地図の間
「辞職を認めると伝えてくれ」
おれの言葉に、ハミルの顔が上がった。
「隆也、王」
サラが横で弾けるように言う。
政務官の前ということに気が付いて、王を慌ててつけるところがサラらしい。
「彼らが辞めれば、国が機能しない」
「機能はするさ。しばらく大司長は印綬の継承者が分担して代行。特命政務官を正式政務官に任命。同時に全国で王宮官吏の選抜試験を行う」
最初から決めていたことだ。
彼らが居座られて横槍を入れられる方が、厄介になるだけだ。脅し文句をそのまま利用する方が手っ取り早い。
「わたしたちで大司長も兼任するのか」
「今やっていること同じだろ。それより、シルフ。例の布告を直ちに出してくれ」
「分かった」
同時にシルフが遠隔書式のペンを取った。
「布告、何を布告するの」
「王宮官吏は辞職を申し出てから、三十日をもって職を離れる。それまでの間、出仕は不要だが王都から出ることは禁ずる。また、呼び出しのある場合は速やかに出頭をしなければならない。その間の棒給は王宮にて支給をする」
おれの言葉にサラが驚いた顔をし、僅かに間をおいて頷いた。
意味を理解したのだ。
奴隷解放と同時に出した法令。
―全ての政務官は国に仕え、国民の為に働く。その職務に置いて不正を成した者は罪二等を加算する― 彼らは自らが公貴の為に、適用をされることはないと思っていた法令だ。
そして、 新たに布告する法令は、円滑な引継ぎを行うと共に、不正があったかの調査の期間にもなる。
「さて、ハミル。辞職は受理したと口頭で伝えるのは気まずいだろう。書式で用意しよう」
おれの言葉に、シルフが目を向ける。
布告を先に出し、辞職を受け入れれば布告は有効になる。しかし、辞職の受理が先になれば、布告は有効にはならない。
その為には、書式にして布告が出されるまでの時間を稼がなくてはならない。それを理解している目だ。
いいな、皆は話が早くて。
その横でずっと黙っていたレイムが、楽しそうに笑いだした。
「隆也も本当に捻くれておるな。やることが一々えげつないぞ」
いや、言い方があるだろう。
こっちは手順を踏んで、進めているんだ。
「それで、監査役はカザムたちか」
「それでは官吏たちが納得しない。王宮の警務が動かないといけない」
シルフがおれの代わりに言い、サラを見る。
「分かっているわよ。王の個人的な従者は使わないわよ。でも、会計に詳しい誰かを付けてよね」
サラが不服そうに言う。サラも何をすべきか分かっているのだ。
これから、官吏たちの不正蓄財を捜査するのだから、会計に詳しい者がいないと進まない。それを言っているのだ。
「専任の特別チームを直ちに編成してくれ。そのチームは常設して圧力を受けることがないように頼む」
「分かったわよ」
「レイム、特命政務官たちを集めてくれ。特命を外して組織に組み込む。併せてそれぞれの会議を明朝に行うから」
「待て、またあたしを使うのか」
「人手がない。我慢しろ」
「我慢はいいが、進展を教えろ。あたしは自分が今何をしているのかも分からないぞ」
レイムの言葉に、サラたちまでも頷く。
おい、何をすべきか分かって話をしていたはずだぞ。
「違う。自分たちの断片的なことでなく、全体の話だ」
全体ねぇ。
正直、おれも分からずに進めていることも多いぞ。
「特命政務官たちの確認をしてからになるが、少し皆で見てくるか」
「ちょっと待ってくれ」
アレクが手を上げた。
まだ、辞職受け入れの書式が出来ていないのだ。
「後でいいさ。どうせ、すぐに返事がなければ辞職すると言っているのだ。書式の日付さえ布告の後にすればいい」
おれは立ち上がると、
「ハミルも来るといい。今から大司長たちの険しい顔を見るのも嫌だろ」
視線を落とした。
「あ、はい」
慌てたように彼女も立ち上がる。
「それで、どこに行く」
「地図の間だ。あそこならば、国の状況も分かりやすい」
「待て、ゆっくり行けよ。あたしもすぐに行くからな」
レイムの声に手を上げて、おれは部屋を出た。
廊下を進み、階段を下りていく。
机の並ぶ政務室が見えるが、彼らは椅子に座ったままで一様に手は進んでいない。上があの調子だ。やる気をなくしたのとすることがない者が多いようだ。
レイムがいなくてよかった。いれば、自分の忙しさを訴えて、彼らを罵倒するだろう。
一階に降りると奥に向かう。
大きな扉が現れ、ここから先は宝物庫と地図の間だ。
扉に手を当てると扉は音もなく左右に開かれる。
これもルクスの力だそうだが、鍵と自動ドアが一体になった扉なんて日本でも見たことがなかった。
先に進んでいくと左右に扉が現れ、左側が地図の間になる。
先に立ってそこに入った。
四面の壁には細かく名前が刻まれている。
この国の十七歳以上の住民の名前だ。亡くなればその名は自動的に消され、十七になれば名前が刻まれる。
そして、部屋の中央にあるのは、大きなテーブルだ。
天板は黒板を三枚並べたほどの大きさがある。
ハミルが息をのむ音が聞こえた。
無理もない。おれも初めて見た時は驚くしかなかった。
サラの持っていた小さな立体地図でさえ驚いたが、これは大きさ、精緻さがその比ではない。
板に浮かび上がっているのは立体の世界地図だ。
手を伸ばしてその一画に触れるとエリス王国の地図に切り替わる。
街道をとの思いを込めるとその地図に街道が浮かび上がってきた。工事途中もライブ映像のようだ。
本当に、ここは進んでいるのか遅れているのかよく分からない。
「まだまだだな。時間が掛かりそうだ」
「そうでもない。街道に敷く石は外北の鉱山から瓦礫を集めている」
言いながら、学院をと思いを込める。
地図の中に青い点と赤い点が浮かび上がって来た。
青い点はすでに開校している学院、赤い点は準備中のようだ。
「この学院が官吏の選抜試験の会場にもなる」
最後に、地区行政庁舎を思う。
同時に浮かび上がったのは、黄色い点。
「地区行政庁舎だが、王立銀行と郵便事業所をしばらくの間は併用する。これが、今の状況になる」
「それは分かった。でも、官吏の登用を試験で選抜しても圧倒的に足りない」
シルフが、地図から目を離さずに続けた。
「公領主の官吏を使うか」
さすがに、シルフはよく分かっている。
「地方にも真直ぐな官吏はいる。試験は受けてもらうが、彼らには実務の基礎点を加算するようにする」
「その言い方では、もうリスト化している」
「アベルたちに動いて貰っている」
その言葉に、サラ達の溜息も重い。
何だよ。
「シムグレイの一族には同情するわ」
「本当に、そう。ハミルも今のうちに休んだ方がいい」
サラとシルフが言い、
「そうだな、明日から忙しくなる。今日はもういいぞ」
アレクがハミルの肩を押した。
そういうことか、おれよりも皆の方が捻くれているじゃないか。
「皆が言っているんだ。ハミルは休んでいいぞ。明日は直接、おれの執務室に来ると良い」
おれも手を上げて、ハミルを開放した。
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