百点の答
キルア砦の全員が居館の廊下に並んだ。
撤収するならば裏門に回るはずで、立て籠もるとしてもここでは意味がない。ここに集められた意味が分からず、荷物を持った兵たちは周囲を見渡している。
でも、ぼくにはその様子すらも誇らしく思えた。
不安になりながらも、声一つ立てないのだ。これが、どんなに凄いことか。
行進から始まる連日の訓練は、集団行動を徹底的に繰り返して規律と統制をその身体に刷り込んだのだ。
先頭に立つルーフス隊長が足を進め、大きな扉を開いた。
居館の一階。二階と地下に続く階段の前、廊下を挟んだ部屋、武器庫として使われていた広い部屋だった。
棚からは何もなくなったその部屋にルーフスが入ると、手にした槍で太い梁に挟まれた天井に引っ掛ける。
同時にその天井が下がり、階段が伸びてきた。
隠し部屋だ。
「エルド准尉、全員を隠し部屋に案内しろ。リプラムはついてこい」
ルーフス隊長が廊下に戻り、ぼくは慌ててその後に続く。
「守備隊長、あれは工兵が作ったものなのですか」
「そうだ。工兵隊にはあれを作らせに来てもらった」
居館で作業をしていていたのは知っていた。少ない人数では砦全体を守り切れないために、居館を要塞化するのだと思っていた。
そうか、土塁もそのためだ。門の前の土塁もあそこから出る廃材を隠すために作られたのだ。
そして、これはキルア砦を放棄しないという意志だ。
では、放棄しないとはどういうことだ。駄目だ、もっとよく考えろ。
これを考えた人は、その先、このリルザ王国との戦いを最後まで見据えている。
「守備隊長、これを考えられたのは守備隊長ですか」
ぼくの言葉に、隊長が振り返り、
「まさか、こいつは主上が考えられたものだ」
笑みを見せた。
「主上と言われるのは」
「そのうち分からぁ」
砕けた口調で言う。
ルーフス隊長はぼくと二人の時、他の部隊長たちといる時には、乱暴な言葉を使う。他の兵たちがいる時に話す言葉とは、まったくの別のものだ。
そして、なぜかその方が自然に思えた。
「それよりな、ここの王国旗を回収していくぞ」
石段を上り、回廊に出る。
「ゆっくりだ。まだ、時間はあるからな」
隊長の声を聴きながら、広場に目を落とした。居館に向かう兵たちの長蛇の列がまだ見えている。
「一時的にここを明け渡すのですか」
その目を対峙するリルザ王国の関に移した。
林立するリルザの王国旗は細かく動いている。あそこには四十万もの兵が集まっている。
待て、四十万。この砦に収容できるのは、多くても数千だ。
「分かったか」
隊長の声が背にぶつかる。
「この時間からここを占有して、兵を動かすのは明日になります。そして、キルア砦の守備に回せるのは千人。それ以上は兵の移動の邪魔になります」
「八十点だ。いいか、ここからリルザの軍は四方に浸透していく。全軍がここを抜けるのに三日は掛かる」
三日。待て、三日と言えばぼくたちが進軍の時に携行した食料の日数分だ。すぐに、携行した食料はなくなる。
「輸送が必要になります」
「そうだ。それも、四十万人分もの食料だ。やつらもバカではないから、それぞれに中継地点も作るだろう。しかし、拠点はここに作るしかない。なにせ、うちの国は荒廃し尽くして、畑は土埃が舞い、都市にも食料備蓄はないからな」
ここを輸送の拠点にするならば、広場は食料に埋まる。いや、広場も半分は荷馬車に埋め尽くされるのだから、居館にも食料を収めなければならない。
「守備に置ける兵は百人ほどですか」
「こっちは何人が隠れる」
「百二十人です」
そして、襲うとなると奇襲になるのだ。すぐにここは奪還できるだろう。しかし、同時にここは敵の中に孤立する。
襲われれば、すぐにでも踏み潰される。
「それを考えない主上と思うか」
それでも、勝算があるというのか。でも、主上というのは誰なのだろう。
「まぁ、おまえも考えろ。そろそろ旗を回収して隠れるぞ」
隊長が言いながら、王国旗へ足を進めた。
すでに広場に出来ていた行列はない。
回廊に立てられた二十本の旗を回収し、居館に戻ると奥の部屋に向かった。
下ろされた階段には最後の一人が昇っている所だ。
ぼくは回収してきた旗を階段上の准尉に渡し、そこを上る。
屋根裏の天井は思ったより広く、奥には光が見えた。
「ここからはレイム殿が聖符を描いている。音も光も漏れることがないから安心しろ」
隊長は最後に階段を上ると、それを引き上げた。
階段の収納された天井だ。もう、外から見ても気が付かないだろう。
「この先が居館と回廊とのつなぎ目で、そこが三層に分けた隠し部屋だ。リプラムはおれたちと一緒に最下層に来い」
言葉に押され、ぼくは足を進める。
天井を抜けると部屋が現れた。先ほどの武器庫ほどの広さの部屋で天井も高い。手前には槍や剣が棚に掛けられ、奥には二段の寝台が並べられている。
ここだけで、四十人の兵が荷物の整理をしていた。
壁際には三本の梯子が掛けられ、下層に続いている。
それを降りると二層目だ。
同じような広さがあり、二段の寝台と食堂が見えた。ここでも五十人ほどが自分の荷物を整理している。
そのまま最後の階にまで下りた。
ここは細かく区分けされているようだ。
一つはトイレの並ぶ部屋、もう一つは寝台の置かれた部屋。そして、倉庫と隊長たち士官の部屋だ。
なぜか、ぼくもその士官の部屋に入る。
そこには十一人の准尉たちが腰を下ろしていた。
ぼくは慌てて一礼し、部屋の隅に直立する。冗談だろ、こんな所で寝起きするのか。士官様の部屋では休むことも出来ないよ。
「さて、エルド。もうやってくれ」
「分かった」
そのぼくを横目に、隊長が言うと椅子に腰を落とした。
わずかに遅れて、鈍い音が部屋を揺らす。
これは。
「リプラム。階級は気にしなくていいから、そこに座れ」
階級は気にするなと言われても、軍は階級が全てだと教えられている。
「さて、今の爆発は何だと思う」
声を掛けたのは、エルド准尉だ。
「はい。リルザからはこの砦は監視されています」
即座の質問に考えながら答える。
爆発をさせる意味。あの爆発は地下から響いてきた。地下には何がある。
そうか。
「砦には秘密の通路があります。それはリルザ王国も同じでしょう。ですが、ここの秘密通路は温存しなくてはいけません。この砦を奪還する時に、増援を入れるために必要です。ですから、ダミーの秘密通路を爆破したことにして捜索から逃れる必要があります」
では、秘密通路を爆破する必要性をリルザにも示さなくてはいけないはずだ。
自然な形でそれを納得させるにはどうすればいい。
「守備隊長はリルザに交渉に行った時に、この後退を隆也王に責められたくないと言われたと聞きました。この砦が強襲されて思いのほか早く落ちるので、秘密の通路を使ったことにしたいと要望されたのでしょうないでしょうか」
ぼくの返事にエルドは頷くが、隊長はまだ頷かない。
まだ足りない。
では、増援の兵は孤立したこの砦を護るためにいれるのではないのか。しかし、このままでは両方から攻められるはずだ。
違う。ここを奪還する状況を考えれば――。
「ここを奪還した後、リルザの関を落とすために増援を入れる必要があります」
初めてルーフス隊長がぼくの答えに大きく頷いた。
「百点だ」
その言葉は、ぼくの心に深く沈みこんだ。
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