱まっていた不戦の結界は、エリス王国に新王が立って、復旧されたはずだ」


 国同士が争うことのないように、国境には軍の出入りが出来ないように結界が張られ、不戦の結界と呼ばれている。

 しかし、同一種の国は、一方の王が立たない時には三十年を持ってその結界がなくなり、王のいる国が王のいない国を併せて統治するようになる。

 エリス王国の王の不在は、あと二日ほどで三十年だった。

 同じエルム種のこのリルザ王国は、併合するために軍を国境に集結させていたのだ。


「不戦の結界は、消えてはいないけれど復旧もしていないらしいわ。わずかだけど、さらに弱まっているのよ。その可能性に賭けるならば、私たちは債務の件を考えてもいいと思っているの」


 不戦の結界が消失する。

 それは、エリス王国を武力統一できるということなのか。

 先ほど話していた、公貴の不満。

 それを併せれば、今の疲弊したエリス王国は容易に落ちる。

 しかし――。


「不戦の結界は、創聖皇が敷かれる。それが弱まるなど、そんなことがあるのか」

「理由は分からないわ。でも、エリスとリルザの国境だけ、不戦の結界は弱っている。これは、統合を容認するという創聖皇の意志かもね」


 統合の容認。

 そうなれば、損失した三十万エリスなど十分に回収できる。


「可能性に賭けるというのは、具体的にどうすればいいのだ」

「はい。国境から離れた場所に再度軍の集結をしてもらいます。同時に、エリス国内の動向の確認と反対勢力の懐柔。幸い、即位式があります。アセットの派遣をして下さい」

「よかろう。他の印綬を直ちに集める」

「国王陛下の認証はよろしいのですか」

「事後承諾でよかろう。それよりも」


 イザベルの目を見る。目を逸らす相手とならば、組むことは出来ない。

 ここから先は、国の存亡にかかわるのだから。


「仮に、不戦の結界が消失し、攻め込めたとして勝目があるかだ。今回はエリス王国も二方面での戦いではない。戦力も集中してくる」

「そうですね。エリスの王は、切れ者です。どんな手を使ってくるかは分かりません」


 イザベルも真直ぐな目を向けてきた。


「ただ、大きな差があります。全ての商業ギルドはエリスに対して援助は行いません。貿易も封鎖します。疲弊し尽くした国と民です。彼らの備蓄食料から考えても三月も戦えるかどうか。後は、民の離反次第でしょう」

「民の離反、占領地の民の懐柔か」

「民への手厚い待遇は、エリスの王から民心を離します。併せて、重商連合も傭兵を送り、噂を流しましょう」

「その見返りは」

「外北と外西、その領有権を求めます。また、エリス王国の商権の独占」

「欲が深いのではないか」


 椅子に深く身体を預けた。

 正直、そこまでの割譲は問題ない。

 問題なのは、民の懐柔の方だ。

 前回のエリス併合を計画した時、公貴を動かすために奴隷として民の搾取を許可した。今度は併合を終えるまで手厚く保護せよと伝えて、どこまでそれが守られるか。

 それ以前に、彼らも前回は移動だけをさせられ、不満もたまっていよう。参戦を嫌がられても面倒だ。


 いや、待て。

 各公貴たちには戦場の規律だけ正させ、後方の占領地は自由にさせようか。

 どうせ、後方の情報など民が知る術もないのだ。噂だけを流せばいいのではないのか。


「どうされますか。本来でしたら、中西守護地も欲しい所です。こちらは、そちらの為に三十万シリングもの損失を出し、さらに、十万単位の財を使おうしているのですから」


 イザベルも深く椅子の身体を預けた。

 ドレスのスリットから露わになった肢が、目に眩しい。


「まあ。よかろう」


 咳払いして続ける。


「エリスの戦力は十万程度か。こちらが集められる軍は、民を動員すれば四十万だな。そこに傭兵が加われば、十分に勝てる」

「ただ、油断は無さなならいように」

「分かっている。それで、エリスの王は英雄王と呼ばれている。なんでも、ラミエルを討伐したとか。あの噂の真偽はどうなのだ」

「ラミエルの討伐。あいにく、私はラミエルを知りません。ただ、人を越えた化け物を倒したことは事実ですわ」


 人外の化け物、それがラミエルではないのか。

 そして、それを討ったか。

 どれほどのルクスを持っているのか。


「それで、会ったのだろう。エリス王の評価はどうなのだ」

「危うい王ですわね。王旗の噂は聞きましたか」

「なんでも、交差する剣だと」


 見てはいないが、噂は王宮にも届いていた。本当にそのような旗なのか疑問だったところだ。


「そうです。十字は秩序、そして剣は外に向けられています。創聖皇が示された印がそれならば、不戦の結界が消えていくのも理解できるのではないですか」


 イザベルの探るような目が貫いてくる。

 なるほど、こちらを煽ってきたのは、そういうことか。

 ここで、エリスへの進軍を渋ると、ことは防衛だと脅す気だったのだ。放っておけば、攻められると。その言葉に乗ってやるのもいいだろう。

 他の印綬も王もどのようにでもなる。

 そして、そこまで重商連合もエリス王国には腹を立てているということなのだろう。それを利用すれば、リルザは帝国になれる。


「残念だったな、手の上に熟れた果実が落ちるところだったのにな」

「それは、リルザ王国も同じでしょう。史上三人目の帝が誕生するはずだったのですから」

「そうだな」


 答える言葉も重かった。世界を動かすことになるのだ。初太刀は、我自身。歴史に名前が刻まれる。その是非の判断は、後の歴史家に任せようか。



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