セリへの問い
「参りましたね、隆也王には」
控えの間に入るなり、アムルが深く椅子に身体を預ける。
吾もその前に腰を落とした。
窓から差し込む陽光が庭園の木々を輝かせ、眩しいくらいだ。
「ですが、うちはあの就任式での話に、感動すらしました」
「でも、あれは無茶だろ」
マデリが奥の椅子に座り、セリが扉を守るように立つ。
確かに、吾も無茶だと思う。
しかし、先ほどの王宮での就任式での隆也の言葉は、吾の心もかき乱すものだった。
「国体の一新を行う」から始まった内容に、その会場にいた全員の思考が止まったと思う。
「守護領地の廃止、公貴の廃止。国土を三十七に分割して地区行政府の設置。租税、教育の統一」
アムルが答えるように呟いた。
即位式の後、飲みながらも話の一部は聞いた。しかし、一度にそれをするとは思わなかった。
「確かにそれだけの改革です。段階的にすれば、反発も広がるかも知れません。一気に行うからこそ、反発は強いものになり限定される」
「敵、味方をはっきりさせるのね」
「さらに、王宮政務官の一新ですから」
「国は二分されるの」
吾の問いに、アムルの顔が上がった。
「いえ、わずかのうちに鎮圧されるはずです。その反乱に、民意はありません。付き従うのも僅かでしょう」
それでは、この改革は成功するのか。
思った時、扉が開かれ、
「会談の準備が出来ました」
ダリアが顔を出す。
吾が立ち上がり、アムルたちが続いた。
会談場所は、隣の特別貴賓室になる。
特別貴賓室だというが、この部屋も花が飾られただけの簡素の部屋だ。ごちゃごちゃしたのが嫌いな隆也の趣味だというが、確かに何もない部屋の方が落ち着く。
部屋に入ると、すでに隆也たちは立ったまま待っていた。
昨日からの即位式と就任式に、さすがに疲れも見える。
吾が隆也と握手をすると、
「早速だが、民の返還について決めていきたい」
隆也は厚い書類を開いた。
吾の目の前にも同じ書類が置かれる。
最初の一枚目には、草案と書かれた条文が並んでいた。すでにマデリとダリアがすり合わせをしたようだ
アムルはそれを読み、頷いている。
「それで、おれたちの船を外西の港に回している。来週には第一陣が送れるはずだ」
「分かった。吾の船は一昨日、小麦を載せて出航したわ」
その言葉に、隆也も驚いたようだ。
「すでに、出してくれたのか」
「どちらにしろ、急ぐことなんでしょ」
「それはそうだが。では、その代金の件だが」
言葉を遮るように、吾は手を上げた。
「この件については、代価は無用です。エリス王国が好意での返還に対して、ラルク王国も小麦や食料の供給については、好意として受け取って貰いたい」
吾の言葉に隆也が笑った。
「これは、やられたな。大きな借りを作ることになる」
「借りにはならない。吾の民を送ってくれるのだから」
「いや、おれたちにはもう一つ頼みたいことがある」
隆也が顔を向けた。
「そちらの上級学院に、この国から留学生を送りたい。ルクス学を学ばせてほしい」
「ルクス学ですか」
先に応えたのは、アムルだ。
世界でルクス学を進めているのはラルク王国だけだ。アムルは、ルクス学がこれからの切り札になると言っていた。
それは、吾の国にとって大きなアドバンテージになるはずだ。
「留学生の授業料だが、それには水晶を当てようかと思っている」
なるほど、隆也王というのはやはり、ただの王ではない。吾はアムルに目を向けた。
全てを任せると頷く。
アムルも頷き返すと、
「正直、水晶の入手には苦労をしています。ですが、それを口にするということは。水晶鉱山の国有化ということですか」
静かに続けた。
「そうだ。王の交代に伴い全ての商業ギルドとの契約は解除される。これを機に、エリス王国は水晶鉱山を国有化する」
「商業ギルドを完全に敵に回すのですか」
「いらんだろ」
「ですが、万国共通儀典では必須なものとされていますが」
「時代だろ。国が出来上がった黎明期では、国家間の交易には必要なものだったかもしれないけど、今は富を独占するだけの害でしかない。商いは自由にさせるべきだろう」
害。商いを自由に。
商業ギルドはあって当然のものだった。吾も服を売る時に、工房を通して商業ギルドから承認を貰っていた。
そうしなければ、罰を受けるのだ。それも当然のことだと思っていた。
「ですが、それでは必要なものも手には入りません。鉄や銅などの資源も必要です」
「それぞれの国に鉱脈はある。だが、それを採掘されていないだけだ。では、何で採掘されないのだ」
「採掘にも商業ギルドが関わります」
アムルの言葉が重くなる。
「そう、価格維持のために彼らは採掘をしない。売買された利益は、商業ギルドに集まるしかない。それでは、国や民は窮乏したままだ」
「ですが、発明され、改良されたものは商品として広く世界に行きわたります」
「それも、商業ギルドで設定された価格でな。物の価値はどうつくのだ」
隆也の問いに吾も考えた。
アムルに教えて貰ったことだ。
物の価値は、作る経費に利益を乗せて決まる。でも、物が少なく買いたい人が多い時は、その価値は上がる。
商業ギルドが高い利益を乗せて売っても、買いたい人がいればそれが商品の価値になる。
違う。言っているのは、便利になる物だ。
高くても買うしかない人もいれば、買いたくても買えない人もでる。それは、おかしい。
「では、どうするつもりなの」
吾は隆也に目を戻した。
「この国は、この国で商品を作り、この国の民に適正な価格で販売する。利益を作った者に配分すれば、それを手にした者が他の物を買う。お金も物も回り、民も少しは豊かになれる」
「それで、守護領地も公貴をなくしてしまうの」
「それも必要がない」
「公貴は国に貢献をした者に与えられた称号です。国に尽くせば、報いがあると希望します」
アムルの声は重いままだ。
「貢献をしたのは、その者だ。子孫ではない。貢献に報う必要はあるが、それが特権ではないことをアムル、おまえも分かっているはずだ」
隆也の言葉に答えたのは、アムルの深いため息だ。
「隆也王、あなたは僕の数歩も先に進まれる方です。留学生を受け入れる代わりに、条件があります」
「なんだ」
「この国の行く末を見させて下さい。僕たちが進んでもよい道なのか見させて下さい。ついては、セリをここに残したいのです」
「期間は」
「一年」
即答するアムルに、扉の前のセリに困惑の色が広がる。
それは、セリも驚くことだろう。
「セリ、一つ質問したい」
隆也の目はセリに移った。
「お前の国、ラルク王国だと思って答えてくれ。この奥の山には、三万本の木がある。冬を越すのに、急遽一万本分の炭が必要になった。何人を山に送れば炭が出来、何日必要になる」
不意の質問に、セリが考え込む。
炭を作るにはまず炭小屋を作り、その間に木を伐採する。そして、炭を生産する。
「山一つあれば、必要なのはおいら一人でしょうか。期間は十日もあれば十分です」
考えられない答えに、隆也が笑い出す。
いや、隆也だけでなくアムルもだ。
嬉しそうな笑みを見せている。
「食えない男だな、アムル。この者を寄こしてくるのか、いいだろう。当面は、連絡員として受け入れる。ダリア、王都に住む所を探してやってくれ」
隆也の呆れたような声が、重く流れた。
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