即位
「しかし、この第一種正装というのは、肩がこるな」
「いや、我らはまだいい。隆也王に比べればな」
その言葉に、おれは頷くしかなかった。
何だよ、これ。また着るのか。
昼に即位式が終わって、解放されたばかりのはずだ。
金糸の刺繍の入った漆黒の服に、金の装飾品。ただでさえ重いその上に、侍従たちが瑠璃色の厚いマントを掛けてくる。
それ、どこの魔王だよ。
「皆様、そろそろご準備を。広間にご来賓の方々をご案内いたします」
奥から外務司長の声が響く。
溜息しか出てこない。
「しかし、良かった、即位式は無事に終わって。後は、この晩餐会だけだ」
いつの間に来たのか、サラが顔を寄せてきた。
「即位式ね」
おれはただ突っ立っていただけだ。
進行は全てアレクが仕切り、何が起きたのかも分かっていない。
それは、この晩餐会とやらも同じだろう。
「隆也王、行きましょうか」
アレクの声に、
「行くぞ」
サラに肩を叩かれた。
その時になって、初めてそのドレスをゆっくりと見た。
純白のドレスにおれのマントと同じ瑠璃色のケープ。
肌の白さと相あまって、本当に深窓の姫様のように見える。
逆に気が滅入ってくる、おれの魔王とは大違いだ。
「どうした、隆也」
おれの様子に気が付いたのか、レイムが嬉しそうに聞いてきた。
「何でもない」
目も合わさずに答えると、おれは足を進める。
大広間の高い天井に幾つもの光が灯り、テーブルが並んでいた。すでに第一種正装を身に纏った人々で溢れていた
その中で目を引くのは、やはりフレア女王だ。
一際豪奢なドレスに、身に着けている装飾品も輝いている。傍らに立つ漆黒のローブを纏った賢者が、さらにその華麗さ引き立てているようだ。
おれはフレアに足を進めると、小さく手を上げてその横に立った。
ここからは大広間が見渡せる。
並んだ政務服姿の官吏たちは、一様に不服そうだ。
もちろん、そんなことは知ったことではない。
「隆也王、本当に吾はこの席でいいのか」
彼らの不機嫌さに押されたのか、フレアが囁く。
「そこ以外の席はないよ」
席はおれたち印綬の継承者が、来賓を挟むような形で座るようだ。右手にフレア、その次にサラとアムルが立っている。
左側はデリス王国の智の印綬、ベルゼと言っていた人種巌のエルナ種の青年。
身体の分厚い、本当に巌を思わす身体つきだ。
そして、アレクとガナム王国の外務大司長ブラウとラムザスが並んでいる。
「それと、王も女王も同格だ。ならば、名前だけでいいのではないか。隆也と呼んでくれ」
フレアに目を戻した。
やはり、王などと呼ばれるのは慣れない。
フレアは笑って頷き、奥のアムルが慌てたように顔を向けた。
国の儀礼を言っているのだろうが、それも知ったことではない。
「言ったように、同格だ。他に、おれたちと同格の者などいないのだから、席を気にすることはない」
おれの言葉に重なるように、
「エリス王国、新王の即位式を無事に終えることが出来ました」
アレクの声が響いた。
どうやら、晩餐会とやらが始まるようだ。
王宮楽団の柔らかい調べが広がっていく。
挨拶が終わり、グラスを持っての乾杯をするとようやく椅子に腰を下ろせた。
「フレアは、こういう場には何度も出ているのだろう」
「吾の国は他国に呼ばれることはほとんどない。でも、吾も即位式はあったわ。本当に、退屈で、苦痛でしかないものだった」
言うと、水滴の浮かぶグラスを一気に煽った。
「だけど、今日は客だからね」
その言葉の意味を理解するのに、時間は必要なかった。
各国の外務士による儀礼的な挨拶と嫌味、商業ギルドの使節による挨拶と脅し、そして王宮官吏の挨拶と説教じみた一言。
目の前に運ばれてくる料理は、手を付ける間もなく片付けられていく。
助けを求めようと目を向けるが、サラたちも同じように彼らに捕まっていた。
サラだけではない、フレアも同じだ。
彼らの挨拶の後に続いて、席次に対する嫌味が聞こえてくる。
黙って聞くしかないフレアの眉間には深い皺が刻まれていた。来賓として参加して、まさか嫌味を聞かされるとは思ってもいなかったのだろう。
しかし、ここは祝いの席ではないのか。
なぜ、皆が神妙な顔をして、陰気臭い声でぼそぼそと言ってくるのだ。
おれの横で、ベルゼは笑顔で対応している。これが、大人の余裕ってやつなのだろう。おれにはないものだ。
何度もテーブルを蹴りたい衝動を抑えて、耐え続けるしかなかった。
永遠に続くと思われたそれも、最後の一人を終える。
フレアもぐったりしている様子だ。
テーブルに残っているのは、お茶の入ったカップだけになっていた。
待っていたように楽団の曲調は華やかなものに変わる。
まだ、続くのか。
驚くおれの耳に、
「それでは、続きの広間に後席を設けております」
アレクの疲れた声が流れてきた。
これが、この世界の即位式なのか。
立ち上がるおれに、サラが身体を寄せてきた。
「ラムザスからの伝言。終われば、隆也王の部屋に集合ね」
皆も疲れ切った様子だ。
「この後席と言うのは何だ。まだ続くのか」
「何を言っている。説明は何度もあっただろう」
説明。そう言えば、ダリアが何か言っていた。話が長いので聞き流していたが、このことだったのか。
「これから、広間で舞踏会がある」
舞踏会、冗談だろ。
「レイムもそこからは参加するそうよ」
酒好きのレイムの姿が見えないとは思ったが、この晩餐会は逃げていたのか。
先に教えろよ。
いや、説明を聞いていなかったおれが悪いのだろうけど。
「とにかく、あと少し。頑張りなさいね」
離れて行くサラの横で、
「なんで、吾が嫌味を言われるわけ。おかげで何も食べられなかったわ」
フレアがアムルに囁いている。
確かに、同情するしかない。
でもな、普通は席次と言えば位だろ。なんだよ、国の格って。
「フレアにアムル。この後席が終わったら、おれの部屋に来ないか。食事くらいは用意するぞ」
「いいの」
「どうせ、サラたちも集まるし、デリゼ王国のベルゼにも声を掛ける」
「吾は他の国の王の部屋は言ったことないわ。見てみたい」
窘めようとするアムルの肩を、シルフが叩いた。
「とにかく、ゆっくりする」
「そうですね。お言葉に甘えさせてもらいます」
アムルもシルフの感情の見えない言葉は苦手のようだ。
「話は決まった。ダリアに準備させておくから、マデリとセリという政務官も連れてくるといい」
おれは重い足を進めた。
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