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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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バルキアの勝算


 窓の外を見るとバルキアは息を付いた。

 ここから見えるキルア関、キルア砦には、エリス王国の旗が未だに翻っている。


「ロメル公、キルア砦からは返答はあったか」

「はい。砦内の意見集約に手間取ったと昨日連絡がありました」


 真っ直ぐにこちらを見てくるロメルに目を移した。

 髪には白髪が混じり、深いしわも見える。歳は一回りも上に見えるが、ロメルは我のひ孫になった。

 妻も子もすでに亡くなり、孫も老人になる。印綬の継承を受けて八十年、周囲だけに時間が流れていた。


「それで、どう見る。我は罠でもないと思うが」

「あのルーフスとか言う守備隊長、私に言った言葉は本当でしょう。この軍勢に、抗うバカには見えません」


 確かにそうだ。

 先遣隊が小競り合いをして、すぐに使者が訪ねてきた。それも、守備隊長自らだ。

 無論、そのような小物に我が会うまでもなく、ロメルに対応させたのだ。


 その守備隊長は軍使として来たと言うが、その内容は砦の無血開城だった。

 我らの先遣隊が砦前の土塁でエリスの守備隊とぶつかり、撃退された。しかし、その守備隊長は、その小競り合いで我らには敵わないことを知ったと云う。

 小競り合いの勝利に慢心せずに、冷静に状況を見たのだろう。


 このままでは、踏みつぶされるしかない。逃げ出したいが、ここでその日のうちに敗走をしてしまえば王に責められるから、戦う振りだけをしたいとの申し出だった。

 翌日には、砦にある秘密の通路から軍を引き払うから見逃してくれとの懇願だ。

 その秘密の通路も脱出後には爆破したいと言うのも、王には奮戦虚しくと言い訳するための保身なのだろう。


 そうでなければ、秘密の通路の話などするわけもないのだから。

 それを聞かされたロメルは吹き出し、臆病者の首は取らないと条件を呑んだ。後から、承認を依頼された我も笑うしかなかった。

 本来ならば昨日には門が開かれるはずだが、衛士をまとめるのに時間が掛かることも分かる。


「ですが」


 ロメルが続ける。


「今晩には、夜襲を掛けます」


 その言葉に頷いた。

 使者が来て三日。無血開城は大いに魅力を感じるが、これ以上ここで待っても意味がない。

 あの守備隊長が部下をまとめきれないなら、踏みつぶしてしまえばいい。


「しかし、その前に軍をキルア砦の前に進めよ。こちらの軍勢を見せつけ、決断を急がせろ」

「承知しました」


 ロメルが礼を示す。

 これで、無血開城させればロメルの手柄だ。

 衛士を損じることなく、要衝を手に入れた。一公領主に過ぎないが、その功は大きい。


 内務大司長への道も広がり、我もロメルを推しやすくなる。

 印綬を継承して天籍に移り、家とは関係が無くなるとは言えど、やはり身内は可愛いものだ。

 それに、王宮官吏も全てが我の手の内にもなる。


「キルア砦を抜いた後、ロメルは先鋒として王都に向かえ。公貴編成の第七軍と第八軍の十万を与える」

「先陣を切るとは、光栄の至り。私の公領主連合の第六軍と合わせて、この十五万で王宮を落として見せましょう」


 頼もしいことを言う。


「王立軍の第四軍から第五軍は、外北へ向かえ。不確定だが、王旗は外北へ向かったとの報告もあった。エリスの王を見付ければ、それを包囲しろ」


 そう、しばらく前から何人ものアセットをエリス王国に送った。

 返ってくる報告は少なく断片的なもしかなかったが、王旗が外東から外北へ移動しているというものが幾つかあったのだ。

 そして、そこから見えてくるものがある。


 隆也王は、こちらを迎え撃つために目の前のキルア砦に向かっていた。しかし、こちらの軍勢の大きさを知り、慌てて外北へ向けて逃げ出したのだ。

 英雄王とか言われてもてはやされたようだが、逃走した王など怖くはない。


「印綬の直隷になる第二軍と第三軍は抑えた都市、町、集落を掌握し、領民を手なずける。我の第一軍はここで全軍の指揮を執る」


 その言葉に

「バルキア様」

すぐ側で声が上がった。


 立ち上がったのは、軍務司長たち六人だ。


「私たちは印綬の継承者様の直隷です。ですが、その指揮を執る他の継承者の方々が見当たりません」


 見上げるような目を向けてくる。

 当たり前だ。これは我の地位と名声を確立させるのための大事な分岐点だ。

 今の地位に胡坐をかいた王は今まで動くことはなかった。他の印綬の継承者も同じだ。何も決定できずに不毛な話を続けるだけだった。


 このリルザをここまで安定させたのを誰だと思っている。我が方針決め、根回しをし、実行したからではないか。

 しかし、称賛の声は、崇敬の思いは我には向くことはなかったのだ。この戦は、我の能力を世界に知らしめるための絶好の機会だ。

 その絶好の機会に他の者を関与させるほどに、我はお人好しではない。日の当たらない縁の下の力持ちなど、うんざりだ。


「リルザ王国は、これから史上三国目の二国統治を行う。他の印綬の継承者はその準備に忙しい。ここの全指揮は我が執る。お前たちは我の指示通りに、軍を動かせばいい」

「では、十万の兵を私たち六人で指揮するのでしょうか」

「当たり前だ。その為の軍務司長だろ」


 叩きつけるように言うが、この六人が不安になるのも分かる。

 今まで、軍務司のしてきたことは妖獣討伐と野盗の討伐だけだ。八十年の治世の間に、内乱が起きたこともない。


「相手は、総勢で十万だ。割けるのは多くても四万、不意を打たれても崩れることはない。お前たちはただ、周辺の集落、町、都市へ進み掌握すればいいだけだ」

「承知しました」


 安心したように、六人が腰を下ろした。


「王立軍、おまえたちはエリス王を追い立て包囲するだけでいいぞ。包囲したエリスの王を討つのは、この第一軍が行う。それまでは手を出すことは許さん」


 我の言葉に、第四軍と第五軍の軍務司長が頭を下げる。

 王を討つ誉だけは、他の誰にも譲れなかった。

 公貴の軍を使えば、その功を奪われるかもしれない。万が一、印綬直隷の軍が討てば、その功は他の印綬の継承者のものだ。


 しかし、王立軍ならば、その万が一があっても我の功にすることも出来る。

 わざわざ、こんな戦場まで出張って来たのだ。見返りがなければやってられるものか。


「それでは――」


 我の言葉を遮るように扉が開かれ、

「申し上げます。キルア砦のエリス王国旗が消え、爆発音が聞こえたとのことです」

衛士が駆けこんできた。


 慌てて窓の外に目を移す。


 確かに、翻っていたはずの旗が見えない。

 やっと動いたか。

 同時に、これはリルザ王国が楽に勝てることを意味した。


 最前線の砦を任さられる守備隊長だ。王の信任もさぞ厚いはずだ。

 それが、命乞いだ。王の不評を買わないように、手回しをしての降伏だ。

 エリス王国の衛士たちの心は王から、国から離れている。


「ロメル公、直ちに軍を進めよ。後続も進軍の準備に掛かれ」


 言いながら、我も立ち上がると窓に向かった。

 砦に林立していた旗はなく、砦の奥は立ち上る煙も見える。

 史上三国目の二国統治がなったも同然だ。


 これで、エリスの王を我が討ち取れば、この名は語り継がれることになる。いや、三帝と肩を並べる存在に、我もなる。

 無難に過ぎていく八十年にも飽きたところだ。

 心が震え、身体は燃えるように熱かった。


「国中に、いや、世界中に喧伝しろ。リルザ王国は、智の印綬バルキアの指揮の元にエリス王国に入ったと伝えよ」


読んで頂きありがとうございます。

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