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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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軍略


「それで」


 ハミルが扉を閉めるとシルフが目を向けて来た。


「見ての通りだ」


 おれは地図を指し示す。

 

 街道の拡張は外東にはなく、国中に散るはずの光の点も外東側には一つも灯ってはいない。

 ハミルを追い出してまでも彼らが聞きたかったのは、このことだ。


「どう見ても、深く浸透しているのではないか」


 ラムザスが腕を組む。


「国力を考えれば、それは仕方がない」


 言いながら、砦と思いを込めた。

 地図の東側に光の点が浮かび上がってくる。


「ラムザスは中東のナオル関に入ってくれ。その地を防衛線にする。アレクは外北にあるウラル関まで引いてくれ」

「本当に、そこまで侵食させるのか」


 ラムザスがナオル関を指さした。確かにこう見れば、深く浸食して挽回できないように見えるかもしれない。

 しかし――。


「この世界で、国同士の戦いはないのだろう。ここにきて思ったことだが、お前たちには点でしか戦いを考えられていないことが多い。大事なのは兵站、補給だ」

「それは、足りない物は送るさ」


 やはり、その程度の認識だ。


「数千人、数万人、数十万人が動く。攻め落した場所を点としたら、そこに供給する食料や武具の補充には大規模な輸送が必要だろ。それが線になる。そして、点と線を保持するために面の制圧が必要だ。だけど、この世界ではまだそれが理解されていない。戦争の経験がないから、理解できないんだ」


 言いながら、イリス街道駅での侵攻が思い浮かんだ。

 あれには、明確な戦略があり、面での制圧を行おうとしていた。この世界でも、戦い方を思いついた人というのはいるのだ。


「シルフはどうする」


 シルフが背伸びをしながら立体地図を見る。


「内乱の鎮圧に、南部全体を任せる。サラは北部の鎮圧に回ってくれ」

「それはいいが、隆也、王はどうする」


 もう、別に王はつけなくていいよ。


「補給の分断と囮となっての誘導だ」

「それで、ナオル関で決戦か」


 ラムザスが頷く。

 そう、軍を束ねるラムザスでさえもこの感覚だ。寡兵で大軍を包囲しようとすれば、各個撃破されるしかない。

 連携を取るためにもしっかりと打ち合わせをするべきだろう。

 思った時、不意に光が溢れ集束していく。

 レイムが帰って来たのだ。


「明日の朝に、全員集まるように伝えたぞ」


 怒ったように言うと、地図の上で胡坐を組む。


「次は何をすればいいのだ」


 顔を向けてこない。よほど怒っているようだ。


「今日で、即位の式は全て終わったんだ。おれたちだけで打ち上げでもしようと思うが、どうだ」

「打ち上げ」


 レイムが初めて振り返る。

 その貌は満面の笑顔だ。


「そうだ。でも、その前に民の退避計画だけ先にやらせてくれ」

「いいとも、いいとも。どうだ、あたしも見てやろう」


 チョロいな、レイムは。


「外東の住民を早急に避難させる。防衛線の外側の住民全てだ」

「そこにリルザの兵を引き込むためにか」


 レイムが地図を覗き込んだ。


「しかし、数万はいるだろう。それだけの住民を収容する場所はないぞ」


 アレクが重い声で言う。


「街道駅に収容する。商業ギルドとは継続通商の破棄を伝えた為に、街道駅からは一月以内に撤収になるからな」


 倉庫を簡易宿舎に変え、宿は高齢者や幼児の弱者に解放すればいい。


「なるほどな。しかし、それだけの数だろ」

「ラムザス、軍編成した工兵を一個大隊をキルア砦に送る。準備してくれ」

「キルア砦。最前線に工兵を送るのか」

「その前準備だ。シルフ、輸送隊に資材を積み、工兵と一緒に輸送する準備をしてくれ。その帰りに住民を輸送する。全ての輸送隊を動かせば移送は出来る」


 途端にシルフの顔が曇った。

 言いたいことは分かる。忙しいに、面倒くさいだろ。


「カザム」


 おれはそれを無視して、カザムを呼んだ。

 すぐに傍らから応える声が聞こえる。

 さすがだ。これならば、安心して任せられる。


「ラムザスも聞いてくれ、キルア砦の守備隊を入れ替える。ルーフスを守備隊長にし、一個中隊を付けてくれ。カザム、ルーフスに一族の者を数人付けてくれ」

「守備隊長にするなら、軍属にするしかないな。中隊を任せるなら大尉か」


 その横で、

「その中隊とか、大尉とかいうのは何だ」

サラが身体を乗り出して聞いてきた。


 そうか、サラ達には軍の編成について説明していなかった。

 でも、それを一から説明をするのは、しんどいな。


「それは、ラムザスに聞いてくれ」


 目を向けることなく押し付けるおれの前に、胡坐をかいたままレイムが下りて来た。


「それをいつまでにするのだ。リルザ王国の動向が分からないだろう」


 レイムは本質を突いてくる。

 話の内容でなく、感覚で聞いてくるのだ。本当に、エルフと言うのは鋭い。


「リルザ王国が侵攻して来るなら、商業ギルドは必ず動く。食料と武具を外東の街道駅に移し、リルザの補給をして恩を売るはずだ」

「それを見極めれば、侵攻の日が分かるか。しかし、動くとは限らんだろう」

「商業ギルドの撤退までは一月、不戦の結界は今にも消えそうだとのことだ。外東の街道駅からは食料と武具を残して他の物はリルザ王国へ移動するはずだ」

「それを見れば、侵攻の日が分かる」


 シルフも気が付いたようだ。


「北と南の商業ギルドの動きを見れば、侵攻の日は予測できる」

「なるほどな、どうせそれもお前たちが張っているのだろう」


 呆れたように言いながら、レイムがカザムに目を移した。


「はい。北と南、全ての街道駅に見張りを付けています」

「いいか、おまえたちがそうやって動くから、あたしにも仕事がどんどん回されてくるのだ。少しは断れ」


 断れって、国の状況を分かっていないのか。


「ですが、レイム殿。これを越えれば国は安泰になり、毎日のように宴も出来ましょう。自分たちは、その為に働いているのです」

「そ、そうか」


 カザムもレイムの対処法を分かっているではないか。

 レイムは鋭い嗅覚を持っているが、深く考えることもなく飽きやすい。都度に楽しみをぶら下げておけば、走り続けるほどに単純だ。


「それでは、カザム。ルーフスをキルア砦にいれるのは、蓋ということなのか」


 レイムがおれではなく、カザムに尋ねる。


「主上の考え、全てを把握しているわけではありませんが、自分はそう考えています」

「蓋、それはどういうことだ」


 ラムザスが聞き、サラ達も身体を向けた。


「文字通りのお封鎖だよ。浸透して来た軍を本国と分断する。しかし、それもラムザスたちが兵を一つの生き物のように動かすことが必要だ」

「掌握するということだろ」

「おれのいた世界には、スキピオ、カエサル、コンスタンティヌス、様々に戦の天才がいた。その戦いを資料として作っておいたから、見ておくといい」

「戦の資料か」

「共通しているのは、その誰もが自分の兵を手足のように動かしたということだ」

「どういう訓練をすればいいの」


 真っ先に尋ねたのはサラだ。


「最初は集団行動、行進からだな。一緒に励めば信頼もされるさ」


 言いながら考える。

 おれの兵は、近衛になるのだろうな。

 プライドが高く、訓練らしい訓練もしていない兵だと聞く。


 そこにもそろそろ手を入れないといけない。

 仕事が多いと皆は文句を言うが、文句を言いたいのはおれだ。今までの王は、何をしていたんだよ。



読んで頂きありがとうございます。

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