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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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聖獣


 王宮の外、並ぶ厩の外れにその建物はあった。

 おれはその中に入るとすぐ側の椅子に腰を下ろす。

 藁の敷き詰められたこの広い建物は、聖獣ユニコーンの為だけのものだ。


 聖獣だけあってそのルクスは強く、他の真獣や馬は怯えて近づくことも出来ない。

 そのために、厩とは離れた場所に専用の建物を建てたのだ。

 待つほどもなく、一画に青い光が凝縮していく。


 同時に、

「隆也か、戦に行くのか」

頭に声が響く。


「分かるか」


 おれは声に出した。


「その格好だからな。皇に下賜された鎧だろ」

「そうだよ」

「血は嫌いだ。血の匂いを付けて、ここに来るなよ」

「分かっている。おれだって嫌いだ。それより、住み心地はどうだ」

「悪くはない。ただ、馬夫というものにも声が届かない。こちらのルクスに反応が出来ないようだ」


 それはそうだろう。そのルクス輝きは鋭さも持っている。

 普通の者ならば、無意識のうちに自らのルクスで遮断するはずだ。


「馬夫に何かしてほしいことがあるのか」

「飼葉に混ぜる水晶の量が少ない。もう少し増やしてもらいたい」

「分かった。それはおれから伝えよう」

「頼む。それで、どうしたのだ。戦場に行く前の挨拶ではあるまい」

「一つ聞きたくてな」


 おれは、椅子に座り直した。


「レイムから聞いたが、おれは妖獣を真獣には出来ないのだろう。それに、おまえもおれを乗せられないのだろう」

「そうだ、乗せることは出来ない。それに、聖獣を持つ者には、聖獣のルクスが付着する。穢れを嫌い、浄化をするこのルクスは、妖獣のルクスを阻害し、遮断する。隆也は妖獣にルクスを送り込むことも出来ない」


 やはり、そうだ。ユニコーンの浄化能力は凄まじい。

 この聖獣が来てから、王都にまで出てきていた妖獣は姿を消し、積み重なった妖気も薄れている。


「それで、少し困っている」

「なんだ」

「おれはこれから戦場に出るが、真獣の機動力と言うのはやはり大きな武器になる。特に、囮となる時にはその足の速さが大事だ」

「普通の馬では無理がきかないということか」

「そうなる」

「ならば、これはという馬がいるならば、その子馬、生まれたばかりの子馬を連れてこい。真獣にはならないが、役に立つようにはしてやる」


 あっさりと言う言葉が頭に響いてきた。

 どういうことだ。


「連れてきた子馬をどうするのだ」

「ルクスの強化をしてやろう。真獣は妖がルクスに変化して強化されたものだ。ならば、最初からルクスを増強してやればいい」


 なんだ、それ。それならば、先に言ってくれてもいいだろう。


「聞かなかったではないか」


 聞く、聞かないの問題なのか。しかし、これはという馬の生まれたばかりの子馬なんているだろうか。


「分かったよ。そういう馬がいたら、声を掛けるさ」

「それと、たまにはここにも顔を出せ。忙しいのは分かるが、おまえの本質を知りたい。それを知れば、少しは道を示すことも出来る」


 聖獣というが、とても動物との会話ではないな。まるで先生と話しているようだ。


「道か。どう考えても血塗られた道しかないぞ」

「大事なのは、そこをどう歩むかだ」

「難しそうだ。それよりも名前を付けなくてはいけないな。聖獣やユニコーンでは呼びにくい」

「名前など、どうでもいいさ」

「おれが困るから考えとくよ。また来る」


 おれは立ちあがると厩を出た。

 奥に見える厩には、馬夫と騎士が集まってきている。


「どうしたのだ、聖獣に会って来たのか」


 掛けられた声に振り返る。

 完全武装をしたサラだ。

 形は違うが、最初に会った時と同じ白銀の鎧に純白のマント。本当に、何を身に付けても似合うし、綺麗なんだよな。

 たまに、本当にたまにだが、ドキドキして顔を見られなくなる。


「そうだ、少し話してきた」

「何の話だ」

「真獣は持てないが、これはという馬がいてその子馬が生まれたら、聖獣がルクスの増強をしてくれるそうだ」

「そうか。今回用意をした駿馬だが、つがいがいてな。もうじき子馬が生まれるそうだ」


 駿馬か。正直、馬に乗れ出したばかりだ。

 平均的な馬を知らないのだから、どういうのがいい馬なのか、おれにはさっぱり分からない。


「分かった。仔馬が生まれたら連れていくことにしよう。それで、サラは北からだな」

「外北が相変わらずくすぶっているらしい。隆也も情け容赦がないから」


 外北は反乱があって当然、想定済みだ。水晶鉱脈の採掘で商業ギルドから莫大な財を得ていたのだ。それを全て取り上げられれば納得などするわけがない。

 商業ギルドも同じだ。

 あれだけの水晶鉱脈を手放させられたのだ。あらゆる手段を使って奪還に来るのは分かっている。


「サラなら問題ないだろ」

「軽く蹴散らすわよ。それで、公領主のサイルス公はどうするの」


 サイルスか。

 外北守護公領主でありながら、領内の警備はおろか運営までも商業ギルドに丸投げをするような領主だ。

 状況判断が出来ず、虚栄心が強く、プライドばかり高い。正直小物過ぎてどうでもいい。

 しかし、無能な小物ならば、それなりの用途はある。


「港に追いやり、逃がしてやれ。足を引っ張る味方は、敵に置けば有能な味方になる」

「こじらせているな、隆也は」


 サラが身体を押し付けて囁いてくる。

 何だよ、その意味ありげな言い方は。


「精々、後ろから煽るわよ」


 そのまま身体を離した。

 そうか。意図したことに気が付いたのか。

 リルザの動きに連動して、サイルスも反旗を翻すはずだ。しかし、動員できる私兵も少なく、サラならば一蹴してしまう。


 だが、逃げ道を作った上で圧を掛ければいい。

 どうせ、全ての財産を抱えて逃げ出すはずだ。後から煽れば、それらを放り出しながら逃げるしかない。


「任せるさ」

「だけどね、隆也。心配なのはそっちよ、以前にも言ったけど、近衛は信用ならない。何かあればすぐに逃げてよ。わたしもすぐに行くから」


 真っ直ぐな目を向けてきた。

 本気で心配をしてくれているのだ。


「カザムたちも護衛に同行してくれる。それに、ラウゼンたちもいるのだろ」

「それはそうだけど」

「おれは大丈夫だ。それに、いざとなれば覚悟も決めるさ」


 おれは足を進めた。


 その背に、

「人を殺す覚悟も大事だが、逃げる勇気も忘れるな」

サラの声が掛けられる。


 おれは手を上げながら、奥に見える馬夫の作業場に足を進めた。



読んで頂きありがとうございます。

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