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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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改革の現状

 

 馬と言うのは、乗ってみると結構でかい。

 視界は高くなり、揺れも大きかった。歩くのはまだいいが、速歩となると乗るのが精一杯だ。

 すぐ後ろに続くカザムはすぐに慣れると言ったが、三日もたってこれだ。本当に慣れるのだろうか。


 それに、この鎧もだ。

 軽いとは言ってもこれだけ着続けていれば肩も凝ってくる。まだ、戦までは時間もあるのだから脱いでいてもいいだろう。


 そのおれの横に、

「隆也王陛下」

近衛が馬を近づけてきた。


 まだ若い近衛。

 身に纏った鎧も軽装のもので、他の近衛騎士とは一線を画している。

 彼らは近衛騎士団にはなるが、公貴としての地位が低いために雑用を押し付けられた近衛従士というものらしい。

 見る限り、この近衛従士と言う一団の方がルクスの汚れは少ないようだ。


「どうした」

「そろそろ陽が落ちます。この先の広場で野営を張ります」


 確かに休みなく移動している。馬を休めることも必要だろう。


「分かった。外東からの避難民も出て来る、野営場所が一緒になるなら、避難民を優先する」

「承知しました」


 従士が馬を返すのを見送り、

「カザム」

後ろから来るカザムを呼んだ。


「主上、いかがしました」

「この先で野営だそうだ。輜重隊が先行をしているから、すぐに会議をする」

「承知致しました」

「それと、ルーフスのいるキルア砦はどうだ」

「はい、リルザの軍は国境沿いに集結しているそうです。不戦の結界は消えたようで、リルザ王国旗は林立し、いつ国境を破られてもおかしくはないと」


 やはり、逃亡公貴と官吏に大義を見出したようだ。


「侵攻の時期をルーフスはどう見ている」

「はい。リルザの智の印綬、バルキアが国境に向かっているとのことです。到着するのが明日。侵攻は明後日であろうとの見立てです」


 なるほど。侵攻の立案はバルキアということだ。そうなれば、リルザ王国のバイザ王に権威は集中していないということになる。


「キルア砦はどれほど耐えられる」

「ルーフスは小競り合いの後で、交渉に向かうそうです。キルア砦を明け渡すが、隆也王たちに無血開城を知られたくないので、猶予を欲しいと願い出るとのことです」


 さすがと言うべきだな。

 ルーフスは以前と異なり視野が広くなった。本質を見極め、深い思考ができる。ルーフスならば一軍を任せても心配はない。


「三日は稼げます」


 カザムの言葉に頷いた。


「三日か、このペースならばどこまで進める」

「このままでは、カリナス街道駅くらいです。急げばクエラス街道駅までは進めます」


 クエラス街道駅、確か中東守護領地に近い場所だったはずだ。

 考えているうちに広場に着いたようだ。

 近衛従士たちはすでに天幕を立て、忙しく動いている。しかし、おれの目はその前に立つ騎士に向けられた。


 おれより少し年上だろうか。胸元にエリス王国の紋章が描かれ、肩当てに赤い線が一本引かれた真新しい鎧が、その者の経験と地位を教えている。

 前に出ようとするカザムを抑えた。

 こちらを真っ直ぐに見る、困惑と怒りに満ちたような瞳に惹かれたのだ。

 何よりルクスが面白い。揺らめきはあるが、穢れなく強く輝き、そして輝きの割にルクス自体は弱い。


 騎士は手にした槍を大きく後ろに回して穂先を地面につけ、礼を示した。

 同時に、その所作に安心したようにカザムも馬を後ろに下げる。

 騎士の前でおれは馬を止めた。


「王よ、足を止めさせ申しわけございません。どうしてもお伺いしたいことがあり、お待ちしておりました」


 言葉は穏やかだが、その目は相変わらず穏やかではない。


「何を聞きたい」

「王が、どうしたいのかということです」

「何についてだ。お前のことか、近衛のことか」

「国のことです」


 全て間髪入れずの即答だ。

 思い、考え、悩み、そして決断をしたということだ。


「名前は」

「近衛騎士団、五番隊隊長のローク・バウゼンです」


 バウゼン。


「元外務大司長の縁者か」

「ベム・バウゼンは父です」


 息子か。しかし、その目の怒りは、父に対する処遇によるものだとは思えない。


「この国をどうするのか、だったな。これからその会議だ。お前の目で見ればいい」


 おれは馬を進めた。

 後ろに続くカザムが、ロークを誘う。

 すぐに駆け寄ってきた騎士団付きの馬夫が、手綱を抑えた。


 広場という割には狭い場所だ。

 奥の天幕の側では、近衛騎士たちがすでに寛いでいるのが見える。その身に纏うルクスは、目を覆うほどに酷いものだ。

 あのロークという騎士が珍しいのだ。


 おれは、用意された天幕に入った。

 すでに机と椅子が並べられ、ダリアたちが地図を広げている。

 いつも見ていた王宮官吏、秘書官に政務官。今は、なんか安心できるんだよな。


 彼らが礼を示すのを手で制しておれは椅子に腰を落とし、マントを外した。この甲冑というものから、早く解放されたかった。

 手早くそれを外すとローブを肩に掛ける。


 それを待っていたように、

「陛下、各印綬の継承者様たちとの連絡網が確立しました」

ダリアの声が掛けられる。


「分かった」


 用意された席に付くと、その前に分厚い資料が置かれた。

 移動中の馬車の中で、彼らが連絡を取り合いながらまとめたものだ。

 この分厚さで、今日一日で進めた内容だ。彼らの顔色がより悪くなっているのも頷ける。

 ニュースで見たブラック企業というのも、ここまで過酷ではないだろう。一段落付いたら、長期休暇も必要だよな。


「官吏の補充はどうなっている」


 おれは顔を上げた。


「前回の試験で、臨時登用が七千人ほどです。補充で言えば、地方政務官も含めて八割ほどです」


 政務官の言葉に、

「ですが」

ダリアが言いながら、置かれた資料を捲る。


「銀行、商工業の実務員は四割ほどです」


 商業ギルドの撤退は、数日で終わる。同時に新紙幣に切り替えたいが、人手が足りないか。

 思わずため息が漏れ、同時に周囲の政務官が弾かれたように後ずさる。

 抑えていたルクスが、漏れ出たのだ。

 ルクスは威圧感となるために、会議の場では特に抑えている。しかし、王権移譲の時に分け与えられて増大したルクスは、気を緩めるとすぐに溢れ出してしまうんだよな。


 おれは、改めてルクスを抑えつけると

「補充の人材不足。それでは、学院の進捗は」

顔を上げた。


「ほぼ全ての学院が開設しています。住民登録の終わった該当者は、順次就学しています」


 すぐに答えるダリアの声は、冷静だ。

 さすがに慣れているだけのことはある。


「分かった。人手の足りない部署に、上級学院の修士を募集出来ないか検討してくれ。臨時の臨時だが、棒給は出るようにしろ」


 アルバイト言っても分からないだろう。しかし、事務仕事や、肉体労働ならばアルバイトでもきくはずだ。


「臨時の臨時ですか。シルフ様に連絡をしてみます」


 それを聞きながら資料に目を落とす。

 郵便事業の立ち上げも農業試験場の稼働も人手不足だ。

 警吏と新兵は初期訓練中。


 それに、そこに人手を割くと今度は食料生産が落ちてしまう。

 無理ゲーに近いな。

 国をどこに向かわせるのか。神妙な顔で隅に立つロークに目を移した。

 これが、この国の現状だよ。


読んで頂きありがとうございます。

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