出陣
周囲の歓声は空に響き渡るようだった。
広い通りは人に埋め尽くされ、その熱気に汗さえ浮かんでくる。
その人混みをかき分け、セリは前に出た。
おいらの頬の痣、エルグの民の証に気が付いた何人かが、驚いたように場所を開けるのが幸いした。
目の前には王国旗を掲げた兵士に溢れている。
目を引くのは、全ての兵が同じ鎧を身に付けていることだ。
これらは軍が用意したことを教えている。兵全員分の鎧を用意することなど、考えもしなかった。
「セリ、どうされたのです」
後ろからイサに抑えられる。
「これは、リルザ王国の侵攻が始まったのですか」
「もう、始まるということらしいです。全軍が動きます。すでに三日前から各地の軍は移動しているそうです」
全軍が動く。
昨日まで王都はいつもと変わらず平穏だった。それが、今朝になって急に出陣となる。
そんなに早く軍が動かせるのか。
おいらも軍務司の仕事をしたが、こんなに早くは動かせなかった。招集するだけで三日は掛かるのだ。
「どうやって、これほどの兵を招集できたのですか」
「招集、そんなことはしません。兵は全て駐屯宿舎に集めています」
「それは、これが全て常備兵ということですか」
「そうです。彼らは全て職業軍人です」
全てが常備軍。町や集落からの招集はしないのだ。
それならばこの行動の早さは理解できる。しかし、これほどの兵を養うにはどうしているのだろうか。
「兵の装備も全て国で用意されたのですか」
「当然です。衣食住の全てを用意します。彼らは国の盾であり、鉾であり、命を賭すのですから」
イサの言葉と同時に一斉に軍が動き出した。
騎士を先頭に、兵を満載したが馬車続く。歩く兵は数人でしかない。これならば、兵の移動も迅速に行えるだろう。
流れていく王国旗の奥に、王旗が見えた。
隆也王も動くのだ。
目の前を兵を乗せた長い車列が続き、その後ろには荷馬車の車列が続く。
アムル賢者は補給が大事だと強く言っていた。
おいらも最初は理解が出来なかった。実際に軍を動かす計画を立てて初めてその重要性を知った。
いや、それでも軍務司の大半はそれを理解できなかった。
でも、隆也王はそれを把握し、実践しているようだ。
車列が過ぎ、王旗とそれを護る近衛騎士団が見えてくる。
不意に違和感を覚えた。
これだけの組織を短期間で作り上げた隆也王だ。それが、近衛騎士団には覇気が感じられない。弛みさえ見えているようだ。
その中心を割るように、隆也王の進んでくる姿が見えた。
黒く輝く見たこともない鎧に漆黒のマント、乗っているのは大きな黒馬だ。その凛とした姿は周囲の空気さえも変えてしまいそうだった。
隆也王もおいらに気が付いたようだ。
目が合ったと思うや、隆也王がそのまま馬を下りてくる。
真っ直ぐに進んでくるその姿に、おいらは膝を付いた。
「出陣だ、礼は示さなくていい」
声が落ちてくる。
「隆也王自らの御出陣ですか」
「人手不足だからな」
隆也王と親しく話すおいらに周囲の人々が大きく避けた。
「それより、この国にはだいぶ慣れたか」
「変革があまりに大きく、正直戸惑っております」
「ゆっくりと見るがいい。それと、小麦と家畜までも届けられた。礼を伝えてくれ」
「こちらこそ、エリス王国の御厚意に感謝しております」
おいらが礼を示した時、通りの奥から騎士の一団が馬から降りて駆け寄って来た。
一団は、少し距離を置いたところで片膝を付き礼を示す。
「ラウゼン、よく来てくれたな」
声を掛けたのは、隆也王だ。
その騎士の一団は統制が取れ、精鋭と言うにふさわしいほどの覇気に満ちている。
こっちが近衛騎士団なのだろうか。
いや、近衛を示す王国の紋章は鎧に付いてはいない。
「王の後衛、このラウゼンたちにお任せください。シッカリと固めて見せましょう」
「それは心強いな。頼む」
言うと、隆也王はおいらに目を戻す。
「この国はこれより戦場になるが、フレア女王との約束はいかなることがあっても守る。安心するように伝えてくれ」
「承知いたしました。それと、隆也王。一つお願いがございます」
おいらの言葉に、隆也王の背を向けかけた動きが止まった。
「どうか、リルザ王国との戦を観させては頂けませんか」
「セリは、軍務司の仕事もしていたな。観戦武官か」
隆也王は再びこちらに向き直る。
観戦武官。初めて聞く言葉だが、その意味は明確だ。
「ラルク王国には世話になっているからな。しかし、アムルと言うのは、本当に食えない男だ」
翻る漆黒のマントに、視界が塞がれた。
「よかろう、ラムザスに付くと良い。ナオル関が大きな戦場になる」
声は後から聞こえる。
ナオル関、確か外東と中東の領境にあった関のはずだ。
あんな深い所が戦場になるのか。しかし、隆也王はおいらを騙すような王ではない。何か考えがあるのだろう。
隆也王には、賢者と似た鋭さがある。
おいらには見えない先が見えているのだろう。
その背に一礼して、通りに背を向けた。
距離を置いて立つ人々が見える。
おいらの頬の痣にエルグの証を見、驚き怯えていた人々もいた。しかし、今はその怯えは見られない。
そうか。
隆也王はおいらがエルグ種であり、まだエルグの民を恐れる人が多いことを知っているから、わざわざ馬を下りておいらに話しかけに来たのだ。
隆也王自らが、エルグの民は恐れる存在ではなく、共に歩める信頼できる種だと示してくれたのだ。
もし、この国の改革が成し遂げられ、リルザ王国を撃退することになれば、この国は。エリス王国は千年王国になる。
おいらは、それを目の当たりにすることになる。
賢者はそれを見越し、おいらをここに残した。おいらなら、それを細かく観察できると信じてくれた。
おいらが見て、学んだことを持ちかえれば、ラルク王国も千年王国になれる。
その為には、おいらはもっと細かく観察し、もっと深く学ばなければならない。ここにいる時間を無駄にしてはいけない。
「セリ、それではラムザス様の所へご案内いたします」
イサが歩み寄る。
「お願いします。おいらは兵を運ぶ馬車の横でも歩きますから」
「それには及びません」
イサが笑った。
「それぞれの軍には、政務官たちも付いて行きますので、専用の馬車が用意されています」
「政務官、戦場にですか」
「この国は、未だ改革の途中です。戦中でも改革を止めることがないようにと王が指示されました」
改革は確かに途中なのだろう。しかし、だからと言って戦場においてもその処理をしていくとは考えもしなかった。
ダリアと言った秘書官の顔が思い浮かぶ。
あの秘書官は女性だった。
女性も戦場に向かうことになるのだろうか。
「万全を期しますが、万一の時はセリ自ら剣をお取りください。お預かりしています剣はお返しいたします」
「分かりました」
おいら自身も鍛えてきたのだ。おいらだけでなく、周囲の者たちも守って見せる。
なにせ、おいらはアムル賢者の修士だったのだから。
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