変革
朝日を浴びた瑠璃宮は、周囲を染めるかのように青く輝いて見えた。
その王宮へと続く通りは、見る度に変わっていく。上級政務官の屋敷が施設に変わり、この時間から人が並んでいる屋敷もある。
「イサ殿、これは何の施設なのですか」
傍らの案内係の男に顔を向けた。
「あれは、王都中央役場になります。並んでいるのは戸籍の登録です。それより、セリ殿。小職は二種政務官です。小職の名に殿を付けられては困ります」
「それでは、おいらの名前からも殿はずしてください。ここでは、おいらは留学修士であり、連絡員にすぎません」
その言葉に、少し戸惑ったようにしながらもイサが頷いた。
「分かりました。僭越ですが名前のみで呼ぶことにいたします」
「それで、戸籍登録と言うのは何ですか」
「名前、住所、生年月日をここで登録するのです」
「名前は王宮の中に住民の一覧が刻まれるのではないのですか」
王宮には地図の間があり、その壁面に国民の名前が自動的に刻まれるという。それをなぜわざわざ登録するのだろう。
「まず刻まれるのは十七歳以上です。それより幼い子供は刻まれません。ですが、どれだけ幼子であろうとこの国の国民に変わりません。誘拐の対策にもなりますし、どの地域にどれだけの人がいるのかが分れば、国の政策にも関わるそうです」
それでは、国民の全員を登録するのか。
確かに、それならば地域ごとの人口も分かり、年齢層も把握できる。誘拐事案があれば、どこの誰が攫われたかも把握できる。
確かに、これは見習うべきものかもしれない。
「ですが、上級官吏は公貴でもあるでしょう。よく屋敷を引き渡してくれましたね」
「屋敷は、その官職に対して王が用意されたものです。辞職した以上、引き渡しは当然ですからこちらで接収しました」
確かに、形式上はそうだ。しかし、官職は世襲になっている今、屋敷はその家に与えられていると解釈されている。
それを接収って、強制的に排除したのか。
公貴が私設の兵も傭兵も持てないのならば、抵抗のしようもない。それでも、不満はくすぶるしかないはずだ。
「では、彼らはどこにいるのですか」
「一種以上の上級政務官は、辞職後も三十日間は移動制限されるようになります。その間は王宮で宿を用意し、監査が入ります。問題がなければ、希望の地域に家が用意されます」
監査。公貴の上級官吏に監査を入れるのか。確かに、ラルク王国でも上級官吏の不正は多い。しかし、彼らは公貴の特権で警吏の手も届かない。
この国は、その聖域にも手を付けているのだ。
だけど、その溜まった不満は反発となって表れ、反乱を起こすはずだ。
隆也王はどう対処するつもりなのだろう。
「イサは、この国の行く末をどう思っているのですか」
「小職ですか。小職は、希望に満ちています」
男が笑みを見せた。
おいらの父親ほどの年令だろうが、その笑顔は少年のように見える。
「この国は、大きく変わります。小職は以前は巡回警吏の二級警吏、いわば荷物持ちでした。ご存じのように公貴の警吏はその時の気分で罪人を作り、処罰するような輩です」
確かにそうだ。巡回警吏でなく、一般の警吏も同じだ。その為に民からは怨嗟の的になっている。
しかし、それが警吏というものだろう。
「この国では、警吏になる資質があるかどうかの試験が行われます。その試験に受かった者は、さらに警吏の学校に行き、そこを卒業しないとなれません」
「警吏になるのに、何を学ぶのですか」
おいらの言葉に頷き、イサは顔を前に向けると手を上げた。
いつの間にここまで歩いたのか、目の前には王宮の門が見える。
「学ぶことは多くあります。関係する法に民との接し方と尋問の仕方、それに証拠の集め方です」
門が開くとイサが先に足を進めた。
「民の協力があって犯人を捕まえられます。怪しい者に話しを聞き、証拠を集めなければなりません。それをしないと捕まえたことにはならないのです」
どういう意味なのだろう。
「警吏が捕縛して裁くのではないのですか」
「警吏は捕縛するだけです。裁くのは裁判所になりますが、警吏は捕まえた者を検察に送り、検察が裁判所に送ります。捕まった者にも弁護人が付き、裁判所で法に基づいて罪と処罰が決まります」
「その裁判所、検察、弁護人と言うのは何ですか」
「法を学んで理解した人たちです。捕まった人は、そこまではまだ犯人ではありません。検察はその者を法によって裁く場所の裁判所に送り、犯人であると主張します。弁護人はその者を法で護るために擁護します。それを裁判所で裁くのです」
なんだ、それは。それでは、盗賊を捕まえてもすぐには処罰できないのか。
「人には、全ての人には幸せに生きていくための権利というものを持っているらしいのです。この国は、それを具現するのです」
嬉しそうにイサが言う。
警吏だったイサは、それが正しいことだと思っているのだ。
おいらは、おいらは良く考えないと分からない。
これも賢者様に伝えておかないといけない。
「小職は、セリの案内役をさせて貰っております。おかげで、様々な部署に同行させて貰い、この国が生まれ変わる姿を見させて貰っています」
王宮に入ると奥の階段に進んだ。
階段から見える政務室はほとんどの机が空き、いるのは一割にも満たないほどだ。
ラルク王国でも政務官の辞職は相次いだ。だが、それでも半分近くは残った。
「これでは、国が回らないのではないですか」
思わず呟いた言葉に、
「ここにいるのは、連絡用の政務官です。ほとんどの者は役所と試験会場に出ていますから」
イサが笑う。
「それでも、六割は辞職しています」
「それで、回るのですか」
「官吏登用の政務官試験が今日から始まります」
「その人たちで補充をするのですか」
それは、無茶だ。
任官してから一人前の政務官になるには、時間が必要だ。すぐに、政務官としては働けない。
「試験の上位者から順次、非常勤の政務官として配置します。これは、試用任官になり、適正有りとなって初めて正規政務官になるのです。その彼らが補助に回れば、とりあえずは凌げます」
非常勤の政務官は確かにいる。本来は公貴以外の者がなる雑用係だ。ラルク王国では、能力はあるがルクスの少ない者が、その役目を担っていた。
政務官の事務や書類などは猥雑だ。それを補助と言っても簡単には出来ない――。
いや、その猥雑な手続きを簡易化すれば、問題がないということなのか。
「では、この国では政務官の組織も変えたのですか」
「サラ様からお聞きしました、セリはあのアムル賢者の修士であったと。さすがに理解が早いですね」
イサが階段を上ると廊下を進む。
「サラ様が、執務室にお呼びするわけです」
言うと、大きな扉の前で足を止めた。
「今日は、セリの意見が聞きたいとサラ様がお待ちになっています」
扉が開かれる。
執務室の前室になるそこは広く、中央に置かれた机に政務官たちが腰を下ろしていた。
奥の窓を背に座っているのは、礼の印綬の継承者サラ様だ。
「よく来てくれた、セリくん」
慌てておいらは膝を付き、礼を示す。
「そんなことはいい。それよりも次の学院の建設地を検討会議している」
一陣の風のような柔らかい声だ。
「セリくんにも意見を聞きたく思っている」
セリくんか。先師にいつも呼ばれていた名だ。それだけで、サラ様の気遣いが分かる。
「おいらのような非才なものでよろしければ、どのような協力も致します」
顔を上げた。
「ですが、それはエリス王国の国体に関わること。ラルク王国の政務官が、お答えしてしても宜しいのでしょうか」
おいらの言葉に、サラ様が笑う。
「わたしが聞いているのは、セリくんだ。セリ一種政務官ではない」
確かにそうだ。この国では、おいらは留学修士でラルク王国の連絡員に過ぎない。
「アムル賢者から聞いたが、セリくんは開学に通っていたとか。そのセリくんだからこそ分かることもあるだろう」
「承知いたしました」
おいらは立ち上がると示された席に足を進めた。
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