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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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それぞれの国

 

「ゆっくりしてくれ」


 隆也の言葉に、吾は部屋に入った。

 広さは吾の打合せの部屋と同じくらいだが、びっくりするほどに物が置かれていない。

 あるのは、テーブルと椅子だけだ。


「シンプルなのですね」


 アムルが後に続いた。


「ここは皆が集まるだけだ。そうしないとダリアに怒られるからな」

「怒られるのか。昔のマデリと同じだな」


 その言葉に、

「怒ってなどおりません」

マデリが被せるように言う。


 それが怒っているのではないのか。


「しかし、窮屈なものだったな」


 身体の大きな男、確かラムザスと言っていた義の印綬が続いた。

 皆が砕けた言い方で、話しやすくリラックス出来る。この中で、言葉が硬いのは、アムルだけだな。


「それでは、掛けてくれ」


 隆也が椅子を引く。

 席は右に隆也、左にアムル。会食の時と違い、サラは隆也の前に腰を下ろす。


「お待たせした」


 声を掛けて入ってきたのは、アレクに案内されたベルゼだ。

 ベルゼが通されたのは、隆也の左側になる。

 ここでも国の格は関係なく、その位で席次が決められていた。

 ベルゼもそこに何の違和感もないように腰を下ろす。


「何人かの即位式に出たが、こういう場は初めてだよ」


 どこか楽しそうな笑みだ。

 彼自身青年のように見えるが、治世は三十年を越えている。普通ならば五十を超える年齢だが、気持ちにも老いは見られない。


「ここには他の官吏も入っては来られない。遠慮なくしてくれ」


 その言葉が合図だったように、目の前にダリアがカップを置いていく。


 弾かれたように立ち上がるマデリに、

「客人です。ゆっくりして下さい」

サラの声が掛けられる。


 そうだ、この綺麗な人も印綬の継承者になって三十年だ。

 ベルゼと同じように気持ちの若さが見え、同時に彼らには人としての厚みも感じられる。

 吾も年を重ねれば、ああいう風になれるのだろうか。


「しかし、門出だというのに、大変そうだな」


 ベルゼの言葉に、吾も頷いた。

 ラルク王国の即位式は、アムルの救出のために軍を動かして反乱を鎮圧し、内務大司長たちを捕縛した後だった。

 王宮官吏たちは怯えたように美辞麗句を並べ、各国の外務司士たちも固い社交辞令で長い口上を述べていた。


 退屈だったが、嫌味を言われることはなかった。

 それが、どうだ。

 吾は隣だからよく聞こえた。隆也に対する嫌味と恨み言を社交辞令に混ぜていう言葉を。


 その巻き添えか、吾もなぜその席に座るのかという嫌味を言われた。

 例え用意された席だとしても、断るのが国際儀礼だと抜かしやがった。

 思い出しても、腹が立つ。


 カップに注がれた林檎酒を煽る。

 途端に口の中を爽やかで芳醇な香りが満たした。

 吾の国では葡萄からお酒を造るが、この国では林檎のようだ。酸味と甘みのバランスが良く、飲みやすくて美味しいお酒だ。


「以前は、この林檎酒も半分以上に薄められていたのよ。でも、今はそれを禁じているわ。レイムが暴れるから」


 レイム、エルフか。確かにミルザも酒好きだ。エルフというのは、そういうものなのだろうか。 

 でも、これだけ美味しいお酒を薄めるのは、確かに無粋だ。

 林檎酒を飲み干し、カップをテーブルに置く。


「まあ、即位式もおれたちは想定内だとしても、フレアたちには迷惑をかけたな」


 空いたカップに隆也が林檎酒を注いだ。

 王自らの酌に、吾よりもアムルが驚いたようだ。

 そうか。この席は位など関係のない席なのだ。それゆえに、言葉にも責任を持つ必要もない席だ。


「いや。吾は正直、末席になるかもしれないと思っていた。これほどの厚遇を受けるとは思ってもいなかった」

「厚遇か。しかし、わしもこの席次は正しいと思ったぞ」


 ベルゼもカップを煽り、続ける。


「席は位により変わり、同じ位ならば王の在位年数で変わる。正しいことだと思ったな」

「理解者がいる、頼もしい」


 小柄な少女が、顔を上げた。

 智の印綬のシルフと言っていた。彼女も賢者の称号を持つらしいが、ブランカとは大違いの愛らしさがある。


「それで、いいのか。商業ギルドから距離を置くように連絡は来ているのだろう」


 アレクの言葉に、ベルゼが首を振る。


「俺たちの国は、もう駄目だ。警鐘雲が三本並び、いつ廃位されてもおかしくはない」


 三本の警鐘雲。

 吾も二本の並ぶ警鐘雲を見たが、絶望を感じるほどの不安しかなかった。


「理由は分かっているのだろう」


 隆也の声に重なるように、ルクスの光が走る。

 以前に見たものと同じだ。


 そう思うと同時に、

「なんだ、勝手に始めているのか」

鈴のような声が響いた。


 中空に現れたのは、青いドレスを着たエルフ。そして、同じエルフのミルザだ。


「レイム、客人の前」


 シルフの言葉に、

「あたしも客人を連れてきた」

押すようにミルザを前にやる。


 これだけで、二人の力関係は明らかだ。


「あたしにも飲ませろ」


 レイムが言うのとミルザがカップに手を伸ばすのは、一緒だ。


「デリス王国は、な」


 レイムが林檎酒を一気に飲み干す。


「今はもう、バラバラだ。国の改革は進まずに、王の気持ちが折れた。印綬の継承者たちも情報の共有も出来ていない」


 その言葉に、ベルゼが深く息を付いた。


「その通りです。以前は、俺たちも皆で集まり国の指針を語っていた。法を整備し、行く末を示した。しかし、それらはことごとく形骸化された」


 王宮官吏の力だ。

 彼らは新法を制定させてもその抜け道を探り、名目だけのものにしてしまう。

 吾の国もアムルがいなければ、民の為に立てた法を幾つも潰されそうになったのだ。


「今や、国の治安も悪化して街道の往来も危険なほどだ。今更、商業ギルドの通達など関係ない」

「水は高き所より、低き所へ流れる」


 思わず出た言葉に、ベルゼの顔が上がる。


「ほう、含蓄のある言葉じゃな」


 同時に、レイムが目の前に来た。


「ア、アムルに以前、教えられたことよ」

「噂の賢者か」


 レイムが身体を向き変える。


「どう教えたのだ。いや、フレアはどう答えたのだ」

「壊してしまえばいい、です。新たに作り変えるとのご返答でした」

「そんなこと言ったの」


 アムルの言葉にミルザが反応した。


「女王たる者、その返答は如何なものかと思うわね」


 ミルザが責めるような目を向ける。


「その答えは、陛下がまだ僕の修士で、印綬を手にする前だったころです」

「そうか、ならば安心ね」

「何がでしょう。陛下の命があれば、僕はそれを断行しますが」


 アムルが言いながら、目を向けたのは吾だ。

 問いかけている。


「それは駄目よ。そんなことをすれば王宮は混乱して、国は瓦解するわよ」


 当然のように答えるミルザに、レイムの笑い声が響いた。


「ミルザよ。それがおまえの限界だ」

「何よ、限界って」

「今のおまえには分からんさ。あたしくらい利口になれば理解できる」


 胸を張るレイムの横から、

「一番反対していたのは、レイム」

シルフの冷たい声が聞こえてきた。

 

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